9 / 50
9話
しおりを挟む
「お嬢様……聞いていただきたいことが、ございますの」
夜更けの温室にて、香草を瓶に詰めていたレオノーラの背に、ミーナの声が届いた。
その声音は、普段のどこかおっちょこちょいな彼女とは違っていた。
言葉の端に、“確信”と“恐れ”が入り混じっている。
「何か、あったの?」
「……はい。実は、今日の午後に神殿へ使いを命じられまして。そしたら……」
ミーナは手にした布の端をぎゅっと握りしめながら、続ける。
「その帰り、神殿の裏手を通っていたとき、神官たちの話が聞こえてきたんです。
“次の奇跡はどう演出する?”とか、“涙が流れるように調整して”とか……」
「……演出、ですって?」
レオノーラの声が、わずかに低くなる。
「ええ、確かにそう言ってました。わたし、思わず足を止めてしまって……でも、怖くて、ちゃんと聞けなくて……でも、間違いなく“奇跡を準備する”って言葉がありました」
ミーナの声は震えていた。
けれど、その瞳には確かな決意があった。
「誰にも信じてもらえないかもしれませんけど……でも、お嬢様には伝えなきゃって……!」
レオノーラは黙ってミーナの言葉を聞き終え、そっと立ち上がった。
香草の香りが温室内を満たす中で、彼女はゆっくりと頷いた。
「ありがとう、ミーナ。……その話、わたくしにとっては十分すぎる“鍵”ですわ」
「鍵……ですか?」
「ええ。真実の扉は、いつだって噂と矛盾から開かれるのですもの」
記録にあった“聖女の昏倒”と、侍女が見た“何事もなかった彼女”。
神殿で語られた“準備された涙”という噂。
そして、ミレーユの完璧すぎる“奇跡”。
それらの点が、今、少しずつ一本の線になろうとしていた。
「――すべてが演出だったとすれば、あの日の断罪も、“筋書き”の一部だった可能性がある」
レオノーラの瞳に宿る光が、暗がりの温室で静かに燃える。
彼女は“悪役”という脚本を、与えられたままでは終わらせないと決めていた。
ミーナは、香草を抱きしめるように胸元で握りしめながら、静かに言った。
「お嬢様……わたし、どこまでもお供しますから」
「心強いわ。わたくし一人では届かぬ場所も、あなたとなら届きますもの」
小さな侍女の忠誠が、断罪の裏に隠された舞台装置へと繋がっていく。
それは噂でも、偶然でもない。
“真実”が自ら姿を見せ始める、最初の応答だった。
夜更けの温室にて、香草を瓶に詰めていたレオノーラの背に、ミーナの声が届いた。
その声音は、普段のどこかおっちょこちょいな彼女とは違っていた。
言葉の端に、“確信”と“恐れ”が入り混じっている。
「何か、あったの?」
「……はい。実は、今日の午後に神殿へ使いを命じられまして。そしたら……」
ミーナは手にした布の端をぎゅっと握りしめながら、続ける。
「その帰り、神殿の裏手を通っていたとき、神官たちの話が聞こえてきたんです。
“次の奇跡はどう演出する?”とか、“涙が流れるように調整して”とか……」
「……演出、ですって?」
レオノーラの声が、わずかに低くなる。
「ええ、確かにそう言ってました。わたし、思わず足を止めてしまって……でも、怖くて、ちゃんと聞けなくて……でも、間違いなく“奇跡を準備する”って言葉がありました」
ミーナの声は震えていた。
けれど、その瞳には確かな決意があった。
「誰にも信じてもらえないかもしれませんけど……でも、お嬢様には伝えなきゃって……!」
レオノーラは黙ってミーナの言葉を聞き終え、そっと立ち上がった。
香草の香りが温室内を満たす中で、彼女はゆっくりと頷いた。
「ありがとう、ミーナ。……その話、わたくしにとっては十分すぎる“鍵”ですわ」
「鍵……ですか?」
「ええ。真実の扉は、いつだって噂と矛盾から開かれるのですもの」
記録にあった“聖女の昏倒”と、侍女が見た“何事もなかった彼女”。
神殿で語られた“準備された涙”という噂。
そして、ミレーユの完璧すぎる“奇跡”。
それらの点が、今、少しずつ一本の線になろうとしていた。
「――すべてが演出だったとすれば、あの日の断罪も、“筋書き”の一部だった可能性がある」
レオノーラの瞳に宿る光が、暗がりの温室で静かに燃える。
彼女は“悪役”という脚本を、与えられたままでは終わらせないと決めていた。
ミーナは、香草を抱きしめるように胸元で握りしめながら、静かに言った。
「お嬢様……わたし、どこまでもお供しますから」
「心強いわ。わたくし一人では届かぬ場所も、あなたとなら届きますもの」
小さな侍女の忠誠が、断罪の裏に隠された舞台装置へと繋がっていく。
それは噂でも、偶然でもない。
“真実”が自ら姿を見せ始める、最初の応答だった。
128
あなたにおすすめの小説
【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
「反省してます」と言いましたが、あれは嘘ですわ。
小鳥遊つくし
恋愛
「反省してます」と言いましたが、あれは嘘ですわ──。
聖女の転倒、貴族の断罪劇、涙を強いる舞台の中で、
完璧な“悪役令嬢”はただ微笑んだ。
「わたくしに、どのような罪がございますの?」
謝罪の言葉に魔力が宿る国で、
彼女は“嘘の反省”を語り、赦され、そして問いかける。
――その赦し、本当に必要でしたの?
他者の期待を演じ続けた令嬢が、
“反省しない人生”を選んだとき、
世界の常識は音を立てて崩れ始める。
これは、誰にも赦されないことを恐れなかったひとりの令嬢が、
言葉と嘘で未来を変えた物語。
その仮面の奥にあった“本当の自由”が、あなたの胸にも香り立ちますように。
「予備」として連れてこられた私が、本命を連れてきたと勘違いした王国の滅亡フラグを華麗に回収して隣国の聖女になりました
平山和人
恋愛
王国の辺境伯令嬢セレスティアは、生まれつき高い治癒魔法を持つ聖女の器でした。しかし、十年間の婚約期間の末、王太子ルシウスから「真の聖女は別にいる。お前は不要になった」と一方的に婚約を破棄されます。ルシウスが連れてきたのは、派手な加護を持つ自称「聖女」の少女、リリア。セレスティアは失意の中、国境を越えた隣国シエルヴァード帝国へ。
一方、ルシウスはセレスティアの地味な治癒魔法こそが、王国の呪いの進行を十年間食い止めていた「代替の聖女」の役割だったことに気づきません。彼の連れてきたリリアは、見かけの派手さとは裏腹に呪いを加速させる力を持っていました。
隣国でその真の力を認められたセレスティアは、帝国の聖女として迎えられます。王国が衰退し、隣国が隆盛を極める中、ルシウスはようやくセレスティアの真価に気づき復縁を迫りますが、後の祭り。これは、価値を誤認した愚かな男と、自分の力で世界を変えた本物の聖女の、代わりではなく主役になる物語です。
[完結中編]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@女性向け・児童文学・絵本
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
【完結】婚約者取り替えっこしてあげる。子爵令息より王太子の方がいいでしょ?
との
恋愛
「取り替えっこしようね」
またいつもの妹の我儘がはじまりました。
自分勝手な妹にも家族の横暴にも、もう我慢の限界!
逃げ出した先で素敵な出会いを経験しました。
幸せ掴みます。
筋肉ムキムキのオネエ様から一言・・。
「可愛いは正義なの!」
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結迄予約投稿済み
R15は念の為・・
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる