婚約破棄された悪役令嬢、念願の相談所を始めたら溺愛?

パリパリかぷちーの

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「……閣下。一つ質問してもよろしいですか?」

雲ひとつない晴天の日。
『ワイズマン万事相談所』の前には、なぜか王都の人口の半分が集まっているのではないかというほどの人だかりができていた。

私は純白のドレス(型落ち品をリメイクしてコスト8割減)に身を包み、隣に立つラシード公爵を見上げた。

「……あの群衆は、閣下が雇ったサクラですか?」

「違う。私は『身内だけで静かに行う』と言ったはずだ」

公爵も、予想外の光景に目を丸くしている。
彼は今日、いつもの軍服ではなく、眩しいほどの白の礼服を纏っていた。
悔しいけれど、見惚れるほど似合っている。

「じゃあ、なんなんですか、あれは!」

私が指差した先には、横断幕を掲げた集団がいた。

『祝! ワイズマン所長ご結婚!』
『借金地獄からの解放、感謝します!』
『浮気調査のおかげで慰謝料ガッポリ!』
『地下鉄開通ありがとう!』

……なんとも生々しい感謝の言葉が並んでいる。
彼らは皆、私がこの数ヶ月で対応した依頼人たちだった。

「おーい! コンシュ様ー! おめでとうございまーす!」

先頭で旗を振っているのは、あの幽霊屋敷のバロウ子爵だ。
その隣には、家庭内トラブルを解決した夫人や、詐欺被害から救済した人々。
さらには、近所の商店街のおばちゃんたちまで、手料理の大皿を持って押し寄せている。

「……なんだ、これは」

「お前の『実績』だろう」

公爵がフッと笑った。

「お前がビジネスとして助けた人々が、利益(感謝)を還元しに来たんだ。……受け取ってやれ」

「……計算外です。招待状も出していないのに、勝手に来るなんて」

私は目頭を押さえた。
でも、不思議と悪い気はしなかった。
彼らの笑顔は、金貨よりも輝いて見えたからだ。

「よし! では始めようか!」

司会役として張り切っているのは、なぜかジェラルド元王子だった。
彼は蝶ネクタイを締め、マイク(拡声器)を握っている。

「新郎新婦、入場! ……あ、フラワーガールはミナと、ドリル一号ちゃんです!」

音楽が鳴り響く中、ピンクのドレスを着たミナと、蝶ネクタイを首に巻いた巨大モグラ(一号)が、花びらを撒きながら歩いてくる。
一号が歩くたびに地面が揺れるが、ご愛嬌だ。

「わーい! おめでとうコンシュ様!」
「グルルッ!(おめっ!)」

花びらが舞う中、私と公爵はレッドカーペット(赤く塗ったゴザ)の上を歩いた。
沿道から「おめでとう!」「お幸せに!」という声と、なぜか「ご祝儀」の袋が次々と投げ込まれる。

「……痛っ! 硬貨を投げないでください! 拾うのが大変でしょう!」

私が叫ぶと、ドッと笑いが起きた。

「ブレないな、お前は」

公爵が私の腰を抱き寄せ、耳元で囁く。

「……綺麗だぞ、コンシュ」

「……お世辞は結構です。ドレス代、安く済みましたしね」

「素直じゃないな。……だが、そんなところも愛している」

甘い。
投げ込まれた祝いの菓子より甘い。
私は顔が赤くなるのを、ブーケで隠した。

祭壇(相談所のカウンター)に到着すると、ジェラルドが咳払いをした。

「えー、本来なら神に誓うところですが、お二人の希望により『契約締結式』を行います」

ジェラルドが差し出したのは、昨日私たちがサインした『婚姻契約書』と、王役所に提出する『婚姻届』だった。

「新郎ラシード・アークライト。貴方は全財産と全生涯をかけて、この強欲で可愛い奥さんを守り抜くことを誓いますか?」

「……『強欲』は余計だが、誓おう」

公爵は迷いなく答えた。
その声は、会場の隅々まで響き渡った。

「新婦コンシュ・ワイズマン。貴女は公爵家の資産運用を一手に引き受け、旦那様を黒字経営し、たまにはデレてあげることを誓いますか?」

「……『たまに』という条項はありませんが……」

私は公爵を見上げた。
彼は、子供のように期待した顔で私を見ている。
群衆も、固唾を飲んで待っている。

私は小さく息を吸い、はっきりと答えた。

「……誓います。最高利益(幸せ)を叩き出すことを、お約束します」

「契約成立!」

ジェラルドが叫ぶと同時に、ファンファーレ(ミナが鳴らすラッパ)が鳴り響いた。

「さあ、誓いのキスを!」

野次馬たちが「ヒューヒュー!」と囃し立てる。
公爵は私のベールを上げ、優しく微笑んだ。

「……観衆が多いな」

「ええ。見世物代を請求したいくらいです」

「なら、最高のショーを見せてやろう」

公爵は私を抱き寄せ、深く、長い口づけを落とした。
空からは、魔法使いの参列者が打ち上げた花火が上がり、歓声が最高潮に達する。

「……んっ」

唇が離れると、私は公爵の胸に顔を埋めた。
恥ずかしすぎて、顔を上げられない。

「……やりすぎです、ラシード様」

「言っただろう? 世界一の結婚式にすると」

公爵は私の背中をポンポンと叩いた。

その後は、まさにカオスだった。
参列者が持ち寄った料理で即席の宴会が始まり、相談所の前は巨大なビアガーデンのようになった。

「ほらほら、新婦も食え!」
「ワイズマン様、うちの娘も相談所で雇ってくれ!」
「公爵様、サインください!」

私と公爵は、もみくちゃにされながらも、祝福の嵐を浴びた。
ジェラルドは感極まって泣きながら酒を飲み、ミナはひたすら肉を食べている。
一号は子供たちに背中を乗せて遊んであげている。

「……ふう」

ひと段落した頃、私はベンチに座って夜空を見上げた。
賑やかな喧騒が、心地よいBGMのように聞こえる。

「……悪くない式だったろう?」

隣に公爵が座り、ワイングラスを渡してくれた。

「ええ。……経費はほぼゼロで、ご祝儀と差し入れで黒字。収支としては満点です」

「……まだ収支の話か」

公爵が苦笑する。

「でも……」

私はグラスを合わせ、彼に寄り添った。

「私の人生の中で、一番……『得をした』一日でした」

「……そうか」

公爵は私の肩を抱き、満足げに頷いた。

「私もだ。……最高のパートナーを得た」

星空の下、私たちは静かに乾杯した。
相談所の看板には、誰かが勝手に『本日、幸せのため休業中』という張り紙をしていた。

明日からはまた、怒涛の日々が始まるだろう。
でも、もう一人ではない。
隣には最強の旦那様(と愉快な下僕たち)がいる。
どんなトラブルも、きっと利益に変えられる。

そう確信できる、最高の夜だった。
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