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窓の隙間から差し込む朝の光が、宙を舞う細かな塵を黄金の粒へと変えていました。
その光の粒は、まるで昨夜の私たちの狂乱をあざ笑うかのように、静かに、そして残酷なほど美しく踊っています。
私は、椅子の背もたれに身を預け、目の前で眠るアリステア様の寝顔を見つめていました。
結局、彼は私の膝に縋りついたまま、深い眠りに落ちてしまったのです。
(まあ……。眠っている時は、これほどまでに無垢で、弱々しい存在ですのね)
私はそっと、彼の銀髪に触れました。
指先から伝わる熱は、まだ彼が「自立」という荒波の中で溺れている証拠。
けれど、ふとした瞬間に、私の胸の奥に鋭い痛みが走りました。
それは、今まで感じたことのない、胸を刺すような、透明な痛み。
「……おかしいですわね。私は、彼を救っているはずなのに」
気づけば、私の瞳から熱い雫が溢れ、頬を伝っていました。
それは、完璧な公爵令嬢として、決して見せてはならない「綻(ほころ)び」。
けれど、その涙の一粒一粒が朝日に透け、光の粒を閉じ込めたプリズムのように輝いています。
「……エリヤーヌ……?」
微かな声に弾かれたように視線を落とすと、アリステア様が目を開けていました。
彼は私の頬を流れる涙を見つめ、信じられないものを見たという顔で起き上がりました。
「君が……。泣いているのか? 私のために、泣いてくれているのか?」
「……いいえ、殿下。これは、貴方のための涙ではありませんわ」
私は慌てて視線を逸らし、指先で涙を拭いました。
拭った指先で、光の粒がキラキラと砕け散ります。
「これは、私の美しさが……あまりに哀切な使命を背負っていることに、私自身の魂が感動してしまっただけですの」
「嘘だ。そんな悲しい顔をして……。エリヤーヌ、君も本当は、私と離れるのが辛いのではないか?」
アリステア様の手が、震えながら私の両手を包み込みました。
その手は、昨夜の強引な力強さとは違い、壊れ物を扱うような、切実な優しさに満ちていました。
「……辛い? 私が、ですの?」
私は、自らの内側に問いかけました。
(そう……。私は、この方を独り立ちさせるために、自分の幸せを後回しにしている。その自己犠牲の尊さに、胸が締め付けられているだけなのよ)
「殿下。勘違いしないでくださいな。私が泣いているのは、貴方がこれほどまでに私という光を必要としているのに、それを与えられない自分の『慈悲の限界』が悔しいからなのですわ」
「……。君は、どこまで行っても……」
アリステア様は、私の涙を一筋、指ですくい上げました。
指先の涙が光を反射し、二人の間に小さな虹を架けます。
「いいだろう。君がそれを『慈悲』と呼ぶなら、それでいい。だが、今この瞬間、君が流した涙は、私の魂に深く刻まれた」
彼は、涙のついた指先に、そっと唇を寄せました。
「この涙の代償は、一生をかけて払わせてもらう。……たとえ君が、それを望んでいないとしても」
アリステア様の瞳に、冷徹なまでの決意が宿りました。
光の粒が、彼の背後で激しく火花を散らすように踊っています。
私は、自分の涙が、彼を「自立」させるどころか、さらに深い執着の沼へと引きずり込んでしまったことに、まだ気づいていませんでした。
ただ、朝の光の中で、自分の心がいつになく騒がしく波立っているのを、必死に抑え込もうとしていただけなのです。
その光の粒は、まるで昨夜の私たちの狂乱をあざ笑うかのように、静かに、そして残酷なほど美しく踊っています。
私は、椅子の背もたれに身を預け、目の前で眠るアリステア様の寝顔を見つめていました。
結局、彼は私の膝に縋りついたまま、深い眠りに落ちてしまったのです。
(まあ……。眠っている時は、これほどまでに無垢で、弱々しい存在ですのね)
私はそっと、彼の銀髪に触れました。
指先から伝わる熱は、まだ彼が「自立」という荒波の中で溺れている証拠。
けれど、ふとした瞬間に、私の胸の奥に鋭い痛みが走りました。
それは、今まで感じたことのない、胸を刺すような、透明な痛み。
「……おかしいですわね。私は、彼を救っているはずなのに」
気づけば、私の瞳から熱い雫が溢れ、頬を伝っていました。
それは、完璧な公爵令嬢として、決して見せてはならない「綻(ほころ)び」。
けれど、その涙の一粒一粒が朝日に透け、光の粒を閉じ込めたプリズムのように輝いています。
「……エリヤーヌ……?」
微かな声に弾かれたように視線を落とすと、アリステア様が目を開けていました。
彼は私の頬を流れる涙を見つめ、信じられないものを見たという顔で起き上がりました。
「君が……。泣いているのか? 私のために、泣いてくれているのか?」
「……いいえ、殿下。これは、貴方のための涙ではありませんわ」
私は慌てて視線を逸らし、指先で涙を拭いました。
拭った指先で、光の粒がキラキラと砕け散ります。
「これは、私の美しさが……あまりに哀切な使命を背負っていることに、私自身の魂が感動してしまっただけですの」
「嘘だ。そんな悲しい顔をして……。エリヤーヌ、君も本当は、私と離れるのが辛いのではないか?」
アリステア様の手が、震えながら私の両手を包み込みました。
その手は、昨夜の強引な力強さとは違い、壊れ物を扱うような、切実な優しさに満ちていました。
「……辛い? 私が、ですの?」
私は、自らの内側に問いかけました。
(そう……。私は、この方を独り立ちさせるために、自分の幸せを後回しにしている。その自己犠牲の尊さに、胸が締め付けられているだけなのよ)
「殿下。勘違いしないでくださいな。私が泣いているのは、貴方がこれほどまでに私という光を必要としているのに、それを与えられない自分の『慈悲の限界』が悔しいからなのですわ」
「……。君は、どこまで行っても……」
アリステア様は、私の涙を一筋、指ですくい上げました。
指先の涙が光を反射し、二人の間に小さな虹を架けます。
「いいだろう。君がそれを『慈悲』と呼ぶなら、それでいい。だが、今この瞬間、君が流した涙は、私の魂に深く刻まれた」
彼は、涙のついた指先に、そっと唇を寄せました。
「この涙の代償は、一生をかけて払わせてもらう。……たとえ君が、それを望んでいないとしても」
アリステア様の瞳に、冷徹なまでの決意が宿りました。
光の粒が、彼の背後で激しく火花を散らすように踊っています。
私は、自分の涙が、彼を「自立」させるどころか、さらに深い執着の沼へと引きずり込んでしまったことに、まだ気づいていませんでした。
ただ、朝の光の中で、自分の心がいつになく騒がしく波立っているのを、必死に抑え込もうとしていただけなのです。
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