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夜会からの帰り道。
馬車の窓から流れゆく街灯の光が、車内に細かな光の粒を散らしては消えていきます。
私は、膝の上で組んだ自分の手をじっと見つめていました。
(ああ……やり遂げたわ。私の放った最後の一撃は、彼の魂を震わせるほど鮮烈だったはず)
心地よい疲労感と共に、私はそっと瞳を閉じました。
しかし、その静寂を破るように、コンコンと窓を叩く音が響きます。
馬車が止まり、扉を開けたのはアリステア様の側近、セドリック様でした。
「夜分に失礼いたします、エリヤーヌ様。少し、お耳を貸していただけますか?」
街灯の下、セドリック様はいつになく深い、重苦しい溜息をついて立っていました。
「あら、セドリック様。こんな時間にどうされたの? アリステア様が、あまりの解放感で寝付けないとでもおっしゃったのかしら?」
「……逆です。殿下は今、ご自分の部屋で『彼女のいない世界に太陽は昇らない』と呟きながら、魂が抜けたようになっています」
セドリック様はこめかみを押さえ、再び長く、哀切な溜息を吐き出しました。
「エリヤーヌ様。貴女は本当に、恐ろしい女性だ」
「まあ、褒め言葉として受け取っておきますわ。私の美しさは、時に人を狂わせてしまうものですから」
私は完璧な角度で小首を傾げました。
光の粒が、私の耳元でクリスタルのように弾けます。
「いいえ。美しさではありません。その、鋼(はがね)のように強固な『勘違い』が恐ろしいと言っているのです」
「……勘違い?」
「ええ。殿下が貴女の前で震え、言葉を失うのは、貴女が眩しすぎるからではありません。……貴女を愛しすぎて、嫌われることを病的なまでに恐れているからです」
セドリック様の言葉が、静かな夜の空気に染み込んでいきました。
(まあ……。嫌われるのを恐れている?)
私は一瞬、思考を止めました。
けれど、私の卓越した脳細胞は、瞬時にその情報を「エリヤーヌ流」に変換し、再構築しました。
「なるほど、そういうことですのね! セドリック様、教えてくださって感謝いたしますわ」
「わかって、いただけましたか……?」
セドリック様が、安堵したように肩の力を抜きました。
しかし、私の次の言葉に、彼は目を見開いて硬直することになります。
「つまりアリステア様は、『完璧な私に嫌われないよう、自分を押し殺して必死に演じてきた』。そして今、ようやく自由になれるというのに、その『演技の癖』が抜けなくて苦しんでいらっしゃるのね!」
「……は?」
「なんて可哀想な方! 長年の束縛が、彼の精神にそこまで深い爪痕を残していたなんて。……彼は今、『自分は一人で生きていけるのだろうか』という不安に苛まれているのですわね」
私は胸元に手を当て、透明な涙を一滴、頬に滑らせました。
光の粒が、その涙を宝石のように美しく照らし出します。
「エリヤーヌ様、話を聞いてください。殿下は演技などしていません。本心から、貴女に溺れているのです。貴女がいなければ、彼は本当に壊れてしまう」
「ええ、ええ。その『依存心』こそが、私が断ち切ってあげなければならないもの。彼が独り立ちできるよう、私はもっと冷徹にならなければなりませんわね」
「……。……殿下、すみません。私には、この女神を地上に引き留める力はありませんでした」
セドリック様は力なく膝をつき、夜空を見上げて天を仰ぎました。
光の粒が、彼の絶望を嘲笑うように、さらさらと頭上を舞い落ちていきます。
「セドリック様。殿下に伝えてちょうだい。……『私を追うエネルギーを、ご自分のために使いなさい』と。それが、私からの最後の教育ですわ」
私は馬車の扉を閉めさせ、御者に発車を命じました。
遠ざかるセドリック様の影を見送りながら、私は自分の慈悲深さが、また一段と深まったことを確信していました。
(愛ゆえの自立。なんて哀切で、光に満ちた結末かしら)
夜の闇の中、私の乗った馬車だけが、銀色の光を振り撒きながら走り去っていきました。
馬車の窓から流れゆく街灯の光が、車内に細かな光の粒を散らしては消えていきます。
私は、膝の上で組んだ自分の手をじっと見つめていました。
(ああ……やり遂げたわ。私の放った最後の一撃は、彼の魂を震わせるほど鮮烈だったはず)
心地よい疲労感と共に、私はそっと瞳を閉じました。
しかし、その静寂を破るように、コンコンと窓を叩く音が響きます。
馬車が止まり、扉を開けたのはアリステア様の側近、セドリック様でした。
「夜分に失礼いたします、エリヤーヌ様。少し、お耳を貸していただけますか?」
街灯の下、セドリック様はいつになく深い、重苦しい溜息をついて立っていました。
「あら、セドリック様。こんな時間にどうされたの? アリステア様が、あまりの解放感で寝付けないとでもおっしゃったのかしら?」
「……逆です。殿下は今、ご自分の部屋で『彼女のいない世界に太陽は昇らない』と呟きながら、魂が抜けたようになっています」
セドリック様はこめかみを押さえ、再び長く、哀切な溜息を吐き出しました。
「エリヤーヌ様。貴女は本当に、恐ろしい女性だ」
「まあ、褒め言葉として受け取っておきますわ。私の美しさは、時に人を狂わせてしまうものですから」
私は完璧な角度で小首を傾げました。
光の粒が、私の耳元でクリスタルのように弾けます。
「いいえ。美しさではありません。その、鋼(はがね)のように強固な『勘違い』が恐ろしいと言っているのです」
「……勘違い?」
「ええ。殿下が貴女の前で震え、言葉を失うのは、貴女が眩しすぎるからではありません。……貴女を愛しすぎて、嫌われることを病的なまでに恐れているからです」
セドリック様の言葉が、静かな夜の空気に染み込んでいきました。
(まあ……。嫌われるのを恐れている?)
私は一瞬、思考を止めました。
けれど、私の卓越した脳細胞は、瞬時にその情報を「エリヤーヌ流」に変換し、再構築しました。
「なるほど、そういうことですのね! セドリック様、教えてくださって感謝いたしますわ」
「わかって、いただけましたか……?」
セドリック様が、安堵したように肩の力を抜きました。
しかし、私の次の言葉に、彼は目を見開いて硬直することになります。
「つまりアリステア様は、『完璧な私に嫌われないよう、自分を押し殺して必死に演じてきた』。そして今、ようやく自由になれるというのに、その『演技の癖』が抜けなくて苦しんでいらっしゃるのね!」
「……は?」
「なんて可哀想な方! 長年の束縛が、彼の精神にそこまで深い爪痕を残していたなんて。……彼は今、『自分は一人で生きていけるのだろうか』という不安に苛まれているのですわね」
私は胸元に手を当て、透明な涙を一滴、頬に滑らせました。
光の粒が、その涙を宝石のように美しく照らし出します。
「エリヤーヌ様、話を聞いてください。殿下は演技などしていません。本心から、貴女に溺れているのです。貴女がいなければ、彼は本当に壊れてしまう」
「ええ、ええ。その『依存心』こそが、私が断ち切ってあげなければならないもの。彼が独り立ちできるよう、私はもっと冷徹にならなければなりませんわね」
「……。……殿下、すみません。私には、この女神を地上に引き留める力はありませんでした」
セドリック様は力なく膝をつき、夜空を見上げて天を仰ぎました。
光の粒が、彼の絶望を嘲笑うように、さらさらと頭上を舞い落ちていきます。
「セドリック様。殿下に伝えてちょうだい。……『私を追うエネルギーを、ご自分のために使いなさい』と。それが、私からの最後の教育ですわ」
私は馬車の扉を閉めさせ、御者に発車を命じました。
遠ざかるセドリック様の影を見送りながら、私は自分の慈悲深さが、また一段と深まったことを確信していました。
(愛ゆえの自立。なんて哀切で、光に満ちた結末かしら)
夜の闇の中、私の乗った馬車だけが、銀色の光を振り撒きながら走り去っていきました。
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