27 / 30
27
しおりを挟む
窓から差し込む朝の光は、昨日よりも一層透き通っていて。
宙を舞う無数の光の粒が、私たちの間で銀のベールのように静かに降り注いでいました。
「……エリヤーヌ。昨夜の言葉、忘れたとは言わせないぞ」
アリステア様の声は、低く、けれど朝の空気に凛と響きました。
彼は、私が以前渡した「次期婚約者候補リスト」の残骸を、暖炉の火の中へと投げ入れました。
上質な紙が炎に巻かれ、一瞬で灰へと変わり、煤(すす)さえも光の粒に混ざってキラキラと昇っていきます。
「あら、殿下。せっかく私が貴方の幸せを思って作成したガイドブックを……。そんなに激しく拒絶しなくてもよろしいのに」
私は、彼の手で開けられた扉の前に立ち、名残惜しそうに炎を見つめました。
「あんなものは、私の人生には一文字も必要ない。……エリヤーヌ、婚約破棄は却下だ」
アリステア様が私の前に跪(ひざまず)き、私の右手を両手で包み込みました。
その仕草は、忠誠を誓う騎士のようでありながら、決して逃がさないという執念に満ちた捕食者のよう。
「却下……。まあ。私の最高傑作の慈悲を、貴方は踏みにじるのですか?」
「踏みにじるのではない。……塗り替えるんだ。君が私を自由にするという慈悲を、私が君を一生離さないという『罰』でな」
アリステア様の蒼い瞳が、私を射抜きました。
その瞳の奥には、もはや迷いも沈黙もありません。
「一生、俺の傍で輝いていろ。お前が放つ光に焼かれ、視界が白く染まっても……私はその場所から一歩も動かない」
(まあ……! なんて、なんて強欲で愛おしい自白!)
私は胸元に手を当て、哀切なほどに美しい溜息をつきました。
光の粒が、私のまつ毛を揺らし、視界をダイヤモンドの粉を撒いたような色彩に変えていきます。
「殿下。貴方は本当に、私という光に一生を捧げることを選ばれたのね。……私がこれほどまでに貴方を案じて、独り立ちを促したというのに」
「独り立ちなど、死んでも御免だ。君という重力に引き寄せられて、ただそこに在ること。それが私の選んだ道だ」
アリステア様は私の指先に、深く、熱い口づけを落としました。
「……わかりましたわ、アリステア様。貴方がそれほどまでに私の『隣』という地獄を望むなら。……婚約破棄は、一時停止といたしましょう」
「一時停止、だと?」
「ええ。貴方が私の眩しさに耐えきれず、再び震えだすその日まで。私が貴方の世界を、すべて私の光で塗りつぶして差し上げますわ」
私は完璧な、慈愛の極致のような微笑みを浮かべました。
光の粒が、重なり合う私たちの周囲を旋回し、部屋全体を祝福のような輝きで満たしていきます。
「婚約破棄の撤回。……それは、貴方が一生、私の『特別教育』を受けるという契約ですわよ。覚悟はよろしくて?」
「……ああ。むしろ、それ以外の生き方を知りたくもない」
アリステア様が立ち上がり、私を強く抱き寄せました。
透明な空気の中で、私たちの影が一つに溶け合い、どこまでも長く、深く伸びていきました。
(私はなんて、罪作りで素晴らしい女かしら)
自分のあまりの尊さに、私は眩暈(めまい)を覚えながらも、その温かな腕の中で、満足げに瞳を閉じたのです。
宙を舞う無数の光の粒が、私たちの間で銀のベールのように静かに降り注いでいました。
「……エリヤーヌ。昨夜の言葉、忘れたとは言わせないぞ」
アリステア様の声は、低く、けれど朝の空気に凛と響きました。
彼は、私が以前渡した「次期婚約者候補リスト」の残骸を、暖炉の火の中へと投げ入れました。
上質な紙が炎に巻かれ、一瞬で灰へと変わり、煤(すす)さえも光の粒に混ざってキラキラと昇っていきます。
「あら、殿下。せっかく私が貴方の幸せを思って作成したガイドブックを……。そんなに激しく拒絶しなくてもよろしいのに」
私は、彼の手で開けられた扉の前に立ち、名残惜しそうに炎を見つめました。
「あんなものは、私の人生には一文字も必要ない。……エリヤーヌ、婚約破棄は却下だ」
アリステア様が私の前に跪(ひざまず)き、私の右手を両手で包み込みました。
その仕草は、忠誠を誓う騎士のようでありながら、決して逃がさないという執念に満ちた捕食者のよう。
「却下……。まあ。私の最高傑作の慈悲を、貴方は踏みにじるのですか?」
「踏みにじるのではない。……塗り替えるんだ。君が私を自由にするという慈悲を、私が君を一生離さないという『罰』でな」
アリステア様の蒼い瞳が、私を射抜きました。
その瞳の奥には、もはや迷いも沈黙もありません。
「一生、俺の傍で輝いていろ。お前が放つ光に焼かれ、視界が白く染まっても……私はその場所から一歩も動かない」
(まあ……! なんて、なんて強欲で愛おしい自白!)
私は胸元に手を当て、哀切なほどに美しい溜息をつきました。
光の粒が、私のまつ毛を揺らし、視界をダイヤモンドの粉を撒いたような色彩に変えていきます。
「殿下。貴方は本当に、私という光に一生を捧げることを選ばれたのね。……私がこれほどまでに貴方を案じて、独り立ちを促したというのに」
「独り立ちなど、死んでも御免だ。君という重力に引き寄せられて、ただそこに在ること。それが私の選んだ道だ」
アリステア様は私の指先に、深く、熱い口づけを落としました。
「……わかりましたわ、アリステア様。貴方がそれほどまでに私の『隣』という地獄を望むなら。……婚約破棄は、一時停止といたしましょう」
「一時停止、だと?」
「ええ。貴方が私の眩しさに耐えきれず、再び震えだすその日まで。私が貴方の世界を、すべて私の光で塗りつぶして差し上げますわ」
私は完璧な、慈愛の極致のような微笑みを浮かべました。
光の粒が、重なり合う私たちの周囲を旋回し、部屋全体を祝福のような輝きで満たしていきます。
「婚約破棄の撤回。……それは、貴方が一生、私の『特別教育』を受けるという契約ですわよ。覚悟はよろしくて?」
「……ああ。むしろ、それ以外の生き方を知りたくもない」
アリステア様が立ち上がり、私を強く抱き寄せました。
透明な空気の中で、私たちの影が一つに溶け合い、どこまでも長く、深く伸びていきました。
(私はなんて、罪作りで素晴らしい女かしら)
自分のあまりの尊さに、私は眩暈(めまい)を覚えながらも、その温かな腕の中で、満足げに瞳を閉じたのです。
0
あなたにおすすめの小説
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる