20 / 30
20
しおりを挟む
重厚な樫の扉が閉ざされ、カチリ、という冷徹な金属音が部屋に響きました。
それは、世界から切り離された二人だけの時間の始まりを告げる合図。
窓から差し込む午後の陽光が、宙を舞う埃さえも光の粒へと変え、私たちの間で静かに踊っています。
「……アリステア様。鍵までかけてしまわれるなんて、少しばかりやりすぎではありませんか?」
私は、天蓋付きのベッドの端に腰を下ろし、優雅に足を組み替えました。
シルクのドレスが擦れる音さえ、この静寂の中では哀切な調べを奏でているようです。
「やりすぎ……? いや、これでもまだ足りないくらいだ。君を繋ぎ止めるには、鎖だって足りない」
扉の前に立ちふさがるアリステア様の影は、長く、鋭く、私の足元まで伸びていました。
その瞳は、獲物を逃さないと決めた獣のような鋭さと、今にも砕け散りそうな硝子の脆さが同居しています。
「まあ。鎖だなんて、物騒な比喩をお使いになりますのね。……殿下、正直におっしゃって。貴方はそんなに、私のことが『憎い』のですか?」
私は首をかしげ、透明な視線を彼に向けました。
「……憎い? 私が、君を?」
「ええ。あまりに眩しすぎて、自分の醜さを突きつけられるような存在。そんな私を、自由にするのが癪(しゃく)でたまらない。だからこうして、鳥籠に閉じ込めて辱(はずかし)めようとしていらっしゃるのでしょう?」
私はそっと胸元に手を当て、悲劇のヒロインのような溜息をつきました。
光の粒が、私のまつ毛を黄金色に縁取り、瞳の中に小さな銀河を作ります。
「愛の反対は無関心ではなく、憎しみだと申しますわ。貴方は私を自由にする喜びよりも、私を独占して苦しめるという、歪んだ自立への拒絶を選ばれたのね」
「……違う。何一つ、合っていない。どうして君の頭の中では、私の愛がすべて別の毒に変換されるんだ!」
アリステア様が激昂し、私の目の前まで詰め寄りました。
彼の手が私の両肩を掴み、ベッドに押し倒すような勢いで顔を近づけます。
「いいか、エリヤーヌ。私は君を苦しめたいわけじゃない。……ただ、君がいない明日を迎えるくらいなら、ここで君と一緒に朽ち果てたいだけなんだ!」
「まあ……! なんて、なんて純粋で恐ろしい退行かしら」
至近距離で見つめ合う二人の吐息が混ざり合い、光の粒が熱を帯びてパチパチとはじけ飛びます。
彼の瞳の奥にある、燃えるような青。
それは、あまりの熱さに色が反転してしまったかのような、狂気的な愛の色でした。
(見て……。私の良さがわからなすぎて、精神のバランスを崩してしまわれたのね。私が素敵すぎて、彼はもう、現実と虚構の区別さえつかなくなっているのだわ)
「殿下。そんなに私を求めても、貴方の心に空いた穴は埋まりませんわよ。私は貴方の『お母様』ではありませんし、貴方の『逃げ場所』でもありません」
「逃げ場所……? 違う。君は私の『すべて』だと言っている!」
「ええ、ええ。その『すべて』という言葉こそが、責任転嫁の最たるものですわ。さあ、私を抱きしめて泣いてもいいのですよ。そうして一晩過ごせば、少しは正気に戻れるでしょう?」
私は、彼の背中にそっと手を回し、優しく引き寄せました。
アリステア様は一瞬、弾かれたように硬直しましたが、やがて崩れ落ちるように私の肩に顔を埋めました。
「……エリヤーヌ。……ああ、エリヤーヌ。……なぜ、伝わらない……。なぜ、君はそんなに……」
彼の震える声が、私の耳元で哀切な振動を刻みます。
光の粒が、私たちの周囲を優しく包み込み、まるで密室そのものを浄化していくかのよう。
「大丈夫ですわ、アリステア様。貴方のこの『黒歴史』は、私が墓場まで持っていって差し上げますから。……さあ、たっぷりと私の光を浴びて、毒を出し切ってしまいなさいな」
私は、彼をあやすように背中を叩き続けました。
閉じ込められているのは私のはずなのに、なぜか、彼の方が逃げ場のない檻の中にいるように見えたのです。
透明な時間の中で、私たちの「慈悲深い監禁生活」は、こうして静かに幕を開けました。
それは、世界から切り離された二人だけの時間の始まりを告げる合図。
窓から差し込む午後の陽光が、宙を舞う埃さえも光の粒へと変え、私たちの間で静かに踊っています。
「……アリステア様。鍵までかけてしまわれるなんて、少しばかりやりすぎではありませんか?」
私は、天蓋付きのベッドの端に腰を下ろし、優雅に足を組み替えました。
シルクのドレスが擦れる音さえ、この静寂の中では哀切な調べを奏でているようです。
「やりすぎ……? いや、これでもまだ足りないくらいだ。君を繋ぎ止めるには、鎖だって足りない」
扉の前に立ちふさがるアリステア様の影は、長く、鋭く、私の足元まで伸びていました。
その瞳は、獲物を逃さないと決めた獣のような鋭さと、今にも砕け散りそうな硝子の脆さが同居しています。
「まあ。鎖だなんて、物騒な比喩をお使いになりますのね。……殿下、正直におっしゃって。貴方はそんなに、私のことが『憎い』のですか?」
私は首をかしげ、透明な視線を彼に向けました。
「……憎い? 私が、君を?」
「ええ。あまりに眩しすぎて、自分の醜さを突きつけられるような存在。そんな私を、自由にするのが癪(しゃく)でたまらない。だからこうして、鳥籠に閉じ込めて辱(はずかし)めようとしていらっしゃるのでしょう?」
私はそっと胸元に手を当て、悲劇のヒロインのような溜息をつきました。
光の粒が、私のまつ毛を黄金色に縁取り、瞳の中に小さな銀河を作ります。
「愛の反対は無関心ではなく、憎しみだと申しますわ。貴方は私を自由にする喜びよりも、私を独占して苦しめるという、歪んだ自立への拒絶を選ばれたのね」
「……違う。何一つ、合っていない。どうして君の頭の中では、私の愛がすべて別の毒に変換されるんだ!」
アリステア様が激昂し、私の目の前まで詰め寄りました。
彼の手が私の両肩を掴み、ベッドに押し倒すような勢いで顔を近づけます。
「いいか、エリヤーヌ。私は君を苦しめたいわけじゃない。……ただ、君がいない明日を迎えるくらいなら、ここで君と一緒に朽ち果てたいだけなんだ!」
「まあ……! なんて、なんて純粋で恐ろしい退行かしら」
至近距離で見つめ合う二人の吐息が混ざり合い、光の粒が熱を帯びてパチパチとはじけ飛びます。
彼の瞳の奥にある、燃えるような青。
それは、あまりの熱さに色が反転してしまったかのような、狂気的な愛の色でした。
(見て……。私の良さがわからなすぎて、精神のバランスを崩してしまわれたのね。私が素敵すぎて、彼はもう、現実と虚構の区別さえつかなくなっているのだわ)
「殿下。そんなに私を求めても、貴方の心に空いた穴は埋まりませんわよ。私は貴方の『お母様』ではありませんし、貴方の『逃げ場所』でもありません」
「逃げ場所……? 違う。君は私の『すべて』だと言っている!」
「ええ、ええ。その『すべて』という言葉こそが、責任転嫁の最たるものですわ。さあ、私を抱きしめて泣いてもいいのですよ。そうして一晩過ごせば、少しは正気に戻れるでしょう?」
私は、彼の背中にそっと手を回し、優しく引き寄せました。
アリステア様は一瞬、弾かれたように硬直しましたが、やがて崩れ落ちるように私の肩に顔を埋めました。
「……エリヤーヌ。……ああ、エリヤーヌ。……なぜ、伝わらない……。なぜ、君はそんなに……」
彼の震える声が、私の耳元で哀切な振動を刻みます。
光の粒が、私たちの周囲を優しく包み込み、まるで密室そのものを浄化していくかのよう。
「大丈夫ですわ、アリステア様。貴方のこの『黒歴史』は、私が墓場まで持っていって差し上げますから。……さあ、たっぷりと私の光を浴びて、毒を出し切ってしまいなさいな」
私は、彼をあやすように背中を叩き続けました。
閉じ込められているのは私のはずなのに、なぜか、彼の方が逃げ場のない檻の中にいるように見えたのです。
透明な時間の中で、私たちの「慈悲深い監禁生活」は、こうして静かに幕を開けました。
0
あなたにおすすめの小説
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる