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「おのれ、泥沼令嬢……! あんな得体の知れない女が、ギルバート様の隣に座り続けるなんて許せませんわ!」
豪華絢爛なリリィ様の私邸。
彼女は今、鏡の前で自慢の金髪を振り乱し、地団駄を踏んでいた。
ギルバート卿と私の「そうめん修行」の話が、尾ひれをつけて「氷結騎士を膝突きさせた魔女」として社交界に広まっていたからだ。
「リリィ、落ち着け。あんな女、僕がいつでも再教育してやる」
後ろで力なく答えるのは、セドリック殿下だ。
最近の彼は、私に絡むたびにギルバート卿から「物理的な冷却」を受けているため、どことなく元気がない。
「殿下、もう言葉だけでは足りません! こうなったら、聖女(自称)の力を見せつけて、あいつを完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわ!」
リリィ様は、怪しく光る一つの小箱を取り出した。
中には、代々の聖女に伝わる(と本人が主張している)『裁きの聖果』が入っている。
それは不浄な者が触れると真っ黒に変色し、悪臭を放つという伝説の果実だ。
「これを、今度の『慈善お茶会』でポンドに食べさせますの。彼女の腹黒さが露呈して、社交界から追放されること間違いなしですわ!」
数日後。王立庭園。
私は、ギルバート卿にエスコートされ、またしてもお茶会という名の「無料試食会」に参加していた。
「……ポンド。リリィ嬢の視線が、毒蜘蛛のように君を狙っている。今日は私が毒見を……」
「卿、心配しすぎです。毒蜘蛛なら、素揚げにすればカリカリして美味しいかもしれませんよ?」
「……昆虫食の開拓はやめてくれ。とにかく、不自然な食べ物には手を出すな」
ギルバート卿が私の背後にピタリと張り付く。
その時、リリィ様がしずしずと歩み寄ってきた。
「ご機嫌よう、ポンド様。今日は特別に、聖女の祈りを込めた『天界のフルーツ』をお持ちしましたの。これを食べれば、魂が浄化されますわよ?」
差し出されたのは、見たこともないほど真っ白で、不思議な輝きを放つ果実だった。
リリィ様の目は、獲物がかかるのを待つ蛇のように爛々と輝いている。
「まあ、綺麗ですね。……でもこれ、なんだか『大きすぎる角砂糖』に見えなくもありません」
「な、なんですって!? これは聖女の奇跡ですわよ! さあ、召し上がれ!」
私は、リリィ様の執念に押されるように、その果実を手に取った。
周りの令嬢たちが「ああ、泥沼令嬢が聖女の果実を汚してしまうわ!」と騒ぎ出す。
しかし、私の頭の中では別のシミュレーションが始まっていた。
この重み。この硬度。そして、微かに香る、酸味と糖分の絶妙なバランス。
「……リリィ様。これ、そのまま食べるのはもったいないです」
「……はあ!? 何を言い出すの!?」
「これほどの密度なら、薄くスライスして、ギルバート卿の冷気でキンキンに凍らせるべきです。そこに、私が昨日仕込んだ特製ハチミツをかければ、極上の『聖女シャーベット』になるはずです」
「食べ方を指定するな! いいから今すぐ一口噛みなさいな!」
リリィ様が痺れを切らして叫んだ。
私は仕方なく、その『裁きの聖果』をガブリと一口齧った。
会場に、しんと静まり返るような緊張が走る。
伝説によれば、今にも果実は黒く変色し、私の罪を暴くはず……。
「…………」
「……どう? 気分が悪くなってきたでしょう!? 不浄な心が暴かれ、鼻を突く悪臭が……!」
リリィ様が勝利を確信して笑い声を上げた、その時だった。
パキパキパキッ!
「……えっ?」
果実が黒くなるどころか、逆に内側から強烈な光を放ち、周囲にマイナスイオンを撒き散らし始めたのだ。
それどころか、果実から溢れ出た透明な雫が、私の無表情な肌に吸い込まれ、いつもより少しだけ血色が良くなった気がする。
「……ふむ。リリィ様。これ、すごく美味しいです。梨と桃を足して、炭酸で割ったような爽快感があります」
「な、なんで!? なんで変色しないのよ! あなたの心は泥沼じゃないの!?」
「泥沼……? いえ、私の心は今、この果実の次のスライスのことで頭がいっぱいです。……あ、見てください、リリィ様。果実がもっと光り輝いています」
「嘘よ……!? 伝説では、無垢な魂が触れた時だけ、果実は七色に輝くと……。まさか、ポンドの心が……私よりも清らかだと言うの!?」
リリィ様はショックのあまり、持っていた扇子を落とした。
実はこの果実、邪悪な計略を持って与えた者に対しても、その『悪意』を吸収して光る性質があったのだ。
つまり、リリィ様の嫉妬と悪意が、皮肉にも果実を美味しく熟成させてしまったのである。
「……卿。これ、半分どうぞ。卿の冷気で少し冷やすと、さらに化けますよ」
「……ああ。……ポンド。君は本当に、聖女の奇跡すらも『デザートの素材』に変えてしまうのだな」
ギルバート卿が呆れたように笑いながら、果実を一切れ口にした。
すると、彼の疲れ切った魔力が一瞬で回復し、周囲にキラキラとした雪の結晶が舞い始めた。
「……おお! ギルバート様が光っておられるわ!」
「やはりポンド様は、騎士団長を浄化する真の聖女だったのね!」
周囲の令嬢たちの評価が、一瞬で手のひらを返した。
泥沼令嬢から「食の聖女」へ。不本意な二つ名が更新される。
「そんな……そんなはずありませんわ! これは私が用意した……ひぎゃっ!?」
リリィ様が、余った果実の皮を踏んで派手に転んだ。
しかも、その拍子に、自分で用意した予備の「本物の毒入りのパイ」の上に顔から突っ込んでしまった。
「リ、リリィ様! 顔がパイまみれです! しかもそのパイ、なんだかすごく苦そうな匂いが……」
「あがががが! だ、誰がこんなところにパイを置いたのよ……(私ですわ)!」
自業自得という名の断罪が、パイの形をして彼女を襲う。
セドリック殿下は、パイまみれのリリィ様を見て「……不気味だ」と呟き、そっと距離を置いた。
「……卿。あのパイ、捨ててしまうのはもったいないですね。鳥さんに分けてあげましょうか」
「……よしなさい、ポンド。鳥が腹を壊す。……それより、この『聖女の果実』。残りも全部、君の家でジャムにしようか」
「賛成です! リリィ様、お裾分けありがとうございました!」
私は、泥まみれならぬパイまみれになったリリィ様に手を振り、意気揚々と会場を後にした。
嫉妬も恨みも、全部煮詰めて甘いジャムにしてしまえば、それは立派な人生のスパイスになるのだ。
泥沼令嬢の胃袋。
それは、聖女の計略すらも栄養に変える、最強の浄化装置であった。
豪華絢爛なリリィ様の私邸。
彼女は今、鏡の前で自慢の金髪を振り乱し、地団駄を踏んでいた。
ギルバート卿と私の「そうめん修行」の話が、尾ひれをつけて「氷結騎士を膝突きさせた魔女」として社交界に広まっていたからだ。
「リリィ、落ち着け。あんな女、僕がいつでも再教育してやる」
後ろで力なく答えるのは、セドリック殿下だ。
最近の彼は、私に絡むたびにギルバート卿から「物理的な冷却」を受けているため、どことなく元気がない。
「殿下、もう言葉だけでは足りません! こうなったら、聖女(自称)の力を見せつけて、あいつを完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわ!」
リリィ様は、怪しく光る一つの小箱を取り出した。
中には、代々の聖女に伝わる(と本人が主張している)『裁きの聖果』が入っている。
それは不浄な者が触れると真っ黒に変色し、悪臭を放つという伝説の果実だ。
「これを、今度の『慈善お茶会』でポンドに食べさせますの。彼女の腹黒さが露呈して、社交界から追放されること間違いなしですわ!」
数日後。王立庭園。
私は、ギルバート卿にエスコートされ、またしてもお茶会という名の「無料試食会」に参加していた。
「……ポンド。リリィ嬢の視線が、毒蜘蛛のように君を狙っている。今日は私が毒見を……」
「卿、心配しすぎです。毒蜘蛛なら、素揚げにすればカリカリして美味しいかもしれませんよ?」
「……昆虫食の開拓はやめてくれ。とにかく、不自然な食べ物には手を出すな」
ギルバート卿が私の背後にピタリと張り付く。
その時、リリィ様がしずしずと歩み寄ってきた。
「ご機嫌よう、ポンド様。今日は特別に、聖女の祈りを込めた『天界のフルーツ』をお持ちしましたの。これを食べれば、魂が浄化されますわよ?」
差し出されたのは、見たこともないほど真っ白で、不思議な輝きを放つ果実だった。
リリィ様の目は、獲物がかかるのを待つ蛇のように爛々と輝いている。
「まあ、綺麗ですね。……でもこれ、なんだか『大きすぎる角砂糖』に見えなくもありません」
「な、なんですって!? これは聖女の奇跡ですわよ! さあ、召し上がれ!」
私は、リリィ様の執念に押されるように、その果実を手に取った。
周りの令嬢たちが「ああ、泥沼令嬢が聖女の果実を汚してしまうわ!」と騒ぎ出す。
しかし、私の頭の中では別のシミュレーションが始まっていた。
この重み。この硬度。そして、微かに香る、酸味と糖分の絶妙なバランス。
「……リリィ様。これ、そのまま食べるのはもったいないです」
「……はあ!? 何を言い出すの!?」
「これほどの密度なら、薄くスライスして、ギルバート卿の冷気でキンキンに凍らせるべきです。そこに、私が昨日仕込んだ特製ハチミツをかければ、極上の『聖女シャーベット』になるはずです」
「食べ方を指定するな! いいから今すぐ一口噛みなさいな!」
リリィ様が痺れを切らして叫んだ。
私は仕方なく、その『裁きの聖果』をガブリと一口齧った。
会場に、しんと静まり返るような緊張が走る。
伝説によれば、今にも果実は黒く変色し、私の罪を暴くはず……。
「…………」
「……どう? 気分が悪くなってきたでしょう!? 不浄な心が暴かれ、鼻を突く悪臭が……!」
リリィ様が勝利を確信して笑い声を上げた、その時だった。
パキパキパキッ!
「……えっ?」
果実が黒くなるどころか、逆に内側から強烈な光を放ち、周囲にマイナスイオンを撒き散らし始めたのだ。
それどころか、果実から溢れ出た透明な雫が、私の無表情な肌に吸い込まれ、いつもより少しだけ血色が良くなった気がする。
「……ふむ。リリィ様。これ、すごく美味しいです。梨と桃を足して、炭酸で割ったような爽快感があります」
「な、なんで!? なんで変色しないのよ! あなたの心は泥沼じゃないの!?」
「泥沼……? いえ、私の心は今、この果実の次のスライスのことで頭がいっぱいです。……あ、見てください、リリィ様。果実がもっと光り輝いています」
「嘘よ……!? 伝説では、無垢な魂が触れた時だけ、果実は七色に輝くと……。まさか、ポンドの心が……私よりも清らかだと言うの!?」
リリィ様はショックのあまり、持っていた扇子を落とした。
実はこの果実、邪悪な計略を持って与えた者に対しても、その『悪意』を吸収して光る性質があったのだ。
つまり、リリィ様の嫉妬と悪意が、皮肉にも果実を美味しく熟成させてしまったのである。
「……卿。これ、半分どうぞ。卿の冷気で少し冷やすと、さらに化けますよ」
「……ああ。……ポンド。君は本当に、聖女の奇跡すらも『デザートの素材』に変えてしまうのだな」
ギルバート卿が呆れたように笑いながら、果実を一切れ口にした。
すると、彼の疲れ切った魔力が一瞬で回復し、周囲にキラキラとした雪の結晶が舞い始めた。
「……おお! ギルバート様が光っておられるわ!」
「やはりポンド様は、騎士団長を浄化する真の聖女だったのね!」
周囲の令嬢たちの評価が、一瞬で手のひらを返した。
泥沼令嬢から「食の聖女」へ。不本意な二つ名が更新される。
「そんな……そんなはずありませんわ! これは私が用意した……ひぎゃっ!?」
リリィ様が、余った果実の皮を踏んで派手に転んだ。
しかも、その拍子に、自分で用意した予備の「本物の毒入りのパイ」の上に顔から突っ込んでしまった。
「リ、リリィ様! 顔がパイまみれです! しかもそのパイ、なんだかすごく苦そうな匂いが……」
「あがががが! だ、誰がこんなところにパイを置いたのよ……(私ですわ)!」
自業自得という名の断罪が、パイの形をして彼女を襲う。
セドリック殿下は、パイまみれのリリィ様を見て「……不気味だ」と呟き、そっと距離を置いた。
「……卿。あのパイ、捨ててしまうのはもったいないですね。鳥さんに分けてあげましょうか」
「……よしなさい、ポンド。鳥が腹を壊す。……それより、この『聖女の果実』。残りも全部、君の家でジャムにしようか」
「賛成です! リリィ様、お裾分けありがとうございました!」
私は、泥まみれならぬパイまみれになったリリィ様に手を振り、意気揚々と会場を後にした。
嫉妬も恨みも、全部煮詰めて甘いジャムにしてしまえば、それは立派な人生のスパイスになるのだ。
泥沼令嬢の胃袋。
それは、聖女の計略すらも栄養に変える、最強の浄化装置であった。
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