「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?

パリパリかぷちーの

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31話

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春の終わりを告げる風が、王都リュミエールを抜けていった。

いつもなら神殿の鐘の音が響く時間。  
その日は、空気の底に沈むような静けさに包まれていた。

中央広場には、かつて聖女ミレーユが“神託”を語った演壇があった。  
今、その場所は布で覆われ、人の気配もなく、誰も足を止めなかった。

代わりに人々の視線が向いているのは、掲示板に貼り出された「王宮審問局による最終報告」。

そこには、記録の齟齬、証言の変遷、契約の不備――  
事実として積み上げられた“制度のほころび”が、丁寧に、無慈悲に並べられていた。

「……あの涙も、やっぱり……」

「演出だったって……本当に、全部……?」

「神様って、本当にいるのかな……」

小さく交わされる声の数々は、かつてのような信仰の言葉ではなかった。  
それは、“失われた何か”を誰もが理解し始めている証だった。

神殿の正門は、依然として開いている。  
祭壇には香が焚かれ、神官たちは祈りの姿勢を崩さない。

けれど、その姿に民の足は止まらない。  
視線は向けられても、かつてのような敬意も祈りも、そこにはなかった。

信仰は、制度ではない。  
けれど制度によって信じられていた“奇跡”は、確かに崩れかけていた。

王宮の一室。  
王太子ユリウスは、その風の変化を確かに感じていた。

「……このままでは、いずれ神殿は民の支持を失う。  
 いや、すでに――失い始めている」

彼の言葉に、書記官が黙って頷く。

「信仰は“個人の祈り”であるはずだった。  
 だがいつからか、それは“制度が保障する真実”にすり替わっていた」

ユリウスは天井を仰いだ。

あのとき、ミレーユが語った“救われたかった”という言葉。  
あれは信仰でも神託でもなかった。  
ただ、一人の少女が望んだ“愛”だった。

「人が涙を信じたのではない。  
 “信じたい自分”を肯定してくれる存在を、求めただけだったんだ」

ユリウスの呟きは、誰にも届かなかった。  
けれど、それは“終わり”を受け入れた者の声だった。

王妃はすでに、神殿の関与を見直す方針を定めていた。  
貴族会議もまた、聖女制度の再審に向けた議論を始めている。

――ただ一つの“問い”が、王都に漂い続けていた。

*信仰とは、誰のものか。*

神の声を聞いたとされる少女の涙ではなく、  
冷静な言葉と記録が示した真実を、民は確かに受け入れ始めていた。

そしてその風は、静かに、しかし確実に――  
アルセリオ王国という大樹の根を、揺らし始めていた。
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