婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの

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「……一、二、三……。くそ、なぜだ! なぜ僕が数えると、石の数が毎回変わるんだ!」


アルトワ領北方、冷たい風が吹き抜ける街道。
そこには、ボロボロの作業着に身を包み、地面に這いつくばって小石を拾い集めるジュリアンの姿があった。
かつての第一王子の輝きは微塵もなく、あるのは絶望と、未だに抜けない「計算の弱さ」だけだった。


「ジュリアン様……もう嫌ですわ……。お腹は空くし、指先はガサガサだし……。こんなの、私が夢見ていた『真実の愛の逃避行』とは違いますわ!」


隣で同じように石を拾っているリリィが、ひび割れた声で泣き言を漏らす。
彼女のフリルはとうに引き千切れ、泥にまみれている。


「黙れ、リリィ! 僕だって必死なんだ! この石を一袋いっぱいにすれば、スープが一杯もらえるという契約なんだから!」


「……あの、お二人さん。お喋りしている暇があったら手を動かしてくれませんかね?」


背後から、見張りの騎士が呆れたように声をかけた。
彼はクロナが作成した「労役管理マニュアル」を片手に、ストップウォッチで彼らの作業効率を計測している。


「いいですか、殿下。お嬢様……あ、今は公爵夫人(予定)様ですね。彼女の計算によれば、貴方の現在の作業効率は、近隣の村の五歳の子供の半分以下です。このペースだと、夕食にたどり着くのは三日後になりますよ」


「な、なな……三日後だと!? 虐待だ、これは不当な搾取だ!」


「いいえ。適正な能力評価に基づいた、市場原理による報酬設定ですわ」


不意に、鈴の鳴るような、しかし北風よりも冷ややかな声が響いた。
ジュリアンが弾かれたように顔を上げると、そこには豪華な毛皮のコートを羽織り、ゼクスにエスコートされたクロナが立っていた。


「ク、クロナ……! ああ、クロナ! 助けに来てくれたんだね! やはり君は僕を見捨てられなかったんだ!」


ジュリアンが泥だらけの手を伸ばそうとするが、ゼクスがそれを一瞥で制した。
その冷徹な眼差しに、ジュリアンは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。


「勘違いしないでちょうだい。私はただ、我が領の『不良債権回収状況』の定例視察に来ただけですわ。……どれどれ。……あら、目も当てられない惨状ですわね。サーシャ、この二人の純損失を計算してちょうだい」


「はい、お嬢様。……計算いたしました。現在、お二人の食費と管理費が、労働による収益を大幅に上回っております。端的に申し上げれば、生かしておくだけで我が領の赤字が拡大している状態でございます」


「まあ、恐ろしい。殿下、貴方は存在しているだけで周囲に経済的損失を与える、まさに『生けるデフレ』ですわね」


クロナは扇で口元を隠し、心底愉快そうに目を細めた。


「クロナ! そんな酷いことを……! 分かった、石拾いはもういい! 代わりに僕のポエムを売ればいいじゃないか! 一国の王子の直筆ポエムだぞ、高値で売れるはずだ!」


ジュリアンは懐から、泥に汚れた紙の束を取り出した。
それは彼が夜な夜な、空腹と絶望の中で書き殴った、リリィへの愛(と自分への同情)を綴ったポエムだった。


クロナは、手袋をはめた指先でその紙を一枚つまみ上げ、数行だけ目を走らせた。


「……『僕の心は空飛ぶ鶏、君という巣を求めて羽ばたく』……? 殿下、鶏は基本的に長距離は飛びませんわよ。……サーシャ、これ、現在の古紙市場でいくらになるかしら?」


「そうですね。紙の質が悪く、インクの無駄遣いですので……一トン集めて、銅貨一枚といったところでしょうか。……あ、内容が『精神的苦痛』に該当する場合、逆に処理費用を請求される可能性がございます」


「……だそうですわよ、殿下。貴方の知性は、時給換算どころか、産業廃棄物としての価値すら危ういようですわ」


クロナは紙をパッと手放した。
風に舞うポエムの欠片を、ジュリアンは呆然と見送った。


「な、なぜだ……。僕の愛は、僕の才能は、こんなに無価値なのか……!」


「ええ、無価値ですわ。……価値とは、誰かの役に立ち、対価を支払う者が現れて初めて生まれるもの。……貴方がこれまで誇っていた『王子』という身分も、私の実家の金庫という後ろ盾がなければ、ただの飾りだったのですもの。……今の貴方には、重い石を持ち上げる筋肉すら、価値として認められていないのですよ」


クロナは、一歩だけジュリアンに歩み寄った。
その瞳には、もはや嘲笑すらなく、ただ圧倒的な「現実」が宿っていた。


「リリィ様も、よくご覧になって。これが貴女が選んだ『真実の愛』の、現在の貸借対照表(バランスシート)ですわ。……愛でパンは買えませんが、愛のせいでパンすら買えなくなることはある。……素晴らしい教訓ですわね」


「……っ! ああ……あああ……!」


リリィはついに顔を覆って泣き崩れた。
ジュリアンも、もはや叫ぶ力もなく、ただ泥の上に突っ伏した。


「さあ、ゼクス閣下。視察は終了ですわ。……赤字部門の縮小について、後ほど改めて会議をいたしましょう」


「ああ。……これ以上ここにいても、君の貴重な時間を浪費するだけだ。……戻ったら、結婚式の準備の続きをしよう。君が昨日言っていた『祝儀の最大化プラン』についても、詳しく聞きたいしな」


ゼクスはクロナの腰を優しく抱き寄せ、馬車へと促した。


走り出す馬車の窓から、クロナは一度だけ後ろを振り返った。
遠ざかる二人の影は、冬の荒野の中で、あまりにも小さく、そして惨めだった。


「(……さようなら、無能な王子様。貴方のポエムが暖炉の薪になる日すら、私はもう数えるつもりはありませんわ)」


彼女の頭の中にあるのは、もはや過去の清算ではない。
ゼクスと共に築き上げる、数字と愛が美しく調和した、完璧な未来の設計図だけだった。
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