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それから、数年の月日が流れた。
王都の一角にある『ワイズマン万事相談所』は、今や伝説の場所となっていた。
「あそこに行けば、どんな無理難題も解決する(ただし料金は高い)」
「公爵夫人が自らカウンターに立っているらしい」
そんな噂が大陸中を駆け巡り、連日依頼人が絶えない。
カランコロン。
「いらっしゃいませ! ご予約の方ですね?」
元気よく客を出迎えたのは、すっかり板についた執事服を着た男――ジェラルドだ。
かつての王子の面影はない。
その動きは洗練され、無駄がない。
「こちらの番号札を持ってお待ちください。あ、お茶とお菓子は有料ですがいかがですか? 妻のミナが焼いた新作『借金返済クッキー』がおすすめですよ」
ジェラルドは流れるようなセールストークで、客にクッキーを売りつけた。
彼はいまだに借金を返済中だが、今では「チーフ・マネージャー」として相談所を切り盛りしている。
ちなみに、借金の残高はまだ金貨五千枚ある(利息分しか減っていない)。
「もぐもぐ……ジェラルド様、もっと売って! 今日のおやつ代が足りないよ!」
奥のソファでは、少しふっくらとしたミナが、自分の焼いたクッキーをつまみ食いしながら声援を送っている。
彼女の膝の上では、小型化したモグラ(ドリル一号の子供)が大人しく撫でられていた。
そして、カウンターの奥。
最高級の革張りチェアに座り、優雅に万年筆を走らせているのは、私、コンシュ・アークライトだ。
「……ふむ。北の鉱山の採掘権に関するトラブルですね。解決策は三つあります」
私は目の前の依頼人(隣国の富豪)に、冷徹に提示した。
「一、法的手段で相手を黙らせる。二、公爵家の武力で制圧する。三、私たちが仲介に入り、利益を折半する。……どれにします?」
富豪は震え上がりながら即答した。
「さ、三でお願いします!」
「賢明なご判断です。では、着手金として……」
私が電卓を叩こうとした時、小さな手が横から伸びてきた。
「ママー! けいさん、ボクやるー!」
カウンターの下から顔を出したのは、三歳になる息子、レオンだ。
ラシード譲りの黒髪と、私に似た少し吊り上がった青い瞳。
そして何より恐ろしいことに、彼はすでに「九九」を暗唱し、お小遣い帳をつけている。
「あら、レオン。偉いですね。では、このおじ様から手数料の計算をしてあげて」
「はーい! えっとね、ぜいきんこみで、きんかごひゃくまい!」
「ひえっ、幼児に請求された!?」
富豪が白目を剥く。
英才教育の賜物だ。
「……こら、レオン。客人を脅してはいかん」
奥の扉が開き、ラシード公爵が現れた。
彼は以前より少し渋みが増し、色気が漂う「イケオジ」になりつつある。
その腕には、大量の書類(公務)ではなく、買い物袋(夕飯の材料)が抱えられていた。
「パパー! おかえり!」
「ただいま。……コンシュ、今日の営業はそろそろ終わりだろう? 今夜は私がシチューを作る」
ラシードは私の隣に立ち、頬にキスをした。
あの日約束した通り、彼の料理の腕はメキメキと上達し、今では私の胃袋を完全に掌握している。
「あら、もうそんな時間ですか。……稼ぐのに夢中で気づきませんでした」
「相変わらずだな。……だが、無理はするなよ。二人目もいるんだから」
ラシードが私の腹部を優しく撫でる。
そう、現在妊娠五ヶ月。
それでも現場に出続ける私に、彼は呆れつつも、最大限のサポートをしてくれている。
「大丈夫ですよ。この子は胎教で『資産運用論』を聞かせているので、きっと優秀な跡継ぎになります」
「……先が思いやられるな」
ラシードが苦笑し、そして幸せそうに目を細めた。
「……幸せか? コンシュ」
「愚問ですね」
私は店を見渡した。
キビキビと働く元王子。
能天気に笑うミナ。
カウンターで金貨を数える息子。
そして、私を愛し、支えてくれる最強の旦那様。
これ以上の「資産」が、どこにあるというのだろう。
「ええ。……私の人生の収支決算は、過去最高の大黒字です」
私が答えると、ラシードは満足げに頷いた。
その時、ドアベルが勢いよく鳴った。
「た、助けてくれぇぇ! ドラゴンに城を乗っ取られたんだぁぁ!」
転がり込んできたのは、どこかの国の王族らしき男。
全身煤だらけで、必死の形相だ。
店内が一瞬静まり返り、そして全員がニヤリと笑った。
ジェラルドがメニュー表(高額)を持って駆け寄る。
「いらっしゃいませ! ドラゴン退治ですね? 特急料金になります!」
ミナが叫ぶ。
「一号ちゃん、出番だよ! ご飯の時間だ!」
レオンが電卓を構える。
「パパ、けんのじゅんび!」
ラシードがため息をつきつつ、買い物袋を置いて剣を手に取る。
「……夕飯前の一仕事か」
そして私は、新しいページを開き、万年筆を握った。
「さあ、お客様(カモ)。どうぞこちらへ!」
私の声が、高らかに響く。
「『ワイズマン万事相談所』へようこそ! 愛も夢も希望も……すべて適正価格で解決いたします!」
私たちの毎日は、これからも続いていく。
トラブルがある限り。
そして、そこに利益がある限り。
さあ、今日もガッポリ稼ぐわよ!
王都の一角にある『ワイズマン万事相談所』は、今や伝説の場所となっていた。
「あそこに行けば、どんな無理難題も解決する(ただし料金は高い)」
「公爵夫人が自らカウンターに立っているらしい」
そんな噂が大陸中を駆け巡り、連日依頼人が絶えない。
カランコロン。
「いらっしゃいませ! ご予約の方ですね?」
元気よく客を出迎えたのは、すっかり板についた執事服を着た男――ジェラルドだ。
かつての王子の面影はない。
その動きは洗練され、無駄がない。
「こちらの番号札を持ってお待ちください。あ、お茶とお菓子は有料ですがいかがですか? 妻のミナが焼いた新作『借金返済クッキー』がおすすめですよ」
ジェラルドは流れるようなセールストークで、客にクッキーを売りつけた。
彼はいまだに借金を返済中だが、今では「チーフ・マネージャー」として相談所を切り盛りしている。
ちなみに、借金の残高はまだ金貨五千枚ある(利息分しか減っていない)。
「もぐもぐ……ジェラルド様、もっと売って! 今日のおやつ代が足りないよ!」
奥のソファでは、少しふっくらとしたミナが、自分の焼いたクッキーをつまみ食いしながら声援を送っている。
彼女の膝の上では、小型化したモグラ(ドリル一号の子供)が大人しく撫でられていた。
そして、カウンターの奥。
最高級の革張りチェアに座り、優雅に万年筆を走らせているのは、私、コンシュ・アークライトだ。
「……ふむ。北の鉱山の採掘権に関するトラブルですね。解決策は三つあります」
私は目の前の依頼人(隣国の富豪)に、冷徹に提示した。
「一、法的手段で相手を黙らせる。二、公爵家の武力で制圧する。三、私たちが仲介に入り、利益を折半する。……どれにします?」
富豪は震え上がりながら即答した。
「さ、三でお願いします!」
「賢明なご判断です。では、着手金として……」
私が電卓を叩こうとした時、小さな手が横から伸びてきた。
「ママー! けいさん、ボクやるー!」
カウンターの下から顔を出したのは、三歳になる息子、レオンだ。
ラシード譲りの黒髪と、私に似た少し吊り上がった青い瞳。
そして何より恐ろしいことに、彼はすでに「九九」を暗唱し、お小遣い帳をつけている。
「あら、レオン。偉いですね。では、このおじ様から手数料の計算をしてあげて」
「はーい! えっとね、ぜいきんこみで、きんかごひゃくまい!」
「ひえっ、幼児に請求された!?」
富豪が白目を剥く。
英才教育の賜物だ。
「……こら、レオン。客人を脅してはいかん」
奥の扉が開き、ラシード公爵が現れた。
彼は以前より少し渋みが増し、色気が漂う「イケオジ」になりつつある。
その腕には、大量の書類(公務)ではなく、買い物袋(夕飯の材料)が抱えられていた。
「パパー! おかえり!」
「ただいま。……コンシュ、今日の営業はそろそろ終わりだろう? 今夜は私がシチューを作る」
ラシードは私の隣に立ち、頬にキスをした。
あの日約束した通り、彼の料理の腕はメキメキと上達し、今では私の胃袋を完全に掌握している。
「あら、もうそんな時間ですか。……稼ぐのに夢中で気づきませんでした」
「相変わらずだな。……だが、無理はするなよ。二人目もいるんだから」
ラシードが私の腹部を優しく撫でる。
そう、現在妊娠五ヶ月。
それでも現場に出続ける私に、彼は呆れつつも、最大限のサポートをしてくれている。
「大丈夫ですよ。この子は胎教で『資産運用論』を聞かせているので、きっと優秀な跡継ぎになります」
「……先が思いやられるな」
ラシードが苦笑し、そして幸せそうに目を細めた。
「……幸せか? コンシュ」
「愚問ですね」
私は店を見渡した。
キビキビと働く元王子。
能天気に笑うミナ。
カウンターで金貨を数える息子。
そして、私を愛し、支えてくれる最強の旦那様。
これ以上の「資産」が、どこにあるというのだろう。
「ええ。……私の人生の収支決算は、過去最高の大黒字です」
私が答えると、ラシードは満足げに頷いた。
その時、ドアベルが勢いよく鳴った。
「た、助けてくれぇぇ! ドラゴンに城を乗っ取られたんだぁぁ!」
転がり込んできたのは、どこかの国の王族らしき男。
全身煤だらけで、必死の形相だ。
店内が一瞬静まり返り、そして全員がニヤリと笑った。
ジェラルドがメニュー表(高額)を持って駆け寄る。
「いらっしゃいませ! ドラゴン退治ですね? 特急料金になります!」
ミナが叫ぶ。
「一号ちゃん、出番だよ! ご飯の時間だ!」
レオンが電卓を構える。
「パパ、けんのじゅんび!」
ラシードがため息をつきつつ、買い物袋を置いて剣を手に取る。
「……夕飯前の一仕事か」
そして私は、新しいページを開き、万年筆を握った。
「さあ、お客様(カモ)。どうぞこちらへ!」
私の声が、高らかに響く。
「『ワイズマン万事相談所』へようこそ! 愛も夢も希望も……すべて適正価格で解決いたします!」
私たちの毎日は、これからも続いていく。
トラブルがある限り。
そして、そこに利益がある限り。
さあ、今日もガッポリ稼ぐわよ!
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