悪役令嬢は婚約破棄に「異議なし」です!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
10 / 28

10

しおりを挟む
「……入っていない」

月初の朝。

私はボロ屋のテーブルで、一冊の通帳(魔導式の口座残高照会手帳)を開き、氷のような声で呟いた。

「どうした? 死人が生き返ったような顔をして」

日課の朝食を食べに来ていたサイラスが、パンを齧りながら尋ねてくる。

私はゆっくりと顔を上げた。

その目は、もはや人間のそれではなかった。

獲物を前にした、飢えた獣。

あるいは、確定申告で経費を否認された時の経理担当者の目だ。

「サイラス様。本日付で振り込まれるはずの『第一回慰謝料および手切れ金』が、着金していません」

「……ほう」

「銀行のシステムエラーかと思い、通信石で問い合わせましたが、正常稼働中とのこと。つまり」

私は通帳をバタン! と閉じた。

「あのバカ王子が、支払いを止めているということです」

サイラスは面白そうに口角を上げた。

「なるほど。兵糧攻めか。金がなくなれば、泣きついて戻ってくると思っているんだろう」

「浅はかですね。水溜りより浅い知能です」

私は立ち上がり、部屋の隅にある「執務スペース(みかん箱を積み上げた机)」へと向かった。

そこには、大量の羊皮紙と、真っ赤なインク壺が用意されている。

「戻る? いいえ、私がやることは『回収』一択です」

私はペンを手に取った。

「見ていてください。王家の金庫をこじ開けてでも、耳を揃えて払わせてみせますから」

私はサラサラとペンを走らせ始めた。

一枚目。

『拝啓、ジェラルド殿下。桜の季節も過ぎ、いかがお過ごしでしょうか。さて、本日お約束の入金が確認できませんでした。きっとご多忙によるウッカリだと存じますが、至急お手続きをお願いします。利子はまけておきますね♡』

「……随分と可愛い文面だな」

背後から覗き込んだサイラスが言った。

「これはジャブです。最初から全力で殴ると、相手がビビって殻に閉じこもりますから」

私は二枚目の紙を取り出した。

「ここからが本番です。もし、三日以内に振り込まれない場合……」

私は赤いインクをたっぷりとつけ、恐ろしい筆圧で文字を刻み込んだ。

『督促状(赤紙)』

『期日までに入金なき場合、担保として保管しております以下の物件を、王都のオークションに出品させていただきます』

「……担保など預かっていたか?」

サイラスが首をかしげる。

私はニヤリと笑った。

「『物理的な担保』はありません。ですが、『社会的な担保』なら山ほど持っています」

私はリストを書き連ねた。

『出品リスト1:ジェラルド殿下が15歳の時に書かれた、未発表の詩集「僕と天使のミステリーツアー(全50編)」の直筆原稿』

「ブフッ!」

サイラスがコーヒーを吹き出した。

「ま、待て。そんなものがあるのか?」

「はい。以前、掃除の際に見つけました。あまりに恥ずかしい内容だったので、将来の弱味……いえ、記念になるかと思い、こっそり保管しておいたのです」

私は内容の一部を読み上げた。

「『ああ、君は白い雲。僕はそれを追いかける風。でも風は雲を掴めない。なぜなら僕は風だから……』」

「やめろ! 読んでるこっちが恥ずかしい!」

サイラスが耳を塞いで悶絶している。

「効果は抜群ですね。では次です」

『出品リスト2:殿下が「庶民の生活を知りたい」と言って変装し、城下町の酒場で泥酔して踊った時の魔法写真(ふんどし姿)』

「……それは犯罪ではないか?」

「芸術写真です。躍動感がすごいですよ」

『出品リスト3:殿下が夜な夜な鏡に向かって練習していた、「キメ顔」と「口説き文句」の録音データ(私の声真似による再現音声付き)』

「……悪魔か、お前は」

サイラスがドン引きしている。

「失礼な。正当な債権回収業務です」

私は書き上げた督促状を封筒に入れ、封蝋の代わりに「ドクロマークのスタンプ」を押した。

「これを、一日一通ずつ送りつけます。題して『カウントダウン・オブ・デス』」

「……王子が不憫になってきた」

「自業自得です。約束を守らない男には、社会的死を与えます」

私は庭に出て、指笛を吹いた。

ピィーッ!

空から、巨大なタカが舞い降りてきた。

昨日のハトではない。

この島に生息していた野生のタカを、私が昨日の残りの干し肉で手懐けた「特急便」だ。

「行ってらっしゃい、タカ丸。王城の、一番目立つバルコニーに落としてくるのよ」

「キーッ!」

タカ丸は手紙を掴むと、矢のように北の空へと飛び立った。

「……野生動物まで使役するとは」

サイラスが腕を組み、感心したように言った。

「お前、本当にただの令嬢か? 闇ギルドの元締めじゃないのか?」

「ただの被害者です。か弱い乙女ですよ」

「どの口が言う」

サイラスは呆れつつも、楽しそうだった。

「だが、これで王子が払わなかったらどうする? 本当に公開するのか?」

「まさか。公開したら商品価値が下がります」

私はウィンクした。

「もし払わなかったら、次は『実家のアスター公爵』に請求書を回します。『娘への慰謝料を立て替えろ。さもなくば、お父様が裏帳簿で隠しているへそくりの隠し場所を母様にバラす』と書いて」

「……全方位に敵なしだな」

「金のためなら、親でも売ります」

私はキッパリと言い切った。

「さて、仕事も終わったし。サイラス様、今日のランチはどうします? 島で採れたヤシの実のカレーでも作りましょうか」

「……ああ。頼む」

サイラスは苦笑しながら頷いた。

「お前を敵に回さなくてよかったと、心底思うよ」

「あら。サイラス様も、私の料理の代金を踏み倒したら、同じ目に遭いますよ?」

「……肝に銘じておく」

こうして、王都では「悪魔の督促状」によるパニックが巻き起こることとなる。

数日後。

王城のバルコニーにて、ジェラルド王子が謎の赤い封筒を受け取り、その場で泡を吹いて倒れたという噂が流れた。

そして翌日。

私の口座には、請求額の倍の金額が、手数料相手負担で振り込まれていたのだった。

通信欄には震える字で一言。

『モウユルシテ』

とだけ書かれていた。

「勝利!」

私は通帳を掲げ、ボロ屋の中心で愛(金)を叫んだ。

「見たか王子! これが資本主義の鉄槌よ!」

サイラスは隣で、呆れながらも拍手を送ってくれた。

「……おめでとう。だが、これでお前は完全に『要注意人物』として王家のブラックリストに載ったな」

「望むところです。これで二度と関わってこないでしょう」

そう思っていた。

しかし。

私たちが平和にカレーを食べている頃、王都では別の動きがあった。

私の「手際の良さ」と「容赦のなさ」が、逆に一部の人間(主にサイラスの部下や、王家の敵対勢力)の間で高く評価され始めていたのだ。

そして、事態は思わぬ方向へ。

「……サイラス様、なんか最近、家の周りをウロウロしている人が増えてませんか?」

「気のせいだ(俺の部下の騎士団だ)」

私の平穏な隠居生活は、徐々に、しかし確実に賑やかになりつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾
恋愛
「真実の愛に目覚めた」――そう仰るのなら、どうぞご自由に。 公爵令嬢アーデルハイトは、王太子から突然の婚約破棄を迫られる。 理由はただ一つ。若き未亡人伯爵夫人との“運命の恋”。 爵位を継がせ、領地を与え、守ると誓う王太子。 甘い言葉と涙の芝居に酔いしれる二人。 社交界はざわめき、噂は炎のように広がっていく――。 だがアーデルハイトは動じない。 「ロマンスは小説だけで充分ですわ」 婚約破棄は受け入れる。 ただし、契約通りの違約金はきっちりいただく。 そして彼女は、その莫大な違約金を元手に隣国ヴァルディア王と婚約。 感情ではなく理で動き、交易を再編し、国と国を繋ぐ“橋”となる。 一方、真実の愛に酔った王太子は、 世間から「遺産目当て」「操られている」と叩かれ、政治的窮地へ――。 これは、激情に溺れた恋の末路と、 冷静に未来を選び取った公爵令嬢が王妃へと至る物語。 三流ロマンスの終幕後、 最後に立っているのは誰なのか。 ざまぁは静かに、しかし確実に訪れる。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。

婚約破棄ですか?構いませんわ。ですがその契約、すべて我が家のものです

ふわふわ
恋愛
王太子ユリウスは、王立学園の卒業舞踏会で突然宣言した。 「カリスタ・ヴァレリオンとの婚約を破棄する!」 隣には涙を流す義妹ルミレア。 彼女は「姉に虐げられてきた可哀想な令嬢」を演じ、王太子はそれを信じてしまう。 だが――王太子は知らなかった。 ヴァレリオン公爵家が 王国銀行の資金、港湾会社の株式、商人組合の信用保証―― 王国経済の中枢を支える契約のほとんどを握っていたことを。 婚約破棄と同時に、カリスタは静かに言った。 「では契約を終了いたします」 その瞬間、王国の歯車は止まり始める。 港は停止。 銀行は資金不足。 商人は取引停止。 そしてついに―― 王宮大広間で王太子の公開断罪が始まる。 「私は悪くない!」 「騙されたんだ!」 見苦しく喚き暴れる王太子は、衛兵に取り押さえられ、床を引きずられるようにして連行されていく。 王太子、義妹、義父母。 すべてが破滅したとき、カリスタはただ静かに告げる。 「契約は終わりました」

処理中です...