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「……定刻ですわ。新婦入場。誤差、〇・〇二秒。許容範囲内ですわね」
ノアール公国の大聖堂。
十時の時報と同時に、教会の扉が完璧な速度で開かれた。
現れた新婦イザベルは、その美しさで参列者全員の息を呑ませたが、本人は手元のブーケに隠した小型の魔導時計を鋭く睨んでいた。
「……イザベル。君のドレス、以前よりさらに輝いて見えるな。……それから、心なしか足取りが軽いようだが」
祭壇で待っていたアリストテレスが、優しく彼女の手を取った。
イザベルは、ヴェールの下で不敵に微笑む。
「当然ですわ。このドレスは、空気抵抗を極限まで減らした最新の超軽量素材を使用しています。さらに、バージンロードを歩く際の歩幅を十センチ広げることで、祭壇への到着時間を前回の予行演習より五秒短縮いたしました」
「……結婚式でタイムアタックをする新婦は、後にも先にも君だけだろうな」
アリストテレスは苦笑しつつ、彼女の指に誓いの指輪をはめた。
通常なら延々と続く神父の説教も、イザベルが事前に「要点三行、時間は三分以内」と厳命していたため、儀式は驚異的なスピードで進行していく。
「……では、誓いのキスを。……公爵様、角度は四十五度。持続時間は三秒ちょうどでお願いいたします。それ以上の時間は、披露宴のオードブルの鮮度に悪影響を及ぼしますわ」
「……分かった。……だが、これだけは計算外の熱量で行かせてもらうぞ」
アリストテレスは、イザベルの指示を無視して深く、情熱的なキスを交わした。
予定時間を五秒超過したが、イザベルは「……特例としての延長(ロスタイム)を承認します」と、顔を真っ赤にしながらも満足げに頷いた。
式の終了後。
大聖堂の出口には、招待客とは別に、特別に「参観」を許可された一団がいた。
泥だらけの作業着姿で、鉄格子越しに外を眺めるウィルフレッドとアリスである。
「イ、イザベル……! ああ、なんて綺麗なんだ……。あんなに輝いている彼女を、私は……私は捨ててしまったのか……!」
ウィルフレッドは、かつての婚約者の神々しい姿に、涙と鼻水を流して崩れ落ちた。
隣のアリスも、あまりの格差にショックを受け、持っていた「配給の固いパン」を地面に落とした。
「イザベル様……。アリス、気づいたんです。……数字が強い人は、ドレスを着ても最強なんだって。……愛だけじゃ、あんなにキラキラした服は買えないんだってぇ……!」
イザベルは、馬車に乗り込む直前、ふと足を止めて彼らの方を向いた。
その瞳に宿っているのは、怒りでも恨みでもなく、ただの「鑑定結果」だった。
「……ウィルフレッド様。そしてアリス様。……最後に、貴方たちの『人生の最終評価書』を述べて差し上げますわ」
二人は、期待に満ちた目でイザベルを見つめた。
もしかしたら、温かい言葉の一つでもかけてもらえるのではないか。……そんな甘い幻想を抱きながら。
「……貴方たちは、私にとって『最高の反面教師(サンプル)』でした。……非効率な感情に溺れ、論理を捨てた者が、どのような破滅(バッドエンド)を迎えるか。……その貴重なデータを、私は貴方たちから無償で得ることができました」
「……えっ、データ……?」
「はい。貴方たちの失敗という名の『資産』は、我が国の教育プログラムの中で永久に活用され続けます。……ある意味、貴方たちは歴史の中で『不滅の無能』として生き続けるのです。……これほど効率的な社会貢献はありませんわね」
イザベルは、エレガントに一礼した。
「……さようなら。……私の人生という名の『最適化されたプラットフォーム』から、貴方たちの情報を完全に消去(デリート)いたします。……以後の接触は、一切お断りさせていただきますわ」
「な……待ってくれ! イザベル! 最後に、最後に愛してるって言ってくれぇ!」
「愛……? ……その言葉、今はアリストテレス様との『共有財産』ですので。……部外者に無償提供する余裕(リソース)はありません。……御者さん、出発なさい!」
馬車は、爆速で走り出した。
背後でウィルフレッドが「イザベェルゥゥ!」と叫ぶ声は、馬車の走行音に完全にかき消された。
「……スッキリいたしましたわ、公爵様。……これで、私の脳内メモリに空き容量(空きスペース)が生まれました」
「……フフ。それは重畳だ。……では、その空いたスペースには、これからの我々の『幸福な日常』の記録を、ギチギチに詰め込んでもらうとしようか」
アリストテレスは彼女の手を握り、優しく微笑んだ。
「……ええ。……まずは、ハネムーンの最短移動ルートについて、馬車の中で最終ブリーフィングを行いましょうか!」
「……ああ。……受けて立とう、私の世界一有能な妻よ」
二人の新たな旅路は、一分一秒の無駄もなく、最高の期待値を持って幕を開けた。
ノアール公国の大聖堂。
十時の時報と同時に、教会の扉が完璧な速度で開かれた。
現れた新婦イザベルは、その美しさで参列者全員の息を呑ませたが、本人は手元のブーケに隠した小型の魔導時計を鋭く睨んでいた。
「……イザベル。君のドレス、以前よりさらに輝いて見えるな。……それから、心なしか足取りが軽いようだが」
祭壇で待っていたアリストテレスが、優しく彼女の手を取った。
イザベルは、ヴェールの下で不敵に微笑む。
「当然ですわ。このドレスは、空気抵抗を極限まで減らした最新の超軽量素材を使用しています。さらに、バージンロードを歩く際の歩幅を十センチ広げることで、祭壇への到着時間を前回の予行演習より五秒短縮いたしました」
「……結婚式でタイムアタックをする新婦は、後にも先にも君だけだろうな」
アリストテレスは苦笑しつつ、彼女の指に誓いの指輪をはめた。
通常なら延々と続く神父の説教も、イザベルが事前に「要点三行、時間は三分以内」と厳命していたため、儀式は驚異的なスピードで進行していく。
「……では、誓いのキスを。……公爵様、角度は四十五度。持続時間は三秒ちょうどでお願いいたします。それ以上の時間は、披露宴のオードブルの鮮度に悪影響を及ぼしますわ」
「……分かった。……だが、これだけは計算外の熱量で行かせてもらうぞ」
アリストテレスは、イザベルの指示を無視して深く、情熱的なキスを交わした。
予定時間を五秒超過したが、イザベルは「……特例としての延長(ロスタイム)を承認します」と、顔を真っ赤にしながらも満足げに頷いた。
式の終了後。
大聖堂の出口には、招待客とは別に、特別に「参観」を許可された一団がいた。
泥だらけの作業着姿で、鉄格子越しに外を眺めるウィルフレッドとアリスである。
「イ、イザベル……! ああ、なんて綺麗なんだ……。あんなに輝いている彼女を、私は……私は捨ててしまったのか……!」
ウィルフレッドは、かつての婚約者の神々しい姿に、涙と鼻水を流して崩れ落ちた。
隣のアリスも、あまりの格差にショックを受け、持っていた「配給の固いパン」を地面に落とした。
「イザベル様……。アリス、気づいたんです。……数字が強い人は、ドレスを着ても最強なんだって。……愛だけじゃ、あんなにキラキラした服は買えないんだってぇ……!」
イザベルは、馬車に乗り込む直前、ふと足を止めて彼らの方を向いた。
その瞳に宿っているのは、怒りでも恨みでもなく、ただの「鑑定結果」だった。
「……ウィルフレッド様。そしてアリス様。……最後に、貴方たちの『人生の最終評価書』を述べて差し上げますわ」
二人は、期待に満ちた目でイザベルを見つめた。
もしかしたら、温かい言葉の一つでもかけてもらえるのではないか。……そんな甘い幻想を抱きながら。
「……貴方たちは、私にとって『最高の反面教師(サンプル)』でした。……非効率な感情に溺れ、論理を捨てた者が、どのような破滅(バッドエンド)を迎えるか。……その貴重なデータを、私は貴方たちから無償で得ることができました」
「……えっ、データ……?」
「はい。貴方たちの失敗という名の『資産』は、我が国の教育プログラムの中で永久に活用され続けます。……ある意味、貴方たちは歴史の中で『不滅の無能』として生き続けるのです。……これほど効率的な社会貢献はありませんわね」
イザベルは、エレガントに一礼した。
「……さようなら。……私の人生という名の『最適化されたプラットフォーム』から、貴方たちの情報を完全に消去(デリート)いたします。……以後の接触は、一切お断りさせていただきますわ」
「な……待ってくれ! イザベル! 最後に、最後に愛してるって言ってくれぇ!」
「愛……? ……その言葉、今はアリストテレス様との『共有財産』ですので。……部外者に無償提供する余裕(リソース)はありません。……御者さん、出発なさい!」
馬車は、爆速で走り出した。
背後でウィルフレッドが「イザベェルゥゥ!」と叫ぶ声は、馬車の走行音に完全にかき消された。
「……スッキリいたしましたわ、公爵様。……これで、私の脳内メモリに空き容量(空きスペース)が生まれました」
「……フフ。それは重畳だ。……では、その空いたスペースには、これからの我々の『幸福な日常』の記録を、ギチギチに詰め込んでもらうとしようか」
アリストテレスは彼女の手を握り、優しく微笑んだ。
「……ええ。……まずは、ハネムーンの最短移動ルートについて、馬車の中で最終ブリーフィングを行いましょうか!」
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