悪役令嬢は婚約破棄に「異議なし」です!

パリパリかぷちーの

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「……はっ!」

ジェラルド王子がガバッと起き上がった。

「夢か……! そうだよな、あの冷血漢サイラスが、ピースにおでこチューなんてするわけがない……」

「現実ですよ」

私は無慈悲に告げた。

王子が見上げると、そこには私と、腕組みをして仁王立ちするサイラス、そして「いいもの見ちゃった……」と顔を赤らめているミナがいた。

王子の顔色がサッと青ざめる。

「う、嘘だ……! じゃあ、さっきのは……!」

「現実逃避するな」

サイラスが冷たく言い放つ。

「言ったはずだ。彼女は俺の婚約者だと」

「認めん! 僕は認めんぞ!」

王子は立ち上がり、ふらつく足で抗議した。

「婚約だと? いつ決めた! アスター公爵は知っているのか! 王家の承認は得ているのか! 正式な書類はあるのか!」

矢継ぎ早に問い詰める王子。

確かに、その通りだ。

私だって初耳なのだから。

私はサイラスを見た。

(どうするんですか、サイラス様。口から出まかせで乗り切るには、相手は一応、王族ですよ?)

サイラスは、フッと口元を歪めた。

それは「獲物を追い詰めるのが楽しくて仕方がない」という、絶対強者の笑みだった。

「書類? 承認? ……そんな紙切れが、俺に必要だと思うか?」

「な、なに……?」

サイラスは一歩前に出た。

ただそれだけで、周囲の空気がビリビリと震える。

「いいか、ジェラルド。俺は辺境伯だ。この国の北と東、魔境に接する広大な土地を治め、国境警備を一手に引き受けている」

「そ、それがどうした!」

「我がグレイヴ家が保有する私兵団は三万。その練度は王宮騎士団を遥かに凌ぐ。さらに、俺は近隣諸国の王とも個人的なパイプ(貸し)がある」

サイラスは指を一本立てた。

「もし俺が『王家に不信感を抱いた』と言って国境警備をボイコットすれば、この国はどうなると思う?」

王子の喉がヒュッと鳴った。

「ま、魔物の大群が……王都に……」

「そうだ。そして俺が『アスター家の令嬢を不当に扱った王家に抗議する』と言って、貿易ルートを封鎖したら? 王都の物価は十倍に跳ね上がり、経済は死ぬ」

サイラスは、淡々と、しかし恐ろしい未来予想図を語った。

「つまり、俺が『ピースと結婚する』と言えば、国王陛下も、アスター公爵も、首を縦に振らざるを得ないということだ。……紙切れ一枚の承認など、後からいくらでもついてくる」

「…………」

王子は絶句した。

これが「権力」だ。

王族という生まれながらの地位にあぐらをかいていた王子とは違う、実力と実績で積み上げた、暴力的なまでの支配力。

サイラスは王子の肩に手を置いた。

ドスン、と重い音がした。

「分かったか? お前が相手にしようとしているのは、そういう男だ。……まだ、ピースを取り返すつもりか?」

王子の膝がガクガクと震え始めた。

彼はプライドの高い男だが、同時に「長いものには巻かれる」男でもある。

自分より弱い者には居丈高だが、絶対に勝てない相手だと理解した瞬間、生存本能が働くのだ。

「くっ……! う、うぅぅ……!」

王子は悔しげに唇を噛み締め、私を見た。

「ピース……! 君は、こんな……こんな危険な男の元にいて、本当に幸せなのか!?」

私は即答した。

「はい。とっても」

「なっ!?」

「だってサイラス様は、私の料理を『美味しい』と食べてくれますし、食事代も弾んでくれます。おまけに、今回のように面倒な害虫(失礼)も駆除してくれますから」

私はサイラスの腕にしがみついた(演技である)。

「それに、見てくださいこの包容力。王都のひ弱な温室育ちとは違って、頼りがいがありますわ~♡」

棒読み全開のセリフだが、王子には効果てきめんだった。

「がぁぁぁぁん!!」

王子はショックで後退りし、砂浜に尻餅をついた。

「ひ、ひ弱……僕が……ひ弱だと……!」

「そうです。筋肉量が足りません。プロテイン飲んで出直してきてください」

私はトドメを刺した。

王子は震える手で地面を叩いた。

「おのれぇぇぇ! 覚えていろ! この屈辱、決して忘れんぞ!」

彼は立ち上がり、座礁した船へと走っていった。

「船長! 出航だ! 今すぐ王都へ戻るぞ!」

「えっ、殿下? 船底に穴が開いてますが……」

「構わん! 手で漕いででも戻るんだ! 父上(国王)に言いつけてやる! 『辺境伯が僕をいじめた』ってな!」

「小学生か」

私が突っ込むと同時に、船員たちが慌ただしく動き出した。

船は無理やり離岸し、ギギギ……と不穏な音を立てながら沖へと去っていった。

デッキからは、「見てろよサイラスぅぅ! 父上に言えば、お前なんて一発で更迭だぁぁ!」という王子の負け惜しみがいつまでも聞こえていた。

……嵐が去った。

ボロ屋の庭に、静寂が戻る。

「……ふぅ」

私はサイラスからパッと離れた。

「お疲れ様でした、サイラス様。素晴らしい演技力でしたね。『国を滅ぼす』なんて脅し文句、悪役顔負けでしたよ」

私は笑って言ったが、サイラスは真顔だった。

「……演技だと思うか?」

「へ?」

「ピース。俺は欲しいものは手に入れる主義だ。たとえ国を敵に回してもな」

サイラスの青い瞳が、私を真っ直ぐに射抜いた。

冗談の色はない。

背筋がゾクリとした。

(え、待って。この人、本気? ガチ勢?)

私は引きつった笑みを浮かべた。

「あ、あはは……またまたご冗談を。さ、ミナ嬢! 勝利の祝杯をあげましょう! 厨房からジュースを持ってきて!」

「は、はいっ!」

ミナが逃げるように家の中へ入っていく。

私は話を逸らそうとしたが、サイラスに腕を掴まれた。

「ピース」

「は、はい」

「さっきの宣言、撤回するつもりはない」

「……どの部分ですか?」

「全部だ。……覚悟しておけ」

サイラスはそれだけ言うと、マントを翻して帰っていった。

残された私は、呆然と立ち尽くした。

「……これ、借金取り立てより厄介な案件じゃない?」

王子の撃退には成功したが、それと引き換えに、私はとんでもない「怪物」にロックオンされてしまったようだ。

しかし、一難去ってまた一難。

王子の捨て台詞通り、この一件は国王の耳に入ることとなる。

そして数日後。

王都から正式な使者が、私たち全員(ピース、サイラス、ミナ)に召喚状を突きつけることになるのである。

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