私からの婚約破棄は、王子様を狂わせるようです。

パリパリかぷちーの

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「……行くな、エリヤーヌ。行かないでくれ」


アリステア様の掠れた声が、私の耳元で切なく震えました。


その手の熱、その瞳の潤み。


(まあ……。殿下は今、なんておっしゃったのかしら?)


あまりの衝撃に、私の耳が一時的に「都合の良い魔法」をかけてしまったのかもしれません。


私は彼を見つめ、慈愛に満ちた深い溜息をつきました。


光の粒が、私たちの視線の間で星屑のように瞬いています。


「アリステア様。今、なんと? ……『一人の歩き方を教えてくれ』と、そうおっしゃったのですか?」


「違う。……行くな、と言ったんだ。私の傍に、これからもずっと――」


「ああ、やはり! 貴方は本当に、私という光なしでは一歩も踏み出せないほど、心が弱ってしまわれたのね」


私は確信しました。


彼の口から漏れる「行くな」という言葉は、愛の告白などではなく、未開の地へ放り出される子供のような「自立への恐怖」なのだと。


「待て、エリヤーヌ。話を、君はいつも最後まで聞かない……!」


「いいえ、すべてわかっておりますわ。貴方はあまりに長い間、私の完璧なエスコートに甘えてこられた。だから、急に独り立ちしろと言われて、不安で堪らなくなったのでしょう?」


私はそっと、彼の頬を包み込みました。


雨上がりの午後の光が、彼の蒼い瞳に反射して、透明な孤独を浮き彫りにしています。


「安心してくださいな。私は貴方を見捨てたりはいたしません。……ただ、今の貴方に必要なのは、私の『婚約者としての愛』ではなく、『自立を促すための厳格な指導』なのですわ」


「……指導……?」


アリステア様は、呆然としたように口を突き出しました。


「ええ。貴方は今、私を失うことが怖くて、『愛している』という耳に心地よい言葉で私を繋ぎ止めようとしている。それは、自分自身への甘えですわよ」


私は完璧な微笑みとともに、彼を優しく突き放しました。


光の粒が、私の指先から零れ落ち、彼の漆黒の服の上でキラキラと虚しく光ります。


「殿下。貴方は今、自分を偽っていますわ。……本当は、私というまばゆい光から逃げ出し、もっと静かな場所で、等身大の自分を見つけたいと願っているはず」


「そんな願いなど、一度も……、欠片も抱いたことはない!」


アリステア様の叫びが、テラスの静寂を揺らしました。


その瞳の奥には、なおも消えない「熱」が宿っています。


(ああ、見て。これほどまでに激しく自己否定をされるなんて。……新しい自分を受け入れるのが、それほどまでに苦しいのね)


私は胸の奥が、哀切な喜びでいっぱいになりました。


一人の男性が、これほどまでに私という存在に翻弄され、殻を破ろうともがいている。


「アリステア様、今日から三日間。貴方はこの別邸で、私と一緒に過ごしましょう。……ただし、婚約者としてではなく、『自立のための特別合宿』としてですわ」


「……合宿?」


「ええ。私がいない未来に慣れるための、予行練習です。……さあ、まずはその絶望的な顔を拭いて。私のいない朝を、清々しく迎える練習から始めましょう」


私は光の粒を振り撒きながら、優雅に室内へと戻りました。


背後でアリステア様が「どうして……どうしてこうなるんだ……」と力なく崩れ落ちる音がしましたが、私はそれを「変化への産みの苦しみ」だと解釈しました。


私はなんて、教育的で、そして素晴らしい女性なのでしょう。


透明な空気の中で、私の決意は、より一層輝きを増していくのでした。
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