悪役令嬢「婚約破棄?待ってました!」

パリパリかぷちーの

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「……ううむ」

ナーナリアは、自室で腕組みをしていた。
目の前には、昨日カイから押し付けられた(?)王宮騎士団の上着。
アマンダと二人がかりで、最高級のシミ抜き剤を使ってみたが、紅茶の濃いシミは、うっすらとだが頑固にそこに残っていた。

「くっ……! 完璧に落として、あの氷人形の顔に叩きつけてやろうと思いましたのに!」

「お嬢様。ですから、専門のクリーニングに出すべきだと」

「いいえ! それではわたくしの負けですわ!」

「(……何に勝とうとなさっているのですか)」

アマンダは、深いため息をついた。

「ああ、もう! イライラしますわ!」

ナーナリアは、窓の外を睨みつけた。
中庭では、愛犬ケルベロス(巨大)が、庭師が手入れしたばかりの薔薇を(三つの頭で)引っこ抜いて遊んでいる。
そして、そのケルベロスの三歩後ろには。

「…………」

今日も今日とて、氷の騎士カイ・ランバートが、置物のように立っていた。

「(なんなのですか、あの人!)」

ナーナリアは、昨日、馬車で「廃棄する」と言い放たれたことを思い出して、また腹が立ってきた。

「わたくしが、どれだけあのドレスを気に入っていたか……!」

(まあ、カイ様の上着も台無しになりましたけれど。それはそれ、これはこれ、ですわ)

「お嬢様。本日は、買い食いにお出かけには?」

「……気分が乗りませんわ」

ナーナリアは、ぷいと顔をそむけた。

「あの氷人形を連れて、甘いものを食べさせてやる義理もありませんし」

「(……カイ様、お嬢様のおかげで、すっかり甘党だと屋敷中で噂になっておりますが)」

アマンダは、賢くも黙っていた。

「……そうだわ」

ナーナリアが、ぽん、と手を打った。

「アマンダ。わたくし、本日は趣味に没頭することにいたします」

「趣味、と申されますと?」

「『紅茶研究』ですわ!」

ナーナリアの目が、キランと輝いた。

「アマンダ! グランツ家秘蔵の茶葉を、温室に運んでちょうだい! それから!」

「は、はい!」

「中庭の『置物』も、温室に運んでくださいまし!」

「……え?」

---

グランツ侯爵家の、陽光が降り注ぐ温室。
色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが満ちている。

その中央に、不釣り合いな(悪趣味なほど豪華な)テーブルと椅子が持ち込まれていた。

「…………」

カイ・ランバートは、なぜ自分がこんな場所に連れてこられたのか、理解できないまま、椅子に(無理やり)座らされていた。

「なぜ、ここに」

「決まっておりますわ、カイ様」

ナーナリアは、純白のエプロンを身につけ、上機嫌で答えた。
彼女の前には、十数種類の茶葉が並んだワゴンが鎮座している。

「貴方は、わたくしの『護衛』でしょう? わたくしが趣味に没頭している間、不埒な輩(主に虫)が近づかないよう、見張ってくださらなくては」

「……(ピクッ)」

カイは、足元を這っていた小さなクモを睨みつけ、クモは(恐怖で)方向転換して逃げていった。

「さあ! 始めますわよ!」

ナーナリアは、銀のティーポットを手に取り、流れるような手つきで湯を注ぎ始めた。

「まずはこちら! 春摘みのダージリン、『ファーストフラッシュ』ですわ!」

黄金色の液体が、美しいボーンチャイナのカップに注がれる。

「どうぞ、お飲みになって」

「……」

カイは、目の前に差し出されたカップを、無言で見つめた。

「毒など入っておりませんわ。……多分」

「……」

カイは、仕方なくカップを手に取り、一口含んだ。

「どうですの! この若々しい香りと、ほのかな渋み! まるで、春の目覚めのような……」

「……草の、味がする」

「(……!)」

ナーナリアのこめかみが、ピクリと引きつった。

「き、貴方……! これが、どれだけ高価な茶葉か、わかって!」

「草だ」

「(この、味覚音痴の氷人形め……!)」

ナーナリアは、深呼吸した。

「(まあ、いいですわ。次です、次!)」

「では、こちら! 濃厚な味わいの『アッサム』ですわ! ミルクティーの王様ですのよ!」

今度は、濃い赤褐色の紅茶が注がれる。

「どうぞ」

「……」

カイは、再び一口。

「これは……」

「(お! 今度こそ!)どうですの!?」

「……さっきより、濃い草の味がする」

「(ブチッ)」

ナーナリアの中で、何かが切れる音がした。

「貴様あああああ!」

ナーナリアは、ティーポット(中身は空)を振り上げそうになり、アマンダに羽交い締めにされた。

「お、お嬢様! 落ち着いて! カイ様は、騎士でいらっしゃいます! 味覚は鍛えておられぬのです!」

「離しなさいアマンダ! わたくし、この氷人形を、今日こそ叩き割ってやりますわ!」

「……(なぜ、怒っているんだ、この女は)」

カイは、本気でわかっていない、という顔で、首を傾げた。

「(はあ……はあ……)」

ナーナリアは、なんとか怒りを鎮めた。

「……いいですわ。わたくしが、悪うございました。貴方のような、甘いもの(激甘パフェ)にしか反応しない、お子様味覚の方に、紅茶の真髄を説こうとした、わたくしが」

「……別に、お子様味覚ではない」

「なんですって? では、このダージリンとアッサムの違いが、本当にわかりませんの?」

「……濃さが違う」

「それだけですの!?」

「……色が違う」

「(ああ、もうダメですわ、この人!)」

ナーナリアは、頭を抱えてその場にしゃがみ込みそうになった。

「……お嬢様」

「何ですの、アマンダ……わたくし、もう疲れましたわ……」

「カイ様は、その……『違いのわからない男』なのですわ。きっと」

「……(違いが分からん、で、済まされてたまるか)」

カイは、自分に向けられた(不名誉極まりない)評価に、わずかに反論したそうだったが、口には出さなかった。

「……もう、結構ですわ」

ナーナリアは、立ち上がると、エプロンを(乱暴に)脱ぎ捨てた。

「わたくし、やっぱり買い食いに出かけます! アマンダ、支度を!」

「ええ!? 今からでございますか!」

「そうですわ! あんな、下品な『激甘マウンテンパフェ』でも買って、あの氷人形の頭からぶちまけてやりますわ!」

「(……それは、少し、食べたい)」

カイが、ほんの少し、反応した。

「ほら! やっぱり、貴方にはそっちがお似合いなのですわ!」

ナーナリアは、カイをビシッと指差した。

「わたくしの、崇高な紅茶研究を、二度と邪魔しないでくださいましね!」

「……(邪魔は、していない)」

(ただ、草の味がしただけだ)

カイは、そう思ったが、それを口にすれば、今度こそティーポットが飛んでくると本能的に悟り、黙ってカップを置いた。

ナーナリアの、趣味(という名の憂さ晴らし)は、氷の騎士の「味覚音痴」という、新たな発見(?)によって、さらに混乱を極めるのだった。
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