婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの

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「……ロベール侯爵令嬢、クロナ。この忙しい時期に、緊急の拝謁とは一体何事だ」

マリス王国の国王、エドワード三世は、玉座に深く腰掛けながら、疲れ切った顔で問いかけた。
その横では王妃が、心配そうにクロナを見つめている。
明日は王立アカデミーの卒業パーティー。国を挙げての祝祭を前に、王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

「お忙しいところ恐縮です、陛下。ですが、国家の財政、及び王室の尊厳に関わる『重大な欠陥』が見つかりましたので、火急の報告に参りました」

クロナは完璧な礼を解くと、顔を上げた。
その瞳は、一点の曇りもなく、これから自分がこの国の未来を左右する爆弾を投下することなど、微塵も感じさせないほど冷静だった。

「重大な欠陥だと? まさか隣国の軍の動きか?」

「いいえ。もっと深刻な……ジュリアン殿下の『収支決算報告』についてですわ」

クロナが合図をすると、サーシャが数冊の分厚い帳簿を、国王の前の机に積み上げた。
ドスン、という重々しい音が、静かな広間に響き渡る。

「これは……なんだ?」

「過去三年間、我がロベール侯爵家がジュリアン殿下の公務、及び私生活のために立て替えてきた費用の総目録。並びに、殿下が現在進行形で関与されている『公金横領』の証拠一式でございます」

「なっ……! 公金横領だと!?」

国王が身を乗り出す。
クロナは淡々と、赤ペンで印をつけたページを開いて示した。

「こちらをご覧ください。殿下はリリィ男爵令嬢という特定の女性を支援するため、王室の『災害復興基金』から一部を流用。さらに、私の個人口座からも、同意なしに多額のドレス代を引き落とさせようと画策されました」

「……ジュリアンが、そんなことを……」

「さらに、こちら。私が代筆し、殿下の名前で発表された数々の論文……。これらも精査した結果、殿下ご本人にはその内容を理解する能力が皆無であることが証明されました。つまり、殿下の『知性』という資産価値は、現在マイナスでございます」

王妃が、ハンカチで口元を覆った。

「クロナさん、あなたは……ジュリアンを見捨てるつもりなの?」

「いいえ、王妃様。見捨てるのではなく、適正価格で処分……失礼、清算させていただきたいのです。……陛下、私は明日の卒業パーティーを待たず、今この場で、ジュリアン殿下との婚約解消を正式に申請いたします」

広間に沈黙が流れる。
国王は、震える手で帳簿を捲った。
そこには、ジュリアンがいかに無能で、いかに周囲を食いつぶしてきたかが、冷徹な数字によってこれでもかと証明されていた。

「解消すれば、ロベール家からの資金援助は全て止まることになるな……?」

「当然ですわ。倒産間近の事業に、これ以上の投資を続ける投資家はいません。……ですが、陛下。私は慈悲深い女です。今回、殿下が私に与えた精神的苦痛、及び契約不履行に対する慰謝料として……『ロベール家が保有する国債の一部』を相殺、あるいは放棄させていただく用意がございます」

「ほう……?」

国王の目が、一瞬だけ鋭くなった。
多額の借金を抱える王家にとって、国債の放棄は喉から手が出るほど魅力的な提案だ。

「条件はただ一つ。私の国外移転……及び、今後一切の干渉を禁じる『特別恩赦状』をいただくこと。……陛下、泥沼の醜聞をパーティーで晒すのと、今ここで静かに債務整理を終えるのと、どちらがマリス王国の利益になりますかしら?」

クロナは、そっと笑みを深めた。
それは聖女の微笑みなどではない。相手の弱みを完璧に握り、最善の条件で取引を成立させようとする、老獪な商人のそれだった。

「……お前という女は。ジュリアンには過ぎた、いや、ジュリアンでは到底扱いきれない劇薬だったというわけか」

「買い被りですわ、陛下。私はただ、無駄が嫌いなだけですもの」

国王は、長い、長い溜息をついた。
そして、傍らの侍従に命じた。

「……ペンを持ってこい。クロナ・フォン・ロベールの申し出を全面的に受け入れる。ジュリアンには……そうだな。明日、最高の舞台で『現実』という名の地獄を見せてやるとしよう」

「賢明なご判断、感謝いたしますわ」

クロナは再び深く頭を下げた。
懐にある恩赦状……これで、彼女を縛る鎖は全て解かれた。

「さて、サーシャ。急いで屋敷に戻りましょう。明日のパーティーのために、最高に『不吉で美しい』ドレスを用意してちょうだい」

「承知いたしました。……お嬢様、これでもうマリス王国ともお別れですね」

「ええ。せいぜい、あのアホな王子がリリィ様と一緒に沈んでいく様を、特等席で見学させていただきましょう」

王宮を出るクロナの足取りは、羽が生えたように軽かった。
翌日の卒業パーティー。
それは本来、王子の裏切りによってクロナがどん底に突き落とされるはずの日。
だが、彼女の手によって、その日は「王家崩壊」の幕開けへと、その台本が書き換えられていたのである。
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