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ロシュフォール領の別邸は、深い森に抱かれた、静謐そのものの場所でした。
都会の喧騒から切り離されたこの場所では、空気の一粒一粒が洗練されているかのように透き通っています。
私は、テラスの椅子に深く腰掛け、編みかけのレースを見つめていました。
「……ああ、なんて穏やかなのでしょう。私のいない王宮で、アリステア様も今頃、この静けさを享受していらっしゃるはずだわ」
木漏れ日が、揺れる葉の隙間から零れ落ち、私の手元で光の粒となって踊っています。
私はその光を指先で掬い上げるようにして、慈愛に満ちた溜息をつきました。
(私が去ったことで、彼はようやく『王子』という役割から解放され、一人の人間としての呼吸を取り戻したのね)
そう確信していた私の耳に、遠くから馬のいななきと、激しい蹄の音が届きました。
見れば、別邸の門を潜り、砂埃を上げてこちらへ向かってくる一騎の影があります。
「……あら? どなたかしら。こんな辺境に、これほど急いでいらっしゃるなんて」
馬を降り、案内も待たずにテラスへと駆け上がってきたその人物を見て、私は持っていたレース編みの針を落としました。
そこにいたのは、王宮にいるはずの、そして誰よりも「自由」を満喫しているはずのアリステア様でした。
「……アリステア様? どうしてここに……。貴方は今、新しい婚約者候補の方と、ひな菊の庭を散歩している時間ではありませんの?」
アリステア様は、返事をする余裕もないほどに肩で息をしていました。
その端正な顔は土埃に汚れ、銀色の髪は乱れ、瞳には血走ったような熱が宿っています。
「エリヤーヌ……。はぁ、はぁ……、やっと、見つけた……」
「まあ、殿下。そんなに汗をかいて。これでは私の『完璧な別れの演出』が台なしではありませんか。貴方はもっと、涼やかな顔で私を忘れるべきなのですわ」
私は立ち上がり、彼を優しく諭そうと歩み寄りました。
光の粒が、私たちの間で不規則に跳ね、不穏な煌めきを放っています。
「忘れられる……わけがないだろう。君がいない世界が、これほどまでに色のない、死んだ場所だとは……思わなかった」
アリステア様が、私の両肩を強く掴みました。
その指先は、岩を掴むかのような必死さと、小刻みな震えを隠しきれていません。
「殿下。それはただの『喪失感』という名の幻覚ですわ。一時の寂しさを愛だと勘違いしてはいけません。貴方は、私という重荷を下ろしたばかりで、重心が定まらないだけなのです」
「重荷……? 君が、私の重荷だと……?」
アリステア様は、絶望したように笑いました。
その瞳から、一筋の雫が零れ落ち、光の粒を浴びてダイヤモンドのように輝きます。
「君は、どうして……。どうして私の心を、そうやって勝手に『光』で塗りつぶすんだ。私が、どれほど……!」
彼は言葉を詰まらせ、俯きました。
長い沈黙が、二人の間に重く沈殿していきます。
やがて、彼は震える唇を開き、蚊の鳴くような、けれど私の魂を貫くような声で囁きました。
「……行くな」
「殿下?」
「行くな……エリヤーヌ。……どこへも、行かないでくれ」
ついに彼が、長年の沈黙を破り、剥き出しの本音を口にしました。
(まあ……! なんてことかしら!)
私は胸元に手を当て、哀切な感動に打ち震えました。
「見てください、アリステア様。貴方は今、ついに『自分の意思』で私を引き留めようとしたわ。……これこそが、貴方が依存から脱却しようともがいている証拠ですわね」
「……違う、そうじゃない」
「ええ、わかっております。新しい世界に踏み出すのが恐くて、慣れ親しんだ『私という呪縛』に縋りたくなっているのね。なんて健気で、弱々しい王子様……」
私は、彼の震える手をそっと包み込みました。
光の粒が、私たちの重なった手の上で、祝福するように、あるいは警告するように、いつまでも激しく踊り続けていました。
都会の喧騒から切り離されたこの場所では、空気の一粒一粒が洗練されているかのように透き通っています。
私は、テラスの椅子に深く腰掛け、編みかけのレースを見つめていました。
「……ああ、なんて穏やかなのでしょう。私のいない王宮で、アリステア様も今頃、この静けさを享受していらっしゃるはずだわ」
木漏れ日が、揺れる葉の隙間から零れ落ち、私の手元で光の粒となって踊っています。
私はその光を指先で掬い上げるようにして、慈愛に満ちた溜息をつきました。
(私が去ったことで、彼はようやく『王子』という役割から解放され、一人の人間としての呼吸を取り戻したのね)
そう確信していた私の耳に、遠くから馬のいななきと、激しい蹄の音が届きました。
見れば、別邸の門を潜り、砂埃を上げてこちらへ向かってくる一騎の影があります。
「……あら? どなたかしら。こんな辺境に、これほど急いでいらっしゃるなんて」
馬を降り、案内も待たずにテラスへと駆け上がってきたその人物を見て、私は持っていたレース編みの針を落としました。
そこにいたのは、王宮にいるはずの、そして誰よりも「自由」を満喫しているはずのアリステア様でした。
「……アリステア様? どうしてここに……。貴方は今、新しい婚約者候補の方と、ひな菊の庭を散歩している時間ではありませんの?」
アリステア様は、返事をする余裕もないほどに肩で息をしていました。
その端正な顔は土埃に汚れ、銀色の髪は乱れ、瞳には血走ったような熱が宿っています。
「エリヤーヌ……。はぁ、はぁ……、やっと、見つけた……」
「まあ、殿下。そんなに汗をかいて。これでは私の『完璧な別れの演出』が台なしではありませんか。貴方はもっと、涼やかな顔で私を忘れるべきなのですわ」
私は立ち上がり、彼を優しく諭そうと歩み寄りました。
光の粒が、私たちの間で不規則に跳ね、不穏な煌めきを放っています。
「忘れられる……わけがないだろう。君がいない世界が、これほどまでに色のない、死んだ場所だとは……思わなかった」
アリステア様が、私の両肩を強く掴みました。
その指先は、岩を掴むかのような必死さと、小刻みな震えを隠しきれていません。
「殿下。それはただの『喪失感』という名の幻覚ですわ。一時の寂しさを愛だと勘違いしてはいけません。貴方は、私という重荷を下ろしたばかりで、重心が定まらないだけなのです」
「重荷……? 君が、私の重荷だと……?」
アリステア様は、絶望したように笑いました。
その瞳から、一筋の雫が零れ落ち、光の粒を浴びてダイヤモンドのように輝きます。
「君は、どうして……。どうして私の心を、そうやって勝手に『光』で塗りつぶすんだ。私が、どれほど……!」
彼は言葉を詰まらせ、俯きました。
長い沈黙が、二人の間に重く沈殿していきます。
やがて、彼は震える唇を開き、蚊の鳴くような、けれど私の魂を貫くような声で囁きました。
「……行くな」
「殿下?」
「行くな……エリヤーヌ。……どこへも、行かないでくれ」
ついに彼が、長年の沈黙を破り、剥き出しの本音を口にしました。
(まあ……! なんてことかしら!)
私は胸元に手を当て、哀切な感動に打ち震えました。
「見てください、アリステア様。貴方は今、ついに『自分の意思』で私を引き留めようとしたわ。……これこそが、貴方が依存から脱却しようともがいている証拠ですわね」
「……違う、そうじゃない」
「ええ、わかっております。新しい世界に踏み出すのが恐くて、慣れ親しんだ『私という呪縛』に縋りたくなっているのね。なんて健気で、弱々しい王子様……」
私は、彼の震える手をそっと包み込みました。
光の粒が、私たちの重なった手の上で、祝福するように、あるいは警告するように、いつまでも激しく踊り続けていました。
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