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「……皆様、本日の結婚披露宴はこれにて終了です。開始からちょうど四十五分。予定通り、皆様の血糖値が最も安定し、かつ飽きが来ない完璧なタイミングでの閉会となりますわ」
イザベルの凛とした声が、豪華な大広間に響き渡った。
参列した各国の王族や有力貴族たちは、手に持ったフォークを止めて呆然としている。
通常、数時間はかかるはずの公爵家の披露宴が、一時間足らずで幕を閉じようとしていたからだ。
「な、イザベル様……。まだメインディッシュの余韻に浸っている最中なのですが……」
「お言葉ですが、侯爵。余韻という名の『非生産的な沈黙』は、一分につき金貨三枚の機会損失に相当します。……それよりも、皆様にお配りした『ノアール公国・投資優待引換券』を手に、爆速で帰路におつきください。今なら渋滞(ボトルネック)に巻き込まれずに帰宅できますわ」
イザベルは、ウェディングドレスの裾を華麗にさばきながら、出口を指し示した。
彼女の徹底した時間管理により、料理は着席から一分で提供され、スピーチは一人三十秒以内、余興は魔法による三次元映像で一瞬で終わらされていた。
しかし、不満を漏らす者は一人もいなかった。
提供された料理は世界最高の栄養素と味を誇り、何より「時間を奪われない」という最大の贅沢を、彼女はゲスト全員に提供したからだ。
「……ふう。これで本日の主要タスクは全て完了ですわね、公爵様」
隣に立つアリストテレスが、彼女の腰を引き寄せ、耳元で低く笑った。
「ああ、お疲れ様。……だがイザベル、私としてはもう少し、この晴れ姿を皆に見せびらかしたかったのだがな」
「却下しますわ。私の美しさを公共財として開放するのは、一時間までが限界です。……それ以上の露出は、貴方の『独占欲』という名の資産に、過度なストレス(減損)を与えることになりますから」
「……全くだ。私の妻は、私の心理的コストまで計算済みというわけか」
アリストテレスは満足げに目を細めると、彼女の手を取って、正面のバルコニーへと歩み出た。
階下には、新領土となった旧王国の民たちが、新しい国旗を振って二人を祝福している。
「……見てください、公爵様。物流を整え、無駄な税を廃止した結果、領民の平均笑顔指数が昨対比で一・五倍に向上しています。……私の『合理化』は、間違っていませんでしたわ」
「ああ。……君は、冷酷な悪役令嬢などではなかった。……ただ、誰よりも真っ直ぐに『正解』を求め続けた、世界一優しい知性の持ち主だ」
アリストテレスは、広場に集まった民衆の前で、彼女を深く抱きしめた。
割れんばかりの歓声が響く。
その歓声の端っこで、清掃員として駆り出されていたウィルフレッドとアリスが、虚ろな目でこちらを見上げていた。
「……おい、アリス。……あのアリストテレス公爵の顔、見たか? ……あんなに幸せそうに笑う男を、私は見たことがないぞ」
「……ウィルフレッド様。……愛があれば幸せだと思ってたけど、……あのお二人の『完璧な合理性』に支えられた愛は、……なんだか、すごく、……高そうな味がしますぅ……」
二人は、かつて自分たちが捨てた「有能」という名の原石が、世界を照らす太陽になったことを、ようやく理解した。
だが、その理解もまた、イザベルにとっては「不要なデータ」として既にゴミ箱へ放り込まれていた。
夜。
新居となった公爵邸の寝室。
イザベルは、ドレスを脱ぎ捨ててネグリジェに着替えるなり、ベッドの上で巨大な地図と書類を広げた。
「……さて、公爵様。……結婚初夜のスケジュールですが、まずは第一四半期の家族計画、および……」
「……イザベル。……お言葉だが、今夜は『書類』を全て没収させていただく」
アリストテレスは、彼女の手からペンを取り上げ、背後から包み込むようにベッドに押し倒した。
「な、……何を。……公爵様、今夜の『親密度向上セッション』は、二十三時から三十分間の予定ですわよ! まだ五分早い――」
「……あいにく、私はオーナー(夫)としての権限を行使して、スケジュールの『前倒し』を決定した。……それから、終了時刻の項目も削除だ。……今夜は、君の論理が追いつかないほどの非効率(パッション)を、存分に味わせてやろう」
「……ひ、非効率な……熱情……。……それは、私の脳内メモリを破壊する恐れが……」
「……壊れたら、私が一生かけて、もっと愛に満ちたシステムに作り替えてやる」
アリストテレスの唇が、彼女の言葉を封じるように重なった。
イザベルは、一瞬だけ「明日の起床時間が……」と考えたが、すぐにアリストテレスの熱い体温に、その思考すらも溶かされていった。
(……まあ、いいでしょう。……たまには、計算不能(エラー)な夜があっても。……これもまた、……人生という名の、……最高の『不確定利益』ですわ……!)
イザベルは、幸せそうに瞳を閉じ、愛する夫の腕の中に、その「有能すぎる身心」を委ねた。
こうして、かつて悪役令嬢として断罪された一人の女性は、効率と愛の頂点に立ち、末長く、爆速で、幸せに暮らしたのである。
「お言葉ですが皆様! ……ハッピーエンドを噛み締める時間は、三秒で十分ですわ! ……さあ、次の『幸福な未来』へ向けて、爆速で進みますわよ!!」
彼女の元気な声が、ノアールの夜空にいつまでも響き渡っていた。
イザベルの凛とした声が、豪華な大広間に響き渡った。
参列した各国の王族や有力貴族たちは、手に持ったフォークを止めて呆然としている。
通常、数時間はかかるはずの公爵家の披露宴が、一時間足らずで幕を閉じようとしていたからだ。
「な、イザベル様……。まだメインディッシュの余韻に浸っている最中なのですが……」
「お言葉ですが、侯爵。余韻という名の『非生産的な沈黙』は、一分につき金貨三枚の機会損失に相当します。……それよりも、皆様にお配りした『ノアール公国・投資優待引換券』を手に、爆速で帰路におつきください。今なら渋滞(ボトルネック)に巻き込まれずに帰宅できますわ」
イザベルは、ウェディングドレスの裾を華麗にさばきながら、出口を指し示した。
彼女の徹底した時間管理により、料理は着席から一分で提供され、スピーチは一人三十秒以内、余興は魔法による三次元映像で一瞬で終わらされていた。
しかし、不満を漏らす者は一人もいなかった。
提供された料理は世界最高の栄養素と味を誇り、何より「時間を奪われない」という最大の贅沢を、彼女はゲスト全員に提供したからだ。
「……ふう。これで本日の主要タスクは全て完了ですわね、公爵様」
隣に立つアリストテレスが、彼女の腰を引き寄せ、耳元で低く笑った。
「ああ、お疲れ様。……だがイザベル、私としてはもう少し、この晴れ姿を皆に見せびらかしたかったのだがな」
「却下しますわ。私の美しさを公共財として開放するのは、一時間までが限界です。……それ以上の露出は、貴方の『独占欲』という名の資産に、過度なストレス(減損)を与えることになりますから」
「……全くだ。私の妻は、私の心理的コストまで計算済みというわけか」
アリストテレスは満足げに目を細めると、彼女の手を取って、正面のバルコニーへと歩み出た。
階下には、新領土となった旧王国の民たちが、新しい国旗を振って二人を祝福している。
「……見てください、公爵様。物流を整え、無駄な税を廃止した結果、領民の平均笑顔指数が昨対比で一・五倍に向上しています。……私の『合理化』は、間違っていませんでしたわ」
「ああ。……君は、冷酷な悪役令嬢などではなかった。……ただ、誰よりも真っ直ぐに『正解』を求め続けた、世界一優しい知性の持ち主だ」
アリストテレスは、広場に集まった民衆の前で、彼女を深く抱きしめた。
割れんばかりの歓声が響く。
その歓声の端っこで、清掃員として駆り出されていたウィルフレッドとアリスが、虚ろな目でこちらを見上げていた。
「……おい、アリス。……あのアリストテレス公爵の顔、見たか? ……あんなに幸せそうに笑う男を、私は見たことがないぞ」
「……ウィルフレッド様。……愛があれば幸せだと思ってたけど、……あのお二人の『完璧な合理性』に支えられた愛は、……なんだか、すごく、……高そうな味がしますぅ……」
二人は、かつて自分たちが捨てた「有能」という名の原石が、世界を照らす太陽になったことを、ようやく理解した。
だが、その理解もまた、イザベルにとっては「不要なデータ」として既にゴミ箱へ放り込まれていた。
夜。
新居となった公爵邸の寝室。
イザベルは、ドレスを脱ぎ捨ててネグリジェに着替えるなり、ベッドの上で巨大な地図と書類を広げた。
「……さて、公爵様。……結婚初夜のスケジュールですが、まずは第一四半期の家族計画、および……」
「……イザベル。……お言葉だが、今夜は『書類』を全て没収させていただく」
アリストテレスは、彼女の手からペンを取り上げ、背後から包み込むようにベッドに押し倒した。
「な、……何を。……公爵様、今夜の『親密度向上セッション』は、二十三時から三十分間の予定ですわよ! まだ五分早い――」
「……あいにく、私はオーナー(夫)としての権限を行使して、スケジュールの『前倒し』を決定した。……それから、終了時刻の項目も削除だ。……今夜は、君の論理が追いつかないほどの非効率(パッション)を、存分に味わせてやろう」
「……ひ、非効率な……熱情……。……それは、私の脳内メモリを破壊する恐れが……」
「……壊れたら、私が一生かけて、もっと愛に満ちたシステムに作り替えてやる」
アリストテレスの唇が、彼女の言葉を封じるように重なった。
イザベルは、一瞬だけ「明日の起床時間が……」と考えたが、すぐにアリストテレスの熱い体温に、その思考すらも溶かされていった。
(……まあ、いいでしょう。……たまには、計算不能(エラー)な夜があっても。……これもまた、……人生という名の、……最高の『不確定利益』ですわ……!)
イザベルは、幸せそうに瞳を閉じ、愛する夫の腕の中に、その「有能すぎる身心」を委ねた。
こうして、かつて悪役令嬢として断罪された一人の女性は、効率と愛の頂点に立ち、末長く、爆速で、幸せに暮らしたのである。
「お言葉ですが皆様! ……ハッピーエンドを噛み締める時間は、三秒で十分ですわ! ……さあ、次の『幸福な未来』へ向けて、爆速で進みますわよ!!」
彼女の元気な声が、ノアールの夜空にいつまでも響き渡っていた。
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