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「……お待ちください、陛下!」
謁見の間に、鈴を転がすような、しかし凛とした声が響いた。
それまで物陰(サイラスの背後)で小動物のように震えていたミナ・コット男爵令嬢が、一歩前に進み出たのだ。
「おお、ミナか! 僕の天使!」
ジェラルド王子がパッと顔を輝かせる。
「待っていたよ! 父上に言ってやってくれ! 君が僕をどれだけ愛しているか、そしてピースがいかに君を脅して……」
「黙ってください、ジェラルド様」
「……え?」
ミナは冷ややかな瞳で王子を一瞥した。
その目は、かつて王城でピースに向けられていた「怯え」ではなく、ゴミを見るような「無関心」に満ちていた。
「へ、陛下。私、ミナ・コットも証言させていただきます」
ミナは国王に向かって深々と頭を下げた。
「許す。申してみよ」
「はい。先ほどピース様が仰った『殿下の不採算性』と『精神的被害』についてですが……」
ミナは懐から、一冊の分厚い手帳を取り出した。
可愛らしい花柄の表紙だが、その厚さは辞書並みだ。
「これは、私が殿下と過ごした三ヶ月間の『観察日記』です」
「観察日記?」
「はい。殿下の発言と行動を、1分単位で記録したものです。……いくつか読み上げてもよろしいでしょうか?」
国王が興味深そうに頷く。
王子だけが「嫌な予感がする……」と後退った。
ミナは手帳を開いた。
「4月1日。殿下は私に『君の髪は黄金の絹糸だ』と仰り、私の髪を一束、無断で切り取って持ち帰られました。……恐怖で眠れませんでした」
会場がザワッとする。
「4月3日。私が『もう付きまとわないでください』と申し上げたところ、殿下は『照れ屋だな。そんなに僕が好きか』と仰り、私の実家の玄関前にご自身の銅像(等身大)を設置されました。……近所の笑い者になりました」
「4月10日。私が風邪で寝込んでいると、窓から不審者が侵入しました。殿下でした。『看病に来た』と仰りながら、私の枕元で3時間、ご自分の武勇伝(嘘)を語り続けられました。……熱が上がりました」
「5月……」
「もういい! もうやめてくれミナァァァ!!」
王子が悲鳴を上げた。
しかしミナは止まらない。
彼女はピースによる特訓(と、サイラスとの作戦会議)を経て、完全に吹っ切れていたのだ。
「結論を申し上げます」
ミナは手帳を閉じ、真っ直ぐに国王を見据えた。
「ジェラルド殿下とのご交際は、私にとって『精神的な苦行』であり、男爵家にとっても『風評被害』でしかありませんでした。ピース様の仰る通り、殿下は……その、非常に『残念な方』です」
「ざ、残念……」
王子が膝から崩れ落ちた。
愛する(と思い込んでいた)ミナからの、真正面からの拒絶。
しかも「残念」という、反論しようのないシンプルな評価。
ミナはさらに続けた。
「つきましては陛下。私、ミナ・コットは、本日をもってジェラルド殿下との一切の関係を断ち切りたく存じます。また、慰謝料として殿下の銅像の撤去費用と、私の精神的治療費を請求させていただきます」
「……ぶふっ」
私は思わず吹き出しそうになった。
(やるじゃない、ミナ嬢。私の教え(請求の仕方)を完璧にマスターしているわ)
国王は、あまりの事態に呆然としていたが、やがて肩を震わせ……。
「……く、くくく……!」
笑い出した。
「残念、か。……余の息子が、ここまで見事にフラれるとはな!」
国王は腹を抱えて笑った。
「愉快だ! 実に愉快だ! ミナよ、其の方の訴えも認めよう! ジェラルドには近づかせぬよう、余の名において命令を下す!」
「ありがとうございます!」
ミナが晴れやかな笑顔を見せる。
その笑顔は、王子に向けられたどの笑顔よりも輝いていた。
「そ、そんな……ミナ……嘘だろ……?」
王子は灰のように真っ白になっていた。
「僕の天使が……僕の理解者が……」
「理解していたからこそ、逃げ出したのです」
私は冷たく言い放った。
「殿下。これで『四面楚歌』ですね。婚約者は逃げ、愛人も逃げ、父親にも見放された。……残ったのは、借金(私への支払い)と黒歴史(ポエム)だけですよ」
「う、うあぁぁぁぁぁ……!!」
王子は床に突っ伏し、子供のように泣き出した。
その姿に、同情する者は誰もいなかった。
むしろ、高官たちは「これで国の将来も少しは安心だ」と胸を撫で下ろしているようだった。
騒動は決着した。
私のプレゼンと、ミナの告発によって、ジェラルド王子の権威は失墜し、私たちの自由は勝ち取られたのだ。
「……終わったな」
サイラスが呟く。
「ええ。完全勝利です」
私はミナとハイタッチを交わした。
「よくやったわ、ミナ嬢。貴女こそ真の『悪役令嬢(男を破滅させる女)』よ」
「えへへ……ピース様のご指導のおかげです!」
私たちは笑い合った。
だが。
これで全てが丸く収まるかと思いきや。
謁見が終わった直後、サイラスが私を王城のバルコニーへと連れ出した。
「……ピース」
夕日が沈む王都の街並みを背に、彼は真剣な眼差しで私に向き直った。
「騒動も片付いた。……そろそろ、俺の話を聞いてもらおうか」
「話?」
「あの時、王子に言ったことだ」
サイラスが一歩近づく。
逃げ場はない。
「俺の婚約者になれと言った。……あれは、その場しのぎの嘘ではない」
彼の青い瞳が、熱を帯びて私を捕らえた。
これは、ビジネスの商談ではない。
契約書のサインを求める交渉でもない。
正真正銘の、プロポーズの予感だった。
(ま、待って。心の準備と、損益計算がまだ……!)
私の脳内コンピューターが、かつてないエラーを起こそうとしていた。
謁見の間に、鈴を転がすような、しかし凛とした声が響いた。
それまで物陰(サイラスの背後)で小動物のように震えていたミナ・コット男爵令嬢が、一歩前に進み出たのだ。
「おお、ミナか! 僕の天使!」
ジェラルド王子がパッと顔を輝かせる。
「待っていたよ! 父上に言ってやってくれ! 君が僕をどれだけ愛しているか、そしてピースがいかに君を脅して……」
「黙ってください、ジェラルド様」
「……え?」
ミナは冷ややかな瞳で王子を一瞥した。
その目は、かつて王城でピースに向けられていた「怯え」ではなく、ゴミを見るような「無関心」に満ちていた。
「へ、陛下。私、ミナ・コットも証言させていただきます」
ミナは国王に向かって深々と頭を下げた。
「許す。申してみよ」
「はい。先ほどピース様が仰った『殿下の不採算性』と『精神的被害』についてですが……」
ミナは懐から、一冊の分厚い手帳を取り出した。
可愛らしい花柄の表紙だが、その厚さは辞書並みだ。
「これは、私が殿下と過ごした三ヶ月間の『観察日記』です」
「観察日記?」
「はい。殿下の発言と行動を、1分単位で記録したものです。……いくつか読み上げてもよろしいでしょうか?」
国王が興味深そうに頷く。
王子だけが「嫌な予感がする……」と後退った。
ミナは手帳を開いた。
「4月1日。殿下は私に『君の髪は黄金の絹糸だ』と仰り、私の髪を一束、無断で切り取って持ち帰られました。……恐怖で眠れませんでした」
会場がザワッとする。
「4月3日。私が『もう付きまとわないでください』と申し上げたところ、殿下は『照れ屋だな。そんなに僕が好きか』と仰り、私の実家の玄関前にご自身の銅像(等身大)を設置されました。……近所の笑い者になりました」
「4月10日。私が風邪で寝込んでいると、窓から不審者が侵入しました。殿下でした。『看病に来た』と仰りながら、私の枕元で3時間、ご自分の武勇伝(嘘)を語り続けられました。……熱が上がりました」
「5月……」
「もういい! もうやめてくれミナァァァ!!」
王子が悲鳴を上げた。
しかしミナは止まらない。
彼女はピースによる特訓(と、サイラスとの作戦会議)を経て、完全に吹っ切れていたのだ。
「結論を申し上げます」
ミナは手帳を閉じ、真っ直ぐに国王を見据えた。
「ジェラルド殿下とのご交際は、私にとって『精神的な苦行』であり、男爵家にとっても『風評被害』でしかありませんでした。ピース様の仰る通り、殿下は……その、非常に『残念な方』です」
「ざ、残念……」
王子が膝から崩れ落ちた。
愛する(と思い込んでいた)ミナからの、真正面からの拒絶。
しかも「残念」という、反論しようのないシンプルな評価。
ミナはさらに続けた。
「つきましては陛下。私、ミナ・コットは、本日をもってジェラルド殿下との一切の関係を断ち切りたく存じます。また、慰謝料として殿下の銅像の撤去費用と、私の精神的治療費を請求させていただきます」
「……ぶふっ」
私は思わず吹き出しそうになった。
(やるじゃない、ミナ嬢。私の教え(請求の仕方)を完璧にマスターしているわ)
国王は、あまりの事態に呆然としていたが、やがて肩を震わせ……。
「……く、くくく……!」
笑い出した。
「残念、か。……余の息子が、ここまで見事にフラれるとはな!」
国王は腹を抱えて笑った。
「愉快だ! 実に愉快だ! ミナよ、其の方の訴えも認めよう! ジェラルドには近づかせぬよう、余の名において命令を下す!」
「ありがとうございます!」
ミナが晴れやかな笑顔を見せる。
その笑顔は、王子に向けられたどの笑顔よりも輝いていた。
「そ、そんな……ミナ……嘘だろ……?」
王子は灰のように真っ白になっていた。
「僕の天使が……僕の理解者が……」
「理解していたからこそ、逃げ出したのです」
私は冷たく言い放った。
「殿下。これで『四面楚歌』ですね。婚約者は逃げ、愛人も逃げ、父親にも見放された。……残ったのは、借金(私への支払い)と黒歴史(ポエム)だけですよ」
「う、うあぁぁぁぁぁ……!!」
王子は床に突っ伏し、子供のように泣き出した。
その姿に、同情する者は誰もいなかった。
むしろ、高官たちは「これで国の将来も少しは安心だ」と胸を撫で下ろしているようだった。
騒動は決着した。
私のプレゼンと、ミナの告発によって、ジェラルド王子の権威は失墜し、私たちの自由は勝ち取られたのだ。
「……終わったな」
サイラスが呟く。
「ええ。完全勝利です」
私はミナとハイタッチを交わした。
「よくやったわ、ミナ嬢。貴女こそ真の『悪役令嬢(男を破滅させる女)』よ」
「えへへ……ピース様のご指導のおかげです!」
私たちは笑い合った。
だが。
これで全てが丸く収まるかと思いきや。
謁見が終わった直後、サイラスが私を王城のバルコニーへと連れ出した。
「……ピース」
夕日が沈む王都の街並みを背に、彼は真剣な眼差しで私に向き直った。
「騒動も片付いた。……そろそろ、俺の話を聞いてもらおうか」
「話?」
「あの時、王子に言ったことだ」
サイラスが一歩近づく。
逃げ場はない。
「俺の婚約者になれと言った。……あれは、その場しのぎの嘘ではない」
彼の青い瞳が、熱を帯びて私を捕らえた。
これは、ビジネスの商談ではない。
契約書のサインを求める交渉でもない。
正真正銘の、プロポーズの予感だった。
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