私からの婚約破棄は、王子様を狂わせるようです。

パリパリかぷちーの

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重厚な樫の扉が閉ざされ、カチリ、という冷徹な金属音が部屋に響きました。


それは、世界から切り離された二人だけの時間の始まりを告げる合図。


窓から差し込む午後の陽光が、宙を舞う埃さえも光の粒へと変え、私たちの間で静かに踊っています。


「……アリステア様。鍵までかけてしまわれるなんて、少しばかりやりすぎではありませんか?」


私は、天蓋付きのベッドの端に腰を下ろし、優雅に足を組み替えました。


シルクのドレスが擦れる音さえ、この静寂の中では哀切な調べを奏でているようです。


「やりすぎ……? いや、これでもまだ足りないくらいだ。君を繋ぎ止めるには、鎖だって足りない」


扉の前に立ちふさがるアリステア様の影は、長く、鋭く、私の足元まで伸びていました。


その瞳は、獲物を逃さないと決めた獣のような鋭さと、今にも砕け散りそうな硝子の脆さが同居しています。


「まあ。鎖だなんて、物騒な比喩をお使いになりますのね。……殿下、正直におっしゃって。貴方はそんなに、私のことが『憎い』のですか?」


私は首をかしげ、透明な視線を彼に向けました。


「……憎い? 私が、君を?」


「ええ。あまりに眩しすぎて、自分の醜さを突きつけられるような存在。そんな私を、自由にするのが癪(しゃく)でたまらない。だからこうして、鳥籠に閉じ込めて辱(はずかし)めようとしていらっしゃるのでしょう?」


私はそっと胸元に手を当て、悲劇のヒロインのような溜息をつきました。


光の粒が、私のまつ毛を黄金色に縁取り、瞳の中に小さな銀河を作ります。


「愛の反対は無関心ではなく、憎しみだと申しますわ。貴方は私を自由にする喜びよりも、私を独占して苦しめるという、歪んだ自立への拒絶を選ばれたのね」


「……違う。何一つ、合っていない。どうして君の頭の中では、私の愛がすべて別の毒に変換されるんだ!」


アリステア様が激昂し、私の目の前まで詰め寄りました。


彼の手が私の両肩を掴み、ベッドに押し倒すような勢いで顔を近づけます。


「いいか、エリヤーヌ。私は君を苦しめたいわけじゃない。……ただ、君がいない明日を迎えるくらいなら、ここで君と一緒に朽ち果てたいだけなんだ!」


「まあ……! なんて、なんて純粋で恐ろしい退行かしら」


至近距離で見つめ合う二人の吐息が混ざり合い、光の粒が熱を帯びてパチパチとはじけ飛びます。


彼の瞳の奥にある、燃えるような青。


それは、あまりの熱さに色が反転してしまったかのような、狂気的な愛の色でした。


(見て……。私の良さがわからなすぎて、精神のバランスを崩してしまわれたのね。私が素敵すぎて、彼はもう、現実と虚構の区別さえつかなくなっているのだわ)


「殿下。そんなに私を求めても、貴方の心に空いた穴は埋まりませんわよ。私は貴方の『お母様』ではありませんし、貴方の『逃げ場所』でもありません」


「逃げ場所……? 違う。君は私の『すべて』だと言っている!」


「ええ、ええ。その『すべて』という言葉こそが、責任転嫁の最たるものですわ。さあ、私を抱きしめて泣いてもいいのですよ。そうして一晩過ごせば、少しは正気に戻れるでしょう?」


私は、彼の背中にそっと手を回し、優しく引き寄せました。


アリステア様は一瞬、弾かれたように硬直しましたが、やがて崩れ落ちるように私の肩に顔を埋めました。


「……エリヤーヌ。……ああ、エリヤーヌ。……なぜ、伝わらない……。なぜ、君はそんなに……」


彼の震える声が、私の耳元で哀切な振動を刻みます。


光の粒が、私たちの周囲を優しく包み込み、まるで密室そのものを浄化していくかのよう。


「大丈夫ですわ、アリステア様。貴方のこの『黒歴史』は、私が墓場まで持っていって差し上げますから。……さあ、たっぷりと私の光を浴びて、毒を出し切ってしまいなさいな」


私は、彼をあやすように背中を叩き続けました。


閉じ込められているのは私のはずなのに、なぜか、彼の方が逃げ場のない檻の中にいるように見えたのです。


透明な時間の中で、私たちの「慈悲深い監禁生活」は、こうして静かに幕を開けました。
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