婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの

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「……お嬢様、このシャンデリアはどうなさいますか? こちらもロベール侯爵家の寄贈品でございますが」

サーシャが脚立の上から、王宮の客間を指差して尋ねる。
そこは、クロナが王宮に滞在する際に使っていた控え室だが、今や部屋の中は空っぽに近い。

「外してちょうだい。電球一個に至るまで、ロベール家の資本が入っているものは全て回収よ。あ、そのカーテンも。特注のシルク製ですもの、隣国で再利用すれば良いわ」

「畏まりました。……あ、殿下がお見えですわ」

ドカドカと品のない足音が廊下に響き、扉が乱暴に開け放たれた。
現れたのは、目の下に隈を作り、髪を振り乱したジュリアン王子だった。

「クロナ! 君、いい加減にしたまえ! 僕の執務室の暖炉の薪まで、業者が回収していったんだぞ! おかげで昨晩は寒くて眠れなかった!」

クロナは優雅に椅子に座ったまま、手元の書類から目を上げることすらしなかった。

「あら、それは大変。ですが殿下、あの薪はロベール家が『冬の体調管理支援』として無償提供していたもの。……婚約破棄をされる予定の相手に、いつまでも支援を続けるほど、我が家は慈善事業に熱心ではありませんわ」

「そ、れはそうだが! まだ正式に破棄したわけではないだろう! 順序というものがある!」

「順序、ですか。では、殿下がリリィ様のご実家の借金を、我が家の寄付金で勝手に相殺しようとした『順序』については、どう説明されるおつもり?」

ジュリアンが言葉に詰まり、パクパクと口を動かす。

「そ、れは……彼女の家が困っていたから……将来の親戚になる予定の家を助けるのは、王族としての慈悲だ!」

「素晴らしい慈悲ですわね。他人の財布で善行を積むなんて、聖者様も驚きの新解釈だわ」

クロナはパチンと書類を閉じ、ようやくジュリアンを真っ直ぐに見据えた。

「殿下、本日ここへいらしたのは、文句を言うためだけ? それとも、私に『融資』の相談でも?」

「ゆ、融資……?」

「ええ。先ほどマダム・ル・ブランから連絡がありましたわ。ドレスの代金が支払われないため、王宮の入り口で座り込みを検討しているそうです。……殿下、卒業パーティーに、婚約破棄する相手を全裸で出席させるおつもり?」

「なっ、全裸なんて破廉恥な! ……だ、だから、その……クロナ。君の口座から、少しだけ立て替えておいてくれないか? パーティーが終われば、何らかの方法で……」

「『何らかの方法』。……具体性の欠片もない、典型的な詐欺師のセリフですわね」

クロナは溜息をつき、懐から一枚の用紙を取り出した。

「いいでしょう。貸して差し上げますわ。ただし、こちらの契約書にサインをしていただきます。利息は日歩一割。担保は……そうね、殿下が所有されている『王立狩猟場の利用権』でいかがかしら?」

「日歩一割!? それは暴利だろう! それに狩猟場は僕の唯一の楽しみなんだぞ!」

「嫌なら結構ですわ。マダムには、そのまま座り込みを続けていただくよう伝えます。……王子の婚約者が、不払いでお縄になる姿。新聞の号外が売れそうですわね」

「……っ! く、分かった、書けばいいんだろう!」

ジュリアンは、内容もろくに確認せず、殴り書きのような署名を残した。
クロナはそれを確認すると、冷徹な笑みを浮かべてサーシャに合図した。

「サーシャ、この契約書を公証役場へ。あ、それから殿下。……その契約書、実は裏面に『返済が滞った場合、王位継承権の放棄を国王に進言することに同意する』という一文も含まれておりますの。お読みになりませんでした?」

「……え?」

ジュリアンの顔から、さーっと血の気が引いていく。

「なっ……騙したな! クロナ!」

「騙してなどいませんわ。確認不足は、実社会では命取りになりますのよ。……さあ、用が済んだらお帰りになって。私はこれから、隣国の公爵閣下との『夕食会の献立』を考えなければならないの」

「隣国の……ゼクス公爵だと? なぜ君がそんな男と……」

「あら、仕事の打ち合わせですわ。殿下とは違って、数字の話ができる殿方との時間は、とても有意義で……そして、ときめきますの」

「ときめく……!? 君が、そんな……!」

ジュリアンはショックを受けたようにふらふらと部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、クロナは心底愉快そうに鼻を鳴らした。

「(ときめく、というのは嘘ではないわね。あの方の提案する節税対策、あまりに美しくて、脳が痺れるほどですもの)」

「お嬢様、今の殿下の顔、金貨百枚分の価値はありましたわね」

「安すぎるわ。もっと搾り取って、底の底まで見ていただかないと。……さあ、いよいよ明日は卒業パーティー。私の『退職届』、最高に華々しく叩きつけてやりましょう」

クロナは、空っぽになった部屋の中で、一人優雅にステップを踏んだ。
復讐という名の清算業務は、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。
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