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王都の大聖堂は、国中の貴族と学者が詰めかけ、かつてない熱気に包まれていた。
今日は、筆頭賢者に就任したディナ・エル・ロンドと、魔導省長官サイラス・ヴォルテックスの結婚式である。
純白のウェディングドレスに身を包んだディナが、バージンロードを歩む。
しかし、参列者たちは気づいていた。
彼女のドレスの裾には、数式がぎっしりと書き込まれたメモ帳が縫い付けられており、手にはブーケではなく特注の魔導計算機が握られていることに。
「……ねえ、サイラス様。今の入場曲の周波数、パイプオルガンの調律が0.2ヘルツほどズレていましたわ。不快指数が計算上、許容範囲を超えそうでした」
隣に並ぶ新郎、サイラスは苦笑しながら彼女の手を取った。
「我慢しろ、ディナ。あと三十分もすれば、この非効率な儀式も終わる。その後は、約束通り二人きりの『研究会』だ」
「ええ、それを楽しみにこの重いドレスに耐えていますの。さあ、早く誓いの言葉を終わらせましょう」
教壇の前に立った二人に、司祭が厳かな声で問いかける。
「新郎サイラス・ヴォルテックス。汝は、いかなる時もディナ・エル・ロンドを愛し、敬い、共に歩むことを誓いますか?」
「誓おう。彼女の知性が導き出す、すべての未来を共有することを」
「新婦ディナ・エル・ロンド。汝は、いかなる時もサイラス・ヴォルテックスを愛し、敬い、共に歩むことを誓いますか?」
ディナは眼鏡をクイッと押し上げ、会堂全体に響き渡る声で答えた。
「条件付きで承諾します。彼が私の演算能力を上回る刺激を与え続け、かつ共同研究におけるリソースの配分を公平に行う限り、私の全人生を彼との並列処理に捧げることを誓いますわ」
会場から、困惑と感嘆が混ざったようなざわめきが起こった。
司祭は引きつった笑顔で、儀式のハイライトへと進む。
「……では、誓いのキスを」
参列者の誰もが、美しい新郎新婦の甘い接吻を期待して身を乗り出した。
しかし、ディナとサイラスは顔を見合わせると、同時に邪悪な……もとい、知的な笑みを浮かべた。
「お断りします。粘膜接触による一時的な感情の高揚より、もっと生産的な『愛の証明』を用意してきましたわ!」
ディナが計算機を高く掲げると、大聖堂の空間全体に、巨大な魔法陣がホログラムのように展開された。
「皆様、ご注目ください! 誓いのキスの代わりに、私とサイラス様が昨夜の三時に完成させた、最新の『起源魔法による空間暖房効率の最適化理論』のプレゼンテーションを行います!」
「な……なんだってぇ!?」
国王が立ち上がり、椅子から転げ落ちた。
参列した貴族たちは、頭上に浮かぶ難解な数式の羅列を見て、一瞬で意識を失いそうになっている。
「いいですか、ここがポイントです! 重力加速度を変数として組み込むことで、この広い大聖堂の温度を、わずか5秒で一定に保つことが可能になりますの! これぞ真実の愛、すなわちエネルギーの完璧な調和ですわ!」
「補足させてもらおう。この式を応用すれば、冬の王都から薪の消費をゼロにできる。経済効果は国家予算の三割に相当するぞ」
新郎新婦は交互に、立て板に水のごとく解説を始めた。
もはや結婚式ではなく、国家規模の学会発表会である。
唯一、最前列で狂ったようにメモを取っているのは、留学から一時帰国したリリアだけだった。
「素晴らしいですわ、ディナ先生! その第8項の代入、エロティックすぎて涙が出ますわぁ!」
「リリア様、帰国後の課題を提出しなさい。今の説明に、三つの計算ミスを忍ばせておきましたよ。見つけられなければ、披露宴の食事抜きですわ」
「ひぃっ、頑張りますわぁ!」
廃嫡されて末端の事務官となったカイルは、遠くの席で「愛って……やっぱり算数なんだな……」と遠い目をして現実逃避していた。
一時間後。
参列者の八割が知恵熱でぐったりとする中、ディナとサイラスは満足げに壇上を降りた。
「……さて、ディナ。発表も終わったし、そろそろ退散しようか」
「ええ、サイラス様。次の研究テーマが頭の中に溢れていて、これ以上ここにいるのは時間の無駄ですわ」
二人は豪華な披露宴の料理を一口も食べることなく、手を取り合って大聖堂を駆け出した。
向かう先は、新婚旅行先のリゾート地ではなく、思い出の詰まったボロ寮の研究室だ。
「サイラス様。私、あなたと結婚して良かったですわ。人生の演算速度が、一人だった時の二倍以上に感じられます」
「俺もだよ、ディナ。君という難問を一生かけて解けるなんて、これ以上の幸福はない」
夕焼けに染まる王都を、白衣のようなドレスと正装の二人が走り抜ける。
ガリ勉令嬢の恋は、甘い言葉ではなく、終わりのない数式の中にあった。
二人は今日も、世界を驚かせる「正解」を求めて、ペンを走らせ続ける。
恋よりも高度な数式を、誰よりも熱く語り合いながら。
今日は、筆頭賢者に就任したディナ・エル・ロンドと、魔導省長官サイラス・ヴォルテックスの結婚式である。
純白のウェディングドレスに身を包んだディナが、バージンロードを歩む。
しかし、参列者たちは気づいていた。
彼女のドレスの裾には、数式がぎっしりと書き込まれたメモ帳が縫い付けられており、手にはブーケではなく特注の魔導計算機が握られていることに。
「……ねえ、サイラス様。今の入場曲の周波数、パイプオルガンの調律が0.2ヘルツほどズレていましたわ。不快指数が計算上、許容範囲を超えそうでした」
隣に並ぶ新郎、サイラスは苦笑しながら彼女の手を取った。
「我慢しろ、ディナ。あと三十分もすれば、この非効率な儀式も終わる。その後は、約束通り二人きりの『研究会』だ」
「ええ、それを楽しみにこの重いドレスに耐えていますの。さあ、早く誓いの言葉を終わらせましょう」
教壇の前に立った二人に、司祭が厳かな声で問いかける。
「新郎サイラス・ヴォルテックス。汝は、いかなる時もディナ・エル・ロンドを愛し、敬い、共に歩むことを誓いますか?」
「誓おう。彼女の知性が導き出す、すべての未来を共有することを」
「新婦ディナ・エル・ロンド。汝は、いかなる時もサイラス・ヴォルテックスを愛し、敬い、共に歩むことを誓いますか?」
ディナは眼鏡をクイッと押し上げ、会堂全体に響き渡る声で答えた。
「条件付きで承諾します。彼が私の演算能力を上回る刺激を与え続け、かつ共同研究におけるリソースの配分を公平に行う限り、私の全人生を彼との並列処理に捧げることを誓いますわ」
会場から、困惑と感嘆が混ざったようなざわめきが起こった。
司祭は引きつった笑顔で、儀式のハイライトへと進む。
「……では、誓いのキスを」
参列者の誰もが、美しい新郎新婦の甘い接吻を期待して身を乗り出した。
しかし、ディナとサイラスは顔を見合わせると、同時に邪悪な……もとい、知的な笑みを浮かべた。
「お断りします。粘膜接触による一時的な感情の高揚より、もっと生産的な『愛の証明』を用意してきましたわ!」
ディナが計算機を高く掲げると、大聖堂の空間全体に、巨大な魔法陣がホログラムのように展開された。
「皆様、ご注目ください! 誓いのキスの代わりに、私とサイラス様が昨夜の三時に完成させた、最新の『起源魔法による空間暖房効率の最適化理論』のプレゼンテーションを行います!」
「な……なんだってぇ!?」
国王が立ち上がり、椅子から転げ落ちた。
参列した貴族たちは、頭上に浮かぶ難解な数式の羅列を見て、一瞬で意識を失いそうになっている。
「いいですか、ここがポイントです! 重力加速度を変数として組み込むことで、この広い大聖堂の温度を、わずか5秒で一定に保つことが可能になりますの! これぞ真実の愛、すなわちエネルギーの完璧な調和ですわ!」
「補足させてもらおう。この式を応用すれば、冬の王都から薪の消費をゼロにできる。経済効果は国家予算の三割に相当するぞ」
新郎新婦は交互に、立て板に水のごとく解説を始めた。
もはや結婚式ではなく、国家規模の学会発表会である。
唯一、最前列で狂ったようにメモを取っているのは、留学から一時帰国したリリアだけだった。
「素晴らしいですわ、ディナ先生! その第8項の代入、エロティックすぎて涙が出ますわぁ!」
「リリア様、帰国後の課題を提出しなさい。今の説明に、三つの計算ミスを忍ばせておきましたよ。見つけられなければ、披露宴の食事抜きですわ」
「ひぃっ、頑張りますわぁ!」
廃嫡されて末端の事務官となったカイルは、遠くの席で「愛って……やっぱり算数なんだな……」と遠い目をして現実逃避していた。
一時間後。
参列者の八割が知恵熱でぐったりとする中、ディナとサイラスは満足げに壇上を降りた。
「……さて、ディナ。発表も終わったし、そろそろ退散しようか」
「ええ、サイラス様。次の研究テーマが頭の中に溢れていて、これ以上ここにいるのは時間の無駄ですわ」
二人は豪華な披露宴の料理を一口も食べることなく、手を取り合って大聖堂を駆け出した。
向かう先は、新婚旅行先のリゾート地ではなく、思い出の詰まったボロ寮の研究室だ。
「サイラス様。私、あなたと結婚して良かったですわ。人生の演算速度が、一人だった時の二倍以上に感じられます」
「俺もだよ、ディナ。君という難問を一生かけて解けるなんて、これ以上の幸福はない」
夕焼けに染まる王都を、白衣のようなドレスと正装の二人が走り抜ける。
ガリ勉令嬢の恋は、甘い言葉ではなく、終わりのない数式の中にあった。
二人は今日も、世界を驚かせる「正解」を求めて、ペンを走らせ続ける。
恋よりも高度な数式を、誰よりも熱く語り合いながら。
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