私からの婚約破棄は、王子様を狂わせるようです。

パリパリかぷちーの

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彼女が去った後の執務室には、甘い沈丁花の香りと、耐えがたいほどの静寂だけが残された。


机の上に置かれた、金色のリボンで綴じられた「候補者リスト」。


それは、愛する女性から突きつけられた、この世で最も残酷な死刑宣告に等しい。


「……どうしてだ。どうして、こうなる」


私は顔を覆い、指の隙間から漏れる吐息に絶望を混ぜた。


セドリックが散らばった書類を拾い上げながら、深いため息をつくのが聞こえる。


「殿下。正直に申し上げてもよろしいですか?」


「……言え。これ以上の絶望など、もう存在しない」


「あの方にとって、殿下の『沈黙』は、愛の欠如ではなく『眩しさゆえの拒絶』だと完璧に変換されています。あの自己肯定感の塊のような思考回路に、並大抵の言葉は届きませんよ」


セドリックの言葉が、鋭い棘となって胸に刺さる。


眩しい。


ああ、その通りだ。彼女は眩しすぎる。


初めて会ったのは、互いにまだ幼い十歳の頃だった。


王宮の庭園、咲き誇る白薔薇の中で、彼女は誰よりも気高く、そして透き通るような美しさを放っていた。


「初めまして、アリステア殿下。私が、貴方を世界で一番幸せにする婚約者ですわ」


そう言って微笑んだ彼女の瞳の中に、無数の光の粒が踊っていた。


その瞬間、私の心臓は劇的に脈打ち、喉の奥が熱く焼けるような衝撃を覚えたのだ。


あまりの美しさに、言葉を失った。


それから今日まで、私は彼女の前に出ると、どうしても「声」を失ってしまう。


何を言っても、彼女の完璧な美しさを損なうような気がして。


私の拙い言葉が、彼女の放つ光を濁らせてしまうのではないかと、恐くてたまらなかった。


「私はただ、彼女を守りたかった。隣で、彼女が放つ光をずっと見ていたかっただけなんだ」


「それが、エリヤーヌ様には『耐え忍んでいる』ように見えたわけですね。皮肉なものです」


セドリックが肩をすくめる。


私はリストの一ページを開いた。


そこには、エリヤーヌが「控えめで地味」だと評した令嬢たちの名前が並んでいる。


「こんなもの……必要ない。私に必要なのは、あの眩しくて、傲慢で、どこまでも優しい彼女だけだというのに」


窓の外では、夕刻の光が建物を黄金色に縁取っている。


光の粒が、埃さえも美しく変えて、宙を舞っている。


かつて彼女が「私、発光しているかしら?」と冗談めかして笑ったことがあった。


あの時の私は、否定することすらできなかった。


なぜなら、私の目には、彼女は本当に聖なる光を纏っているように見えていたから。


「セドリック。彼女は明日、夜会に来るはずだな」


「ええ。最後のお披露目だと張り切って、最高のドレスを用意しているそうですよ」


「……そこで、すべてを終わらせる。これ以上の勘違いは、私の心が持たない」


私は拳を握りしめた。


彼女が提案した「婚約破棄」を、彼女の光で焼き尽くしてしまわなければならない。


たとえ、その光に私の目が潰されようとも。


「殿下、空回りしないようにお気をつけください。あの方は『殿下が私を引き留めるのは、私の良さを再認識してしまったからだわ。でもそれは彼をさらに苦しめるわね』と、さらに深読みするタイプですから」


「……黙れ。対策を練る」


私は沈みゆく太陽を見つめながら、彼女のあの完璧な微笑みを思い浮かべた。


哀切なほどに美しく、透明な彼女。


彼女の良さがわからないなど、万に一つもあり得ない。


わかりすぎているからこそ、私は地獄にいるというのに。


光の粒が、私の手のひらで静かに消えていった。
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