25 / 28
25
しおりを挟む
「……は、離せ! 僕は王子だぞ! マリス王国の正統なる後継者だ! こんな汚い馬車に乗せられる筋合いはない!」
アルトワ公爵邸の裏門。
そこに停められていたのは、華麗な装飾など一切ない、頑丈な鉄格子が嵌められた護送用の馬車だった。
ジュリアンは必死に抵抗するが、アルトワ領の屈強な騎士たちに両脇を固められ、なす術もなく泥の上に膝をついている。
「殿下、無駄な抵抗はおやめなさい。貴方の叫び声の振動で、近隣の不動産価値が下がるという苦情が入っておりますわよ」
クロナはテラスからゆっくりと階段を下り、彼らの前に立った。
その手には、もはや彼女の体の一部と化した算盤と、一束の分厚い書類が握られている。
「クロナ! 君、本当に僕をこんな目に遭わせるつもりか!? マリス王国に帰れば、父上が黙っていないぞ! これは国際問題だ!」
「国際問題? あら、話が早くて助かりますわ。……ゼクス閣下、不法侵入及び債務不履行の王族を拘束した場合の国際法上の取り決め、どうなっていましたかしら?」
隣に立つゼクスが、冷徹な笑みを浮かべて書類を捲った。
「そうだな。身代金の支払いがなされるまで、当該人物を自国内で適切な労役に就かせ、発生した損害を補填する権利が認められている。……つまり、今の彼は『第一王子』ではなく、我が領の『未払金回収対象・兼・労働力』だ」
「な……労役!? 僕に……この僕に働けと言うのか!」
「ええ、そうですわ。殿下はこれまで一度も、自分の手で金貨一枚分も稼いだことがございませんものね。いい機会ですわ。……あ、ちなみにリリィ様もセットですわよ?」
後ろでガタガタと震えていたリリィが、ひっくり返ったような声を上げた。
「な、私まで!? 嫌ですわ! 私、か弱い女の子なんですのよ!? 手が荒れてしまいますわ!」
「ご安心なさい。リリィ様には、王宮から持ち出した『不当利得』を返済していただくまで、街道の石拾いという非常に単純で、かつ知性を必要としないお仕事を用意してありますわ」
クロナは冷ややかに微笑み、算盤の珠をジャラリと弾いた。
「殿下たちの身代金、マリス王国に請求いたしましたが……陛下からは『そちらで好きに処分してくれ。引き取り費用の方が高くつく』という、非常に合理的なお返事をいただいておりますわよ」
「父上が……僕を見捨てた……?」
ジュリアンは絶望に顔を歪めた。
彼が「真実の愛」のために切り捨てた婚約者は、彼の唯一の守り手でもあったことに、ようやく気づいたらしい。
「さあ、行きなさい。……あ、殿下。最後に一つアドバイスですわ。……働く時は、愛だの夢だのといった非生産的なことは考えず、ひたすら『一時間に石を何個拾えるか』という効率のみを追求なさることね。……それが、貴方が社会に貢献できる唯一の手段ですもの」
「待ってくれ! クロナ! せめて、せめて最後にお別れのポエムを――」
「結構ですわ。そのポエムを聴く時間は、私の時給換算で金貨百枚の損失になりますから」
クロナがピシャリと言い放つと、騎士たちが容赦なくジュリアンを馬車の中へ放り込んだ。
続いてリリィも、泣き叫びながら詰め込まれる。
ガシャン、と重々しい錠前が下りる音が響いた。
「……ふう。これでようやく、私のポートフォリオから不良債権が完全に一掃されましたわ。……スッキリいたしましたわね、閣下」
「……ああ。君の言う通り、数字の通じない相手を説得するより、物理的に隔離する方が遥かに効率的だな」
ゼクスは満足げに頷くと、クロナの肩を抱き寄せた。
「さて、クロナ。……邪魔者がいなくなったところで、そろそろ『我々の将来的な資産形成』……つまり、結婚の具体的なスケジュールについての会議を始めないか?」
「……! ええ、もちろんですわ! 閣下、式典の費用対効果、及び招待客の祝儀の期待値について、既にシミュレーションを終えておりますの。今すぐ執務室へ参りましょう!」
クロナは頬を上気させ、ゼクスの手を引いて走り出した。
彼女にとって、結婚とは人生最大の「業務提携」。
そこには、過去のしがらみも、無能な王子の影も、一ミクロンも残っていなかった。
一方、北へと向かう護送馬車の中では。
ジュリアンが「石拾いの効率化」について考えようとするたびに、脳内をリリィの「お腹空きましたわー!」という絶叫が支配し、早くも絶望的な赤字を垂れ流していたのだが……。
今のクロナにとって、それはもはや「償却済みの思い出」ですらなくなっていた。
アルトワ公爵邸の裏門。
そこに停められていたのは、華麗な装飾など一切ない、頑丈な鉄格子が嵌められた護送用の馬車だった。
ジュリアンは必死に抵抗するが、アルトワ領の屈強な騎士たちに両脇を固められ、なす術もなく泥の上に膝をついている。
「殿下、無駄な抵抗はおやめなさい。貴方の叫び声の振動で、近隣の不動産価値が下がるという苦情が入っておりますわよ」
クロナはテラスからゆっくりと階段を下り、彼らの前に立った。
その手には、もはや彼女の体の一部と化した算盤と、一束の分厚い書類が握られている。
「クロナ! 君、本当に僕をこんな目に遭わせるつもりか!? マリス王国に帰れば、父上が黙っていないぞ! これは国際問題だ!」
「国際問題? あら、話が早くて助かりますわ。……ゼクス閣下、不法侵入及び債務不履行の王族を拘束した場合の国際法上の取り決め、どうなっていましたかしら?」
隣に立つゼクスが、冷徹な笑みを浮かべて書類を捲った。
「そうだな。身代金の支払いがなされるまで、当該人物を自国内で適切な労役に就かせ、発生した損害を補填する権利が認められている。……つまり、今の彼は『第一王子』ではなく、我が領の『未払金回収対象・兼・労働力』だ」
「な……労役!? 僕に……この僕に働けと言うのか!」
「ええ、そうですわ。殿下はこれまで一度も、自分の手で金貨一枚分も稼いだことがございませんものね。いい機会ですわ。……あ、ちなみにリリィ様もセットですわよ?」
後ろでガタガタと震えていたリリィが、ひっくり返ったような声を上げた。
「な、私まで!? 嫌ですわ! 私、か弱い女の子なんですのよ!? 手が荒れてしまいますわ!」
「ご安心なさい。リリィ様には、王宮から持ち出した『不当利得』を返済していただくまで、街道の石拾いという非常に単純で、かつ知性を必要としないお仕事を用意してありますわ」
クロナは冷ややかに微笑み、算盤の珠をジャラリと弾いた。
「殿下たちの身代金、マリス王国に請求いたしましたが……陛下からは『そちらで好きに処分してくれ。引き取り費用の方が高くつく』という、非常に合理的なお返事をいただいておりますわよ」
「父上が……僕を見捨てた……?」
ジュリアンは絶望に顔を歪めた。
彼が「真実の愛」のために切り捨てた婚約者は、彼の唯一の守り手でもあったことに、ようやく気づいたらしい。
「さあ、行きなさい。……あ、殿下。最後に一つアドバイスですわ。……働く時は、愛だの夢だのといった非生産的なことは考えず、ひたすら『一時間に石を何個拾えるか』という効率のみを追求なさることね。……それが、貴方が社会に貢献できる唯一の手段ですもの」
「待ってくれ! クロナ! せめて、せめて最後にお別れのポエムを――」
「結構ですわ。そのポエムを聴く時間は、私の時給換算で金貨百枚の損失になりますから」
クロナがピシャリと言い放つと、騎士たちが容赦なくジュリアンを馬車の中へ放り込んだ。
続いてリリィも、泣き叫びながら詰め込まれる。
ガシャン、と重々しい錠前が下りる音が響いた。
「……ふう。これでようやく、私のポートフォリオから不良債権が完全に一掃されましたわ。……スッキリいたしましたわね、閣下」
「……ああ。君の言う通り、数字の通じない相手を説得するより、物理的に隔離する方が遥かに効率的だな」
ゼクスは満足げに頷くと、クロナの肩を抱き寄せた。
「さて、クロナ。……邪魔者がいなくなったところで、そろそろ『我々の将来的な資産形成』……つまり、結婚の具体的なスケジュールについての会議を始めないか?」
「……! ええ、もちろんですわ! 閣下、式典の費用対効果、及び招待客の祝儀の期待値について、既にシミュレーションを終えておりますの。今すぐ執務室へ参りましょう!」
クロナは頬を上気させ、ゼクスの手を引いて走り出した。
彼女にとって、結婚とは人生最大の「業務提携」。
そこには、過去のしがらみも、無能な王子の影も、一ミクロンも残っていなかった。
一方、北へと向かう護送馬車の中では。
ジュリアンが「石拾いの効率化」について考えようとするたびに、脳内をリリィの「お腹空きましたわー!」という絶叫が支配し、早くも絶望的な赤字を垂れ流していたのだが……。
今のクロナにとって、それはもはや「償却済みの思い出」ですらなくなっていた。
124
あなたにおすすめの小説
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
王太子に婚約破棄されたけど、私は皇女。幸せになるのは私です。
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王太子に婚約破棄された令嬢リリベッタ。
「これで平民に落ちるのかしら?」――そんな周囲の声をよそに、本人は思い出した。
――わたし、皇女なんですけど?
叔父は帝国の皇帝。
昔のクーデターから逃れるため、一時期王国に亡命していた彼女は、
その見返りとして“王太子との婚約”を受け入れていただけだった。
一方的に婚約破棄されたのをきっかけに、
本来の立場――“帝国の皇女”として戻ることに決めました。
さようなら、情けない王太子。
これからは、自由に、愛されて、幸せになりますわ!
私を陥れる様な婚約者はいりません!彼と幸せになりますから邪魔しないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のアントアーネは、根も葉もない噂に苦しんでいた。完全に孤立し、毎日暴言や陰口を吐かれ、無視され睨まれ、まさに地獄の日々を送っていた。
どうして私が、こんなに苦しまなければいけないのだろう…あの男のせいで…
そう、彼女に関する悪い噂を流していたのは、最愛の婚約者、ラドルだったのだ。そんなラドルは、周りの噂を気にせず、いつもアントアーネに優しく接していた。だが事実を知っているアントアーネは、彼に優しくされればされるほど、嫌悪感が増していく。
全ての証拠をそろえ、婚約を解消する事を夢見て、日々歯を食いしばり必死に生きてきたのだ。やっと証拠がそろい、両親と一緒にラドルの家へと向かった。
予想に反し、婚約解消をしないと突っぱねるラドルだったが、アントアーネは悪い噂を流しているのがラドルだという証拠を突き付け、婚約解消を迫った。その結果、無事婚約解消までこぎつけたアントアーネだったが、彼女を待っていたのは、残酷な現実だったのだ。
※小説家になろう様、カクヨム様でも同時投稿しています
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる