27 / 28
27
しおりを挟む
「……計算いたしましたわ。閣下、式典における招待客一名あたりの『期待される祝儀額』と、提供する料理の『原価率』の相関関係……。これ、デザートを地元の特産品に切り替えるだけで、顧客満足度を維持したまま純利益をさらに四パーセント底上げできますのよ」
アルトワ公爵邸、月の光が降り注ぐバルコニー。
クロナは、手元に広げられた披露宴の座席表と予算書を指先でなぞりながら、興奮気味に声を上げた。
その瞳は、宝石よりも鋭く、そして計算機よりも熱く燃えている。
「クロナ、素晴らしいよ。……だが、今この瞬間、私の視界に入っているのは、その美しいグラフではなく、君の横顔なのだがな」
隣に座るゼクスが、苦笑しながら彼女の手元にあるペンをそっと取り上げた。
彼はクロナの手を、壊れ物を扱うかのように優しく包み込む。
「あ、失礼いたしました。……ついつい、この『世紀の合併』を完璧なものにしようと、脳が最適化を優先してしまいまして。……閣下、何か不備でもございましたかしら?」
「不備? いいえ、計画は完璧だ。……だが、契約上の不備が一つだけある」
ゼクスの言葉に、クロナは背筋を伸ばした。
「不備ですって!? まあ、大変。どの条項かしら。利息の計算? それとも、有事の際の資産保全プロセス?」
「いいえ。……期間の問題だ。クロナ、我々の最初の契約は『三年間』だったはずだ。……だが、今の私は、その数字が耐え難いほど短く、そして不合理なものに感じている」
ゼクスは、深い夜の海のような瞳でクロナを真っ直ぐに見つめた。
その真剣な眼差しに、クロナの思考回路が微かに震える。
「……期間、ですか。……確かに、今のペースで領地の改革を進めますと、三年間では投資回収率が最大化する前に終わってしまいますわね。……では、五年に延長いたします?」
「いいえ。……百年だ。いや、この命が尽きるまでの『永年契約』に書き換えたい。……ビジネスパートナーとしてではなく、私の人生における唯一無二のパートナーとして、君を迎え入れたいのだ」
ゼクスは、ポケットから小さな、しかし眩いほどに輝くダイヤモンドのリングを取り出した。
それは先日、クロナが「屈折率と希少価値のバランスが完璧だわ」と絶賛していた逸品だった。
「クロナ、私は君の知性を愛している。君の計算高さを、君の冷徹なまでの合理性を、そして誰よりも真っ直ぐに数字と向き合うその誠実さを……心から愛しているのだ。……この合併を、契約ではなく、運命にしませんか?」
クロナは、絶句した。
彼女の脳内にある膨大なデータベースを検索しても、今のゼクスの言葉に対する「最も効率的な返答」が、どうしても見つからない。
ただ、心臓の鼓動が、かつてないほどのオーバーヒートを起こしていることだけは、誰に教えられずとも理解できた。
「……閣下。……そのような提案、私の算盤では弾き出せませんでしたわ。……生涯にわたる独占契約なんて、閣下にとってのリスクが大きすぎますもの」
「リスク? ……いいえ、君を失うこと以上の損失など、この世には存在しない。……君がいれば、私の人生の貸借対照表は、常に最高益を更新し続ける。……そう確信しているのだ」
ゼクスの言葉が、クロナの心の奥底に沈んでいた「孤独」という名の負債を、一瞬で消し去っていく。
彼女は、潤んだ瞳を隠すように一度だけ瞬きをし、そしてゼクスの手を強く握り返した。
「……承知いたしました。……その合併案、承認させていただきますわ。……ただし、閣下。覚悟してくださって? 私は非常に欲張りな妻になりますわよ。……閣下の愛も、地位も、そしてこの領地の未来も、一ミリの損失も出さずに全てを私が統括して差し上げますわ」
「……フッ。望むところだ。君に支配されるなら、私の人生も本望だよ」
ゼクスがクロナの指にリングを滑らせると、月明かりが二人の影を一つに重ねた。
「(……ああ、なんてこと。……数字では説明できないこの多幸感、これこそが『真実の愛』という名の、究極の隠し財産だったのね)」
一方、その頃。
マリス王国との国境付近では、深夜まで石を拾い続けていたジュリアンが、「僕の人生、どこで計算を間違えたんだろう……」と呟きながら、泥水に映った自分の惨めな顔を見て号泣していたが……。
幸せの絶頂にいるクロナにとって、その泣き声はもはや、遠い国の不快な雑音ですらなくなっていた。
「さあ、ゼクス閣下。……いえ、旦那様。……結婚式の翌日からの『ハネムーン視察兼・新市場開拓ツアー』のスケジュール表、今すぐ作り直しましょう!」
「……全く。君のそのバイタリティこそが、我が領の最大の資産だよ」
二人の笑い声が、夜風に乗ってアルトワの空へと溶けていく。
最強の悪役令嬢による、愛と数字の完全制覇。
物語は、いよいよ最高にハッピーな大団円(フィナーレ)へと向かって走り出した。
アルトワ公爵邸、月の光が降り注ぐバルコニー。
クロナは、手元に広げられた披露宴の座席表と予算書を指先でなぞりながら、興奮気味に声を上げた。
その瞳は、宝石よりも鋭く、そして計算機よりも熱く燃えている。
「クロナ、素晴らしいよ。……だが、今この瞬間、私の視界に入っているのは、その美しいグラフではなく、君の横顔なのだがな」
隣に座るゼクスが、苦笑しながら彼女の手元にあるペンをそっと取り上げた。
彼はクロナの手を、壊れ物を扱うかのように優しく包み込む。
「あ、失礼いたしました。……ついつい、この『世紀の合併』を完璧なものにしようと、脳が最適化を優先してしまいまして。……閣下、何か不備でもございましたかしら?」
「不備? いいえ、計画は完璧だ。……だが、契約上の不備が一つだけある」
ゼクスの言葉に、クロナは背筋を伸ばした。
「不備ですって!? まあ、大変。どの条項かしら。利息の計算? それとも、有事の際の資産保全プロセス?」
「いいえ。……期間の問題だ。クロナ、我々の最初の契約は『三年間』だったはずだ。……だが、今の私は、その数字が耐え難いほど短く、そして不合理なものに感じている」
ゼクスは、深い夜の海のような瞳でクロナを真っ直ぐに見つめた。
その真剣な眼差しに、クロナの思考回路が微かに震える。
「……期間、ですか。……確かに、今のペースで領地の改革を進めますと、三年間では投資回収率が最大化する前に終わってしまいますわね。……では、五年に延長いたします?」
「いいえ。……百年だ。いや、この命が尽きるまでの『永年契約』に書き換えたい。……ビジネスパートナーとしてではなく、私の人生における唯一無二のパートナーとして、君を迎え入れたいのだ」
ゼクスは、ポケットから小さな、しかし眩いほどに輝くダイヤモンドのリングを取り出した。
それは先日、クロナが「屈折率と希少価値のバランスが完璧だわ」と絶賛していた逸品だった。
「クロナ、私は君の知性を愛している。君の計算高さを、君の冷徹なまでの合理性を、そして誰よりも真っ直ぐに数字と向き合うその誠実さを……心から愛しているのだ。……この合併を、契約ではなく、運命にしませんか?」
クロナは、絶句した。
彼女の脳内にある膨大なデータベースを検索しても、今のゼクスの言葉に対する「最も効率的な返答」が、どうしても見つからない。
ただ、心臓の鼓動が、かつてないほどのオーバーヒートを起こしていることだけは、誰に教えられずとも理解できた。
「……閣下。……そのような提案、私の算盤では弾き出せませんでしたわ。……生涯にわたる独占契約なんて、閣下にとってのリスクが大きすぎますもの」
「リスク? ……いいえ、君を失うこと以上の損失など、この世には存在しない。……君がいれば、私の人生の貸借対照表は、常に最高益を更新し続ける。……そう確信しているのだ」
ゼクスの言葉が、クロナの心の奥底に沈んでいた「孤独」という名の負債を、一瞬で消し去っていく。
彼女は、潤んだ瞳を隠すように一度だけ瞬きをし、そしてゼクスの手を強く握り返した。
「……承知いたしました。……その合併案、承認させていただきますわ。……ただし、閣下。覚悟してくださって? 私は非常に欲張りな妻になりますわよ。……閣下の愛も、地位も、そしてこの領地の未来も、一ミリの損失も出さずに全てを私が統括して差し上げますわ」
「……フッ。望むところだ。君に支配されるなら、私の人生も本望だよ」
ゼクスがクロナの指にリングを滑らせると、月明かりが二人の影を一つに重ねた。
「(……ああ、なんてこと。……数字では説明できないこの多幸感、これこそが『真実の愛』という名の、究極の隠し財産だったのね)」
一方、その頃。
マリス王国との国境付近では、深夜まで石を拾い続けていたジュリアンが、「僕の人生、どこで計算を間違えたんだろう……」と呟きながら、泥水に映った自分の惨めな顔を見て号泣していたが……。
幸せの絶頂にいるクロナにとって、その泣き声はもはや、遠い国の不快な雑音ですらなくなっていた。
「さあ、ゼクス閣下。……いえ、旦那様。……結婚式の翌日からの『ハネムーン視察兼・新市場開拓ツアー』のスケジュール表、今すぐ作り直しましょう!」
「……全く。君のそのバイタリティこそが、我が領の最大の資産だよ」
二人の笑い声が、夜風に乗ってアルトワの空へと溶けていく。
最強の悪役令嬢による、愛と数字の完全制覇。
物語は、いよいよ最高にハッピーな大団円(フィナーレ)へと向かって走り出した。
113
あなたにおすすめの小説
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
王太子に婚約破棄されたけど、私は皇女。幸せになるのは私です。
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王太子に婚約破棄された令嬢リリベッタ。
「これで平民に落ちるのかしら?」――そんな周囲の声をよそに、本人は思い出した。
――わたし、皇女なんですけど?
叔父は帝国の皇帝。
昔のクーデターから逃れるため、一時期王国に亡命していた彼女は、
その見返りとして“王太子との婚約”を受け入れていただけだった。
一方的に婚約破棄されたのをきっかけに、
本来の立場――“帝国の皇女”として戻ることに決めました。
さようなら、情けない王太子。
これからは、自由に、愛されて、幸せになりますわ!
私を陥れる様な婚約者はいりません!彼と幸せになりますから邪魔しないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のアントアーネは、根も葉もない噂に苦しんでいた。完全に孤立し、毎日暴言や陰口を吐かれ、無視され睨まれ、まさに地獄の日々を送っていた。
どうして私が、こんなに苦しまなければいけないのだろう…あの男のせいで…
そう、彼女に関する悪い噂を流していたのは、最愛の婚約者、ラドルだったのだ。そんなラドルは、周りの噂を気にせず、いつもアントアーネに優しく接していた。だが事実を知っているアントアーネは、彼に優しくされればされるほど、嫌悪感が増していく。
全ての証拠をそろえ、婚約を解消する事を夢見て、日々歯を食いしばり必死に生きてきたのだ。やっと証拠がそろい、両親と一緒にラドルの家へと向かった。
予想に反し、婚約解消をしないと突っぱねるラドルだったが、アントアーネは悪い噂を流しているのがラドルだという証拠を突き付け、婚約解消を迫った。その結果、無事婚約解消までこぎつけたアントアーネだったが、彼女を待っていたのは、残酷な現実だったのだ。
※小説家になろう様、カクヨム様でも同時投稿しています
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる