「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?

パリパリかぷちーの

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42話

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初夏の午後、東の荘園――風香(ふうこう)の庭に、静かな賑わいが広がっていた。

白布のかけられた長机には、淡く色づいた茶器と香草の小瓶。  
ほのかに漂うのはレモンバーベナとエルダー、そして微かにタイムの気配。  
それは、懐かしさと希望を織り交ぜた香りだった。

レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトが開いた茶会。  
そこに集ったのは――

断罪の際、声を上げられなかった旧き学友。  
神殿の片隅で疑念に沈んでいた若き神官。  
王宮から遠ざけられた、かつての廷臣。  
そして、舞踏会の夜、彼女に頭を下げた聖女ミレーユ。

「ようこそ、風香の荘園へ。……今日は“記録”も“神託”も不要ですわね」

レオノーラの言葉に、誰も返答を急がなかった。  
そこにあるのは“対話”ではなく、“共在”だったからだ。

茶器に湯を注ぐたび、湯気が立ちのぼる。  
それは、誓いの煙ではない。赦しの霧でもない。

ただ、“生きてここにいる”という証。  
それぞれの沈黙と後悔、そして選ばなかった言葉たちを、湯気は包み込んでいく。

「この香茶は、“問いかけるもの”ではございません。  
 ……ただ、いま、ここにいるあなた方に合う香りを調えたものでございます」

彼女が配った茶は、全員異なる調合だった。  
それは罪や肩書きで振り分けられたものではない。  
“記憶”と“選択”と“今日という日”に合わせて整えられた、ただの香り。

ミレーユはカップを受け取り、小さく瞳を伏せた。

「……あたたかいのですね、この香り。  
 こんな気持ちは、神殿では知らなかった」

「神殿では“意味”が先にありましたでしょう?  
 けれど、わたくしは今、“意味のないもの”を大切にしたくて」

レオノーラの声には、棘がなかった。  
その柔らかさは、慰めではない。  
ただ、風のようにその場に“在る”だけの温度だった。

学友の一人が、恐る恐る尋ねる。

「……レオノーラ様。どうして、私たちを……責めないのですか?」

「責めても、“その時”には戻れませんもの」

笑みはあくまで静かだった。  
過去を断罪することも、赦すことすらしない――  
ただ、“終わった時間”を過不足なく受け止める者の表情。

「わたくしは、この茶会を“祭壇”とは呼びません。  
 けれどもし名付けるとすれば、“今を確認する場所”でしょうか」

差し出された香茶の湯気が、静かに揺れる。

語られぬ後悔も、言いそびれた言葉も、誰にも見えない選択も。  
そのすべてを飲み干して、人はまた“生きていく”。

赦しではない。  
祝福でもない。

――けれど確かに、再生だった。

茶会が終わる頃、誰もが立ち上がるときに少しだけ姿勢が真っ直ぐだった。  
それは心の軽さでもなく、義務感でもなく。

“まだ歩ける”という、ただその実感だけ。

風が通り過ぎる。  
香草の匂いを運びながら。

レオノーラは、誰にもそれを追わせることなく、  
ただその場で小さく、静かに笑っていた。
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