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「……ゴミですね」
私は手元に届いた封筒を一瞥し、そのままゴミ箱へ放り投げようとした。
金箔で縁取られた、最高級の厚紙。
王家の紋章が入ったその封筒は、見るからに「面倒事」のオーラを放っていたからだ。
だが、その手首をガシッと掴まれた。
「待て。捨てるな」
ラシード公爵だ。
いつものように我が物顔で相談所のソファに座っていた彼は、私の手から封筒を奪い取った。
「これは王家主催の『春の祝賀夜会』の招待状だぞ。全貴族に参加義務がある」
「義務? 私はもう実家を出た身ですし、現在は『相談所の所長』という平民扱いで結構です。夜会なんて、生産性の欠片もない虚飾のパレードじゃありませんか」
私は心底嫌そうな顔をした。
夜会。それは私にとって「地獄」と同義だ。
中身のないお世辞、マウンティング合戦、そして高いドレス代。
コストパフォーマンスが最悪である。
「行きませんよ。その時間は決算処理に使います」
「……だが、来てもらわねば困る」
公爵が真剣な顔で言った。
「なぜです? 閣下がお一人で行けばよろしいでしょう」
「一人だと……群がられるんだ」
公爵がげんなりとした顔をする。
「前回の夜会では、令嬢たちに包囲されてトイレに行く隙もなかった。ハンカチを落とす女、飲み物をこぼそうとする女、貧血で倒れるフリをする女……。あれは戦場だ」
「モテる男は辛いですね」
「他人事のように言うな。……そこでだ」
公爵はビシッと私を指差した。
「今回の夜会、私のパートナーとして参加しろ」
「……は?」
私は耳を疑った。
公爵のパートナー? それはつまり、公爵夫人候補として社交界にお披露目されるということだ。
「お断りします。そんなことをしたら、私は全貴族令嬢の敵として刺されます。リスクが高すぎます」
「護衛はつける。それに、お前がいれば誰も寄り付かない」
「どういう意味ですか」
「お前は『悪役令嬢』として恐れられている上に、私の『ビジネスパートナー』だと知れ渡っている。お前が隣で電卓を叩いていれば、愛を囁こうとする令嬢たちも逃げ出すだろう」
「……なるほど。私を『魔除け』として使う気ですか」
「そうだ。その代わり……」
公爵は懐から小切手帳を取り出した。
「特別手当を出す。ドレス、装飾品はすべて私が用意する。当日の拘束時間は四時間。時給は……相談料の五倍でどうだ」
ピクリ。
私の耳が動いた。
時給五倍。しかも衣装代は経費持ち。
さらに、夜会には大物貴族や富豪商人も集まる。
そこで新たな顧客を開拓できる可能性もある。
私は脳内で高速計算を行った。
リスク:令嬢からの嫉妬(物理攻撃含む)。
リターン:高額報酬+新規顧客獲得+美味しいタダ飯。
……利益が上回る。
「……わかりました。お引き受けしましょう」
私は営業スマイルを浮かべた。
「ただし、条件があります。ドレスは私が選びます。ヒラヒラした動きにくいものは却下です。有事の際に走れるデザインで」
「……夜会で走る気か? まあいい、許可する」
「それと、会場での飲食は自由。あと、名刺配りも許可してください」
「……ほどほどにな」
契約成立。
私はゴミ箱行きだった招待状を、丁重にデスクの上に置いた。
◇
数日後。
私は王都の高級ブティックにいた。
ラシード公爵が「顔パス」で使える店だ。
「いらっしゃいませ、アークライト公爵様、ワイズマン様」
店員たちが緊張した面持ちで出迎える。
「好きなものを選べ」
公爵がソファに座り、脚を組む。
その姿は完全に「パトロン」だ。
周囲の客(貴婦人たち)が、「まあ、公爵様が女性を連れて……」「あれが悪役令嬢?」とヒソヒソ噂している。
私は構わず、ドレスの陳列棚へと向かった。
選ぶ基準は「機能美」と「威圧感」だ。
「……これだわ」
私が選んだのは、深いミッドナイトブルーのドレスだった。
レースやフリルは最小限。
その代わり、シルエットが鋭く、素材は光沢のある上質なシルク。
背筋を伸ばして立てば、まるで一本の剣のように見えるデザインだ。
「……地味ではありませんか?」
店員が不安そうに言う。
流行りはパステルカラーのふわふわ系らしい。
「いいえ、これがいいのです。汚れが目立たず、相手に『隙がない』と思わせる色。交渉事には最適です」
私は試着室へ入り、着替えて出てきた。
髪はアップにして、余計な飾りはつけない。
唯一、公爵からもらった「黒檀の万年筆」を、扇子の代わりに手に持った。
「どうですか、閣下」
私がくるりと回ってみせる。
公爵は、組んでいた脚を解き、少しの間、言葉を失っていた。
「…………」
「変ですか? もっと可愛い方がよかったなら、ピンクのリボンでも巻きますが」
「……いや」
公爵が立ち上がり、私の前に歩み寄った。
その青い瞳が、熱っぽく私を見つめる。
「……よく似合っている。夜空のようだ」
「夜空? また詩的な表現ですね」
「お前は飾らない方が美しい。……その鋭さが、際立っている」
公爵の手が、そっと私の髪に触れた。
不意の接触に、心臓がトクンと跳ねる。
これは「魔除け」に対する評価だろうか?
それにしては、距離が近すぎる気がする。
「……あ、ありがとうございます。では、これで決定ということで」
私は動揺を隠すように、一歩下がった。
「お会計をお願いします」
「ああ。……それと」
公爵は店員に向き直った。
「このドレスに合うネックレスを。一番高いやつだ」
「えっ、閣下? それは契約に含まれて……」
「追加報酬だ。……私の隣を歩くなら、それくらいは身につけてもらわんと困る」
公爵は強引に、大粒のサファイアのネックレスを私の首にかけた。
ひやりとした感触と、ずっしりとした重み。
鏡を見ると、そこには「悪役令嬢」というより、「冷徹な女社長」のような風格の女が立っていた。
「……悪くない」
公爵が満足げに頷く。
「さあ、行こうかコンシュ。戦場(夜会)へ」
「はい。武器(名刺)の補充も完了しています」
私は万年筆を握りしめ、不敵に笑った。
待っていなさい、王都の有閑貴族たち。
今夜の私は、ただの悪役令嬢ではない。
公爵公認の「最強の営業マン」よ!
私たちは店を出て、迎えの馬車へと乗り込んだ。
その背中は、これからロマンチックな舞踏会に行くというより、敵陣へ殴り込みに行く戦友同士のようだった。
私は手元に届いた封筒を一瞥し、そのままゴミ箱へ放り投げようとした。
金箔で縁取られた、最高級の厚紙。
王家の紋章が入ったその封筒は、見るからに「面倒事」のオーラを放っていたからだ。
だが、その手首をガシッと掴まれた。
「待て。捨てるな」
ラシード公爵だ。
いつものように我が物顔で相談所のソファに座っていた彼は、私の手から封筒を奪い取った。
「これは王家主催の『春の祝賀夜会』の招待状だぞ。全貴族に参加義務がある」
「義務? 私はもう実家を出た身ですし、現在は『相談所の所長』という平民扱いで結構です。夜会なんて、生産性の欠片もない虚飾のパレードじゃありませんか」
私は心底嫌そうな顔をした。
夜会。それは私にとって「地獄」と同義だ。
中身のないお世辞、マウンティング合戦、そして高いドレス代。
コストパフォーマンスが最悪である。
「行きませんよ。その時間は決算処理に使います」
「……だが、来てもらわねば困る」
公爵が真剣な顔で言った。
「なぜです? 閣下がお一人で行けばよろしいでしょう」
「一人だと……群がられるんだ」
公爵がげんなりとした顔をする。
「前回の夜会では、令嬢たちに包囲されてトイレに行く隙もなかった。ハンカチを落とす女、飲み物をこぼそうとする女、貧血で倒れるフリをする女……。あれは戦場だ」
「モテる男は辛いですね」
「他人事のように言うな。……そこでだ」
公爵はビシッと私を指差した。
「今回の夜会、私のパートナーとして参加しろ」
「……は?」
私は耳を疑った。
公爵のパートナー? それはつまり、公爵夫人候補として社交界にお披露目されるということだ。
「お断りします。そんなことをしたら、私は全貴族令嬢の敵として刺されます。リスクが高すぎます」
「護衛はつける。それに、お前がいれば誰も寄り付かない」
「どういう意味ですか」
「お前は『悪役令嬢』として恐れられている上に、私の『ビジネスパートナー』だと知れ渡っている。お前が隣で電卓を叩いていれば、愛を囁こうとする令嬢たちも逃げ出すだろう」
「……なるほど。私を『魔除け』として使う気ですか」
「そうだ。その代わり……」
公爵は懐から小切手帳を取り出した。
「特別手当を出す。ドレス、装飾品はすべて私が用意する。当日の拘束時間は四時間。時給は……相談料の五倍でどうだ」
ピクリ。
私の耳が動いた。
時給五倍。しかも衣装代は経費持ち。
さらに、夜会には大物貴族や富豪商人も集まる。
そこで新たな顧客を開拓できる可能性もある。
私は脳内で高速計算を行った。
リスク:令嬢からの嫉妬(物理攻撃含む)。
リターン:高額報酬+新規顧客獲得+美味しいタダ飯。
……利益が上回る。
「……わかりました。お引き受けしましょう」
私は営業スマイルを浮かべた。
「ただし、条件があります。ドレスは私が選びます。ヒラヒラした動きにくいものは却下です。有事の際に走れるデザインで」
「……夜会で走る気か? まあいい、許可する」
「それと、会場での飲食は自由。あと、名刺配りも許可してください」
「……ほどほどにな」
契約成立。
私はゴミ箱行きだった招待状を、丁重にデスクの上に置いた。
◇
数日後。
私は王都の高級ブティックにいた。
ラシード公爵が「顔パス」で使える店だ。
「いらっしゃいませ、アークライト公爵様、ワイズマン様」
店員たちが緊張した面持ちで出迎える。
「好きなものを選べ」
公爵がソファに座り、脚を組む。
その姿は完全に「パトロン」だ。
周囲の客(貴婦人たち)が、「まあ、公爵様が女性を連れて……」「あれが悪役令嬢?」とヒソヒソ噂している。
私は構わず、ドレスの陳列棚へと向かった。
選ぶ基準は「機能美」と「威圧感」だ。
「……これだわ」
私が選んだのは、深いミッドナイトブルーのドレスだった。
レースやフリルは最小限。
その代わり、シルエットが鋭く、素材は光沢のある上質なシルク。
背筋を伸ばして立てば、まるで一本の剣のように見えるデザインだ。
「……地味ではありませんか?」
店員が不安そうに言う。
流行りはパステルカラーのふわふわ系らしい。
「いいえ、これがいいのです。汚れが目立たず、相手に『隙がない』と思わせる色。交渉事には最適です」
私は試着室へ入り、着替えて出てきた。
髪はアップにして、余計な飾りはつけない。
唯一、公爵からもらった「黒檀の万年筆」を、扇子の代わりに手に持った。
「どうですか、閣下」
私がくるりと回ってみせる。
公爵は、組んでいた脚を解き、少しの間、言葉を失っていた。
「…………」
「変ですか? もっと可愛い方がよかったなら、ピンクのリボンでも巻きますが」
「……いや」
公爵が立ち上がり、私の前に歩み寄った。
その青い瞳が、熱っぽく私を見つめる。
「……よく似合っている。夜空のようだ」
「夜空? また詩的な表現ですね」
「お前は飾らない方が美しい。……その鋭さが、際立っている」
公爵の手が、そっと私の髪に触れた。
不意の接触に、心臓がトクンと跳ねる。
これは「魔除け」に対する評価だろうか?
それにしては、距離が近すぎる気がする。
「……あ、ありがとうございます。では、これで決定ということで」
私は動揺を隠すように、一歩下がった。
「お会計をお願いします」
「ああ。……それと」
公爵は店員に向き直った。
「このドレスに合うネックレスを。一番高いやつだ」
「えっ、閣下? それは契約に含まれて……」
「追加報酬だ。……私の隣を歩くなら、それくらいは身につけてもらわんと困る」
公爵は強引に、大粒のサファイアのネックレスを私の首にかけた。
ひやりとした感触と、ずっしりとした重み。
鏡を見ると、そこには「悪役令嬢」というより、「冷徹な女社長」のような風格の女が立っていた。
「……悪くない」
公爵が満足げに頷く。
「さあ、行こうかコンシュ。戦場(夜会)へ」
「はい。武器(名刺)の補充も完了しています」
私は万年筆を握りしめ、不敵に笑った。
待っていなさい、王都の有閑貴族たち。
今夜の私は、ただの悪役令嬢ではない。
公爵公認の「最強の営業マン」よ!
私たちは店を出て、迎えの馬車へと乗り込んだ。
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