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「(ふふ……ふふふふ……)」
王都の青空市場。
ナーナリアは、ご機嫌を隠す様子もなく、様々な屋台を冷やかしていた。
「お嬢様。本日は、特にご機嫌麗しいようで」
「当たり前ですわ、アマンダ! あちらを見てごらんなさい!」
ナーナリアが指差したのは、市場の広場でも一際長い行列ができている、クレープ屋台だった。
「わあ、本日限定『特濃カスタードと焦がしキャラメルのクレープ』ですって!」
「(また甘いものでございますか……)」
アマンダが、隣の「動く壁」に同情的な視線を送る。
「……」
カイ・ランバートは、今日も今日とて、ナーナリアの三歩後ろに無表情で佇んでいた。
しかし、その視線は、クレープ屋台の看板(「特濃」の文字)に、心なしか固定されているように見えた。
「(かかりましたわね!)」
ナーナリアは、勝利を確信した。
「さあ、カイ様! 護衛のお時間ですわ! あの行列に並びますわよ!」
「……(コクリ)」
カイは、無言で頷き、ナーナリアが並ぶと、その後ろにピタリと続いた。
「(並ぶのは素直ですのね。きっと食べたいのでしょう)」
ナーナリアは、行列が進む間、わざと大きな声でカイに話しかけた。
「それにしても、焦がしキャラメルですって! なんて罪深い響きでしょう!」
「……」
「カスタードも『特濃』。わたくし、普通のカスタードでは満足できない体になってしまいましたわ!」
「……(ピクッ)」
カイの喉が、わずかに動いた気がした。
「(我慢なさって。ふふふ)」
やがて、二人の順番が来る。
「お嬢さん! 何にするかい!」
「わたくし、『特濃カスタード』を一つ」
「あいよ!」
「それから……もう一つ、『特濃カスタード』を」
「え?」
カイが、わずかに反応する。
「ありがとうございます!」
ナーナリアは、熱々のクレープを二つ受け取った。
甘く、香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。
「さて」
ナーナリアは、一つをアマンダに渡すフリをした。
「アマンダ、どうぞ」
「え!? いえ、お嬢様、わたくしは」
「冗談ですわ。これは、貴方のですもの」
ナーナリアは、くるりとカイに向き直り、もう一つのクレープを、彼の胸元に突きつけた。
「……は?」
カイの、氷の仮面に、初めて明確な「困惑」が浮かんだ。
「ですから、貴方の分ですわ。わたくし、二つも食べられませんし」
「……不要だ」
カイは、一歩後ずさった。
「あら、失礼ですわね。わたくしが、わざわざ買って差し上げたというのに」
「職務中だ」
「職務に、食事はつきものですわ! 貴方、監視中に倒れたりしたら、わたくしの寝覚めが悪いです!」
「倒れん」
「いいえ! 倒れます!」
ナーナリアは、ぐいぐいとクレープを押し付けた。
「(おい、見ろよ……氷の騎士様が、女の子にクレープを……)」
「(え、どういう状況? 脅されてるの?)」
周囲の野次馬が、遠巻きに(しかし興味津々に)こちらを見ている。
カイのこめかみが、ピクリと引きつった。
「……受け取れん」
「なぜですの! 貴方、本当は食べたいのでしょう!」
「……(ギクッ!)」
「ほら! 図星ですわ! あのパフェ屋をガン見していた貴方が、このカスタードを嫌うわけがありません!」
「(……!)」
カイの無表情が、ついに崩れかけた。
(主に、羞恥で)
「わたくしが、こんな往来で、クレープを持ったまま立ち尽くす姿を、晒し者にしろと?」
ナーナリアが、わざと困ったように眉を下げる。
「……(くっ)」
カイは、観念したように、ナーナリアの手からクレープを(ひったくるように)受け取った。
「(……持ちましたわ!)」
ナーナリアは、内心でガッツポーズをした。
カイは、手の中の、温かく甘い香りを放つ物体と、ナーナリアの(してやったり、という)顔を、交互に睨みつけている。
「……どうしろと」
「食べるのですわ。まさか、わたくしに食べさせてほしいと?」
「(……!)」
カイは、周囲の視線から逃れるように、クレープに顔を近づけた。
「ほら、騎士様」
ナーナリアは、自分のクレープを頬張りながら、カイの顔を覗き込んだ。
「口が開いてますわよ」
「…………」
カイは、ナーナリアを強く、強く睨みつけた後。
意を決したように、クレープの先に、小さくかじりついた。
「(……もぐ)」
(……!)
熱いカスタードが、口の中に広がる。
焦がしキャラメルの、ほろ苦い甘さ。
「(……うまい)」
カイの、氷の瞳が、ほんの少し、見開かれた。
「どうですの? 美味しいでしょう?」
「……(もぐもぐ)」
カイは、答えなかった。
ただ、二口目、三口目と、無表情のまま、しかし確実に、クレープを食べ進めていく。
「(あ、夢中になっておりますわ)」
「お嬢様……カイ様が、なんだか可哀想になってきましたわ」
「いいのです、アマンダ。あれは職務(わたくしを楽しませる)の一環ですもの」
「(……もぐもぐ)」
氷の騎士が、王都の広場で、無言でクレープを頬張る。
その、あまりにもシュールな光景。
ナーナリアは、自分のクレープの味も忘れるほど、その光景を堪能するのだった。
(ああ、自由って、本当に素晴らしいですわ!)
カイ・ランバートは、この日。
「甘いものは、人前で食べてはならない(特にこの女の前では)」と、心に(しかし少し遅すぎた)誓いを立てた。
王都の青空市場。
ナーナリアは、ご機嫌を隠す様子もなく、様々な屋台を冷やかしていた。
「お嬢様。本日は、特にご機嫌麗しいようで」
「当たり前ですわ、アマンダ! あちらを見てごらんなさい!」
ナーナリアが指差したのは、市場の広場でも一際長い行列ができている、クレープ屋台だった。
「わあ、本日限定『特濃カスタードと焦がしキャラメルのクレープ』ですって!」
「(また甘いものでございますか……)」
アマンダが、隣の「動く壁」に同情的な視線を送る。
「……」
カイ・ランバートは、今日も今日とて、ナーナリアの三歩後ろに無表情で佇んでいた。
しかし、その視線は、クレープ屋台の看板(「特濃」の文字)に、心なしか固定されているように見えた。
「(かかりましたわね!)」
ナーナリアは、勝利を確信した。
「さあ、カイ様! 護衛のお時間ですわ! あの行列に並びますわよ!」
「……(コクリ)」
カイは、無言で頷き、ナーナリアが並ぶと、その後ろにピタリと続いた。
「(並ぶのは素直ですのね。きっと食べたいのでしょう)」
ナーナリアは、行列が進む間、わざと大きな声でカイに話しかけた。
「それにしても、焦がしキャラメルですって! なんて罪深い響きでしょう!」
「……」
「カスタードも『特濃』。わたくし、普通のカスタードでは満足できない体になってしまいましたわ!」
「……(ピクッ)」
カイの喉が、わずかに動いた気がした。
「(我慢なさって。ふふふ)」
やがて、二人の順番が来る。
「お嬢さん! 何にするかい!」
「わたくし、『特濃カスタード』を一つ」
「あいよ!」
「それから……もう一つ、『特濃カスタード』を」
「え?」
カイが、わずかに反応する。
「ありがとうございます!」
ナーナリアは、熱々のクレープを二つ受け取った。
甘く、香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。
「さて」
ナーナリアは、一つをアマンダに渡すフリをした。
「アマンダ、どうぞ」
「え!? いえ、お嬢様、わたくしは」
「冗談ですわ。これは、貴方のですもの」
ナーナリアは、くるりとカイに向き直り、もう一つのクレープを、彼の胸元に突きつけた。
「……は?」
カイの、氷の仮面に、初めて明確な「困惑」が浮かんだ。
「ですから、貴方の分ですわ。わたくし、二つも食べられませんし」
「……不要だ」
カイは、一歩後ずさった。
「あら、失礼ですわね。わたくしが、わざわざ買って差し上げたというのに」
「職務中だ」
「職務に、食事はつきものですわ! 貴方、監視中に倒れたりしたら、わたくしの寝覚めが悪いです!」
「倒れん」
「いいえ! 倒れます!」
ナーナリアは、ぐいぐいとクレープを押し付けた。
「(おい、見ろよ……氷の騎士様が、女の子にクレープを……)」
「(え、どういう状況? 脅されてるの?)」
周囲の野次馬が、遠巻きに(しかし興味津々に)こちらを見ている。
カイのこめかみが、ピクリと引きつった。
「……受け取れん」
「なぜですの! 貴方、本当は食べたいのでしょう!」
「……(ギクッ!)」
「ほら! 図星ですわ! あのパフェ屋をガン見していた貴方が、このカスタードを嫌うわけがありません!」
「(……!)」
カイの無表情が、ついに崩れかけた。
(主に、羞恥で)
「わたくしが、こんな往来で、クレープを持ったまま立ち尽くす姿を、晒し者にしろと?」
ナーナリアが、わざと困ったように眉を下げる。
「……(くっ)」
カイは、観念したように、ナーナリアの手からクレープを(ひったくるように)受け取った。
「(……持ちましたわ!)」
ナーナリアは、内心でガッツポーズをした。
カイは、手の中の、温かく甘い香りを放つ物体と、ナーナリアの(してやったり、という)顔を、交互に睨みつけている。
「……どうしろと」
「食べるのですわ。まさか、わたくしに食べさせてほしいと?」
「(……!)」
カイは、周囲の視線から逃れるように、クレープに顔を近づけた。
「ほら、騎士様」
ナーナリアは、自分のクレープを頬張りながら、カイの顔を覗き込んだ。
「口が開いてますわよ」
「…………」
カイは、ナーナリアを強く、強く睨みつけた後。
意を決したように、クレープの先に、小さくかじりついた。
「(……もぐ)」
(……!)
熱いカスタードが、口の中に広がる。
焦がしキャラメルの、ほろ苦い甘さ。
「(……うまい)」
カイの、氷の瞳が、ほんの少し、見開かれた。
「どうですの? 美味しいでしょう?」
「……(もぐもぐ)」
カイは、答えなかった。
ただ、二口目、三口目と、無表情のまま、しかし確実に、クレープを食べ進めていく。
「(あ、夢中になっておりますわ)」
「お嬢様……カイ様が、なんだか可哀想になってきましたわ」
「いいのです、アマンダ。あれは職務(わたくしを楽しませる)の一環ですもの」
「(……もぐもぐ)」
氷の騎士が、王都の広場で、無言でクレープを頬張る。
その、あまりにもシュールな光景。
ナーナリアは、自分のクレープの味も忘れるほど、その光景を堪能するのだった。
(ああ、自由って、本当に素晴らしいですわ!)
カイ・ランバートは、この日。
「甘いものは、人前で食べてはならない(特にこの女の前では)」と、心に(しかし少し遅すぎた)誓いを立てた。
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