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「……は、離せ! 僕は王子だぞ! マリス王国の正統なる後継者だ! こんな汚い馬車に乗せられる筋合いはない!」
アルトワ公爵邸の裏門。
そこに停められていたのは、華麗な装飾など一切ない、頑丈な鉄格子が嵌められた護送用の馬車だった。
ジュリアンは必死に抵抗するが、アルトワ領の屈強な騎士たちに両脇を固められ、なす術もなく泥の上に膝をついている。
「殿下、無駄な抵抗はおやめなさい。貴方の叫び声の振動で、近隣の不動産価値が下がるという苦情が入っておりますわよ」
クロナはテラスからゆっくりと階段を下り、彼らの前に立った。
その手には、もはや彼女の体の一部と化した算盤と、一束の分厚い書類が握られている。
「クロナ! 君、本当に僕をこんな目に遭わせるつもりか!? マリス王国に帰れば、父上が黙っていないぞ! これは国際問題だ!」
「国際問題? あら、話が早くて助かりますわ。……ゼクス閣下、不法侵入及び債務不履行の王族を拘束した場合の国際法上の取り決め、どうなっていましたかしら?」
隣に立つゼクスが、冷徹な笑みを浮かべて書類を捲った。
「そうだな。身代金の支払いがなされるまで、当該人物を自国内で適切な労役に就かせ、発生した損害を補填する権利が認められている。……つまり、今の彼は『第一王子』ではなく、我が領の『未払金回収対象・兼・労働力』だ」
「な……労役!? 僕に……この僕に働けと言うのか!」
「ええ、そうですわ。殿下はこれまで一度も、自分の手で金貨一枚分も稼いだことがございませんものね。いい機会ですわ。……あ、ちなみにリリィ様もセットですわよ?」
後ろでガタガタと震えていたリリィが、ひっくり返ったような声を上げた。
「な、私まで!? 嫌ですわ! 私、か弱い女の子なんですのよ!? 手が荒れてしまいますわ!」
「ご安心なさい。リリィ様には、王宮から持ち出した『不当利得』を返済していただくまで、街道の石拾いという非常に単純で、かつ知性を必要としないお仕事を用意してありますわ」
クロナは冷ややかに微笑み、算盤の珠をジャラリと弾いた。
「殿下たちの身代金、マリス王国に請求いたしましたが……陛下からは『そちらで好きに処分してくれ。引き取り費用の方が高くつく』という、非常に合理的なお返事をいただいておりますわよ」
「父上が……僕を見捨てた……?」
ジュリアンは絶望に顔を歪めた。
彼が「真実の愛」のために切り捨てた婚約者は、彼の唯一の守り手でもあったことに、ようやく気づいたらしい。
「さあ、行きなさい。……あ、殿下。最後に一つアドバイスですわ。……働く時は、愛だの夢だのといった非生産的なことは考えず、ひたすら『一時間に石を何個拾えるか』という効率のみを追求なさることね。……それが、貴方が社会に貢献できる唯一の手段ですもの」
「待ってくれ! クロナ! せめて、せめて最後にお別れのポエムを――」
「結構ですわ。そのポエムを聴く時間は、私の時給換算で金貨百枚の損失になりますから」
クロナがピシャリと言い放つと、騎士たちが容赦なくジュリアンを馬車の中へ放り込んだ。
続いてリリィも、泣き叫びながら詰め込まれる。
ガシャン、と重々しい錠前が下りる音が響いた。
「……ふう。これでようやく、私のポートフォリオから不良債権が完全に一掃されましたわ。……スッキリいたしましたわね、閣下」
「……ああ。君の言う通り、数字の通じない相手を説得するより、物理的に隔離する方が遥かに効率的だな」
ゼクスは満足げに頷くと、クロナの肩を抱き寄せた。
「さて、クロナ。……邪魔者がいなくなったところで、そろそろ『我々の将来的な資産形成』……つまり、結婚の具体的なスケジュールについての会議を始めないか?」
「……! ええ、もちろんですわ! 閣下、式典の費用対効果、及び招待客の祝儀の期待値について、既にシミュレーションを終えておりますの。今すぐ執務室へ参りましょう!」
クロナは頬を上気させ、ゼクスの手を引いて走り出した。
彼女にとって、結婚とは人生最大の「業務提携」。
そこには、過去のしがらみも、無能な王子の影も、一ミクロンも残っていなかった。
一方、北へと向かう護送馬車の中では。
ジュリアンが「石拾いの効率化」について考えようとするたびに、脳内をリリィの「お腹空きましたわー!」という絶叫が支配し、早くも絶望的な赤字を垂れ流していたのだが……。
今のクロナにとって、それはもはや「償却済みの思い出」ですらなくなっていた。
アルトワ公爵邸の裏門。
そこに停められていたのは、華麗な装飾など一切ない、頑丈な鉄格子が嵌められた護送用の馬車だった。
ジュリアンは必死に抵抗するが、アルトワ領の屈強な騎士たちに両脇を固められ、なす術もなく泥の上に膝をついている。
「殿下、無駄な抵抗はおやめなさい。貴方の叫び声の振動で、近隣の不動産価値が下がるという苦情が入っておりますわよ」
クロナはテラスからゆっくりと階段を下り、彼らの前に立った。
その手には、もはや彼女の体の一部と化した算盤と、一束の分厚い書類が握られている。
「クロナ! 君、本当に僕をこんな目に遭わせるつもりか!? マリス王国に帰れば、父上が黙っていないぞ! これは国際問題だ!」
「国際問題? あら、話が早くて助かりますわ。……ゼクス閣下、不法侵入及び債務不履行の王族を拘束した場合の国際法上の取り決め、どうなっていましたかしら?」
隣に立つゼクスが、冷徹な笑みを浮かべて書類を捲った。
「そうだな。身代金の支払いがなされるまで、当該人物を自国内で適切な労役に就かせ、発生した損害を補填する権利が認められている。……つまり、今の彼は『第一王子』ではなく、我が領の『未払金回収対象・兼・労働力』だ」
「な……労役!? 僕に……この僕に働けと言うのか!」
「ええ、そうですわ。殿下はこれまで一度も、自分の手で金貨一枚分も稼いだことがございませんものね。いい機会ですわ。……あ、ちなみにリリィ様もセットですわよ?」
後ろでガタガタと震えていたリリィが、ひっくり返ったような声を上げた。
「な、私まで!? 嫌ですわ! 私、か弱い女の子なんですのよ!? 手が荒れてしまいますわ!」
「ご安心なさい。リリィ様には、王宮から持ち出した『不当利得』を返済していただくまで、街道の石拾いという非常に単純で、かつ知性を必要としないお仕事を用意してありますわ」
クロナは冷ややかに微笑み、算盤の珠をジャラリと弾いた。
「殿下たちの身代金、マリス王国に請求いたしましたが……陛下からは『そちらで好きに処分してくれ。引き取り費用の方が高くつく』という、非常に合理的なお返事をいただいておりますわよ」
「父上が……僕を見捨てた……?」
ジュリアンは絶望に顔を歪めた。
彼が「真実の愛」のために切り捨てた婚約者は、彼の唯一の守り手でもあったことに、ようやく気づいたらしい。
「さあ、行きなさい。……あ、殿下。最後に一つアドバイスですわ。……働く時は、愛だの夢だのといった非生産的なことは考えず、ひたすら『一時間に石を何個拾えるか』という効率のみを追求なさることね。……それが、貴方が社会に貢献できる唯一の手段ですもの」
「待ってくれ! クロナ! せめて、せめて最後にお別れのポエムを――」
「結構ですわ。そのポエムを聴く時間は、私の時給換算で金貨百枚の損失になりますから」
クロナがピシャリと言い放つと、騎士たちが容赦なくジュリアンを馬車の中へ放り込んだ。
続いてリリィも、泣き叫びながら詰め込まれる。
ガシャン、と重々しい錠前が下りる音が響いた。
「……ふう。これでようやく、私のポートフォリオから不良債権が完全に一掃されましたわ。……スッキリいたしましたわね、閣下」
「……ああ。君の言う通り、数字の通じない相手を説得するより、物理的に隔離する方が遥かに効率的だな」
ゼクスは満足げに頷くと、クロナの肩を抱き寄せた。
「さて、クロナ。……邪魔者がいなくなったところで、そろそろ『我々の将来的な資産形成』……つまり、結婚の具体的なスケジュールについての会議を始めないか?」
「……! ええ、もちろんですわ! 閣下、式典の費用対効果、及び招待客の祝儀の期待値について、既にシミュレーションを終えておりますの。今すぐ執務室へ参りましょう!」
クロナは頬を上気させ、ゼクスの手を引いて走り出した。
彼女にとって、結婚とは人生最大の「業務提携」。
そこには、過去のしがらみも、無能な王子の影も、一ミクロンも残っていなかった。
一方、北へと向かう護送馬車の中では。
ジュリアンが「石拾いの効率化」について考えようとするたびに、脳内をリリィの「お腹空きましたわー!」という絶叫が支配し、早くも絶望的な赤字を垂れ流していたのだが……。
今のクロナにとって、それはもはや「償却済みの思い出」ですらなくなっていた。
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