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婚約破棄から始まった私の激動の数週間は、最高のプロポーズというデザートで締めくくられた。
翌朝、私はマーガリン公爵邸の庭で、ギルバート卿が持参した「婚約届」を前に、最後の一切れの厚切りトーストを噛み締めていた。
「……ポンド。返事を聞かせてくれ。……君のその、トーストを凝視する瞳も素敵だが、そろそろ私の目を見てほしい」
「卿。……返事なら、昨夜テラスで申し上げたはずですが。……あ、このマーマレード、卿の冷気で少し冷やすと、味が引き締まってなお良しです」
「……分かった。……氷結・微調整(ジャム・エディション)。……これでいいか? ……それより、この書類にサインを。……これで君は、法的に私の『胃袋の伴侶』だ」
ギルバート卿が差し出したペンを、私は迷わず受け取った。
「ポンド・アイゼン(予定)」と署名する私の手は、一切の迷いもなく、むしろ新作レシピを書き留める時のような高揚感に満ちていた。
一方、その頃。
王宮の謁見の間では、もう一つの「決着」がつけられようとしていた。
玉座に座る国王陛下は、目の前で項垂れるセドリック殿下と、縄で縛られたリリィ様を冷たく見下ろしていた。
「……セドリック。お前の愚かさには、もはやかける言葉もない。……ポンド嬢を『泥沼』と蔑み、あろうことかギルバート卿の愛する者を陥れようとした罪、万死に値する」
「ち、父上! 私はただ、彼女の真の価値に気づいて……!」
「黙れ! お前が気づいたのは彼女の価値ではなく、自分のプライドが傷ついたことによる執着だろう。……貴様を、本日をもって王位継承権第一位から剥奪し、辺境の『ジャガイモしか採れない領地』へ謹慎を命ずる」
「ジャ、ジャガイモしか!? そんな、せめてお肉が採れる領地を……!」
「……わがままを言うな。……そこで一生、芋の皮でも剥いていろ」
陛下の一喝により、元・第一王子の輝かしい未来は、文字通り「芋尽くし」の余生へと確定した。
そして、その隣でガタガタと震えるリリィ様に対しても、容赦ない宣告が下される。
「リリィ。……聖女を騙り、毒入りの菓子を振る舞った罪。……貴様は国外追放だ。……行き先は北の最果て、一年中『塩漬けの干し魚』しか食べられない極寒の島だ」
「そ、そんな!? 私の美肌が、塩分でカサカサになってしまいますわ! せめて、せめて甘いお菓子が食べられる場所へ!」
「……お前の毒入りケーキよりはマシだろう。……連れて行け!」
リリィ様は「塩分は嫌よぉぉぉ!」と絶叫しながら、衛兵たちに引きずられていった。
彼女たちの去った謁見の間には、静かな平和(と、陛下が隠し持っていたおやつの袋の音)だけが残った。
数時間後。
公爵邸に、王宮からの正式な「追放・降格」の知らせが届いた。
私は、報告に来たアンから手紙を受け取り、一通り目を通してから、隣で私のために野菜を刻んでいたギルバート卿に手渡した。
「……卿。殿下はジャガイモ領、リリィ様は干し魚の島だそうです」
「……そうか。……二人とも、それぞれの食材と向き合う、実に有意義な人生になりそうだな。……特にお前を陥れようとした報いだ、妥当な判決と言える」
「……卿。……ジャガイモは、調理法によっては化けますよ? 殿下がいつか『ポテトの神様』として覚醒しないか、それだけが心配です」
「……君は、どこまでも慈悲深いのだな。……いや、ただの食い意地か」
ギルバート卿が、ふっと笑って私の頭を撫でた。
その手は今、玉ねぎの匂いがわずかにしていたが、私にとってはどんな香水よりも愛おしい。
「ポンド。……明日、結婚式の打ち合わせをしよう。……披露宴のメニュー、君が全部決めていいぞ」
「……全部、ですか? ……卿。それは、国家予算がパンクしますよ?」
「……構わん。……私の全財産と、国王陛下からの祝い金を全て注ぎ込んで、世界一の『満腹披露宴』にしよう」
「……卿。……一生、離しません」
私は、ギルバート卿の胸に顔を埋めた。
かつては「泥沼」と恐れられた私の瞳は、今、目の前にある「愛する人と、その人が作る予定の晩ごはん」で、キラキラと輝いていた。
泥沼令嬢の逆転劇、完結。
悪意ある人々は去り、私の周りには、美味しいものと、それを何よりも大切にしてくれる騎士様だけが残った。
「……ところで、卿。……ジャガイモ領から、お裾分けが来たらどうしますか?」
「……その場で凍らせて、砕いて肥料にしよう」
「……厳しいですね。……まあ、私も新しいジャガイモ料理のレシピ、いくつか教えてあげてもいいですよ」
「……君は本当に……最強の女だな」
私たちは、夕暮れに染まる庭園で、未来の献立表を手に、いつまでも語り合った。
翌朝、私はマーガリン公爵邸の庭で、ギルバート卿が持参した「婚約届」を前に、最後の一切れの厚切りトーストを噛み締めていた。
「……ポンド。返事を聞かせてくれ。……君のその、トーストを凝視する瞳も素敵だが、そろそろ私の目を見てほしい」
「卿。……返事なら、昨夜テラスで申し上げたはずですが。……あ、このマーマレード、卿の冷気で少し冷やすと、味が引き締まってなお良しです」
「……分かった。……氷結・微調整(ジャム・エディション)。……これでいいか? ……それより、この書類にサインを。……これで君は、法的に私の『胃袋の伴侶』だ」
ギルバート卿が差し出したペンを、私は迷わず受け取った。
「ポンド・アイゼン(予定)」と署名する私の手は、一切の迷いもなく、むしろ新作レシピを書き留める時のような高揚感に満ちていた。
一方、その頃。
王宮の謁見の間では、もう一つの「決着」がつけられようとしていた。
玉座に座る国王陛下は、目の前で項垂れるセドリック殿下と、縄で縛られたリリィ様を冷たく見下ろしていた。
「……セドリック。お前の愚かさには、もはやかける言葉もない。……ポンド嬢を『泥沼』と蔑み、あろうことかギルバート卿の愛する者を陥れようとした罪、万死に値する」
「ち、父上! 私はただ、彼女の真の価値に気づいて……!」
「黙れ! お前が気づいたのは彼女の価値ではなく、自分のプライドが傷ついたことによる執着だろう。……貴様を、本日をもって王位継承権第一位から剥奪し、辺境の『ジャガイモしか採れない領地』へ謹慎を命ずる」
「ジャ、ジャガイモしか!? そんな、せめてお肉が採れる領地を……!」
「……わがままを言うな。……そこで一生、芋の皮でも剥いていろ」
陛下の一喝により、元・第一王子の輝かしい未来は、文字通り「芋尽くし」の余生へと確定した。
そして、その隣でガタガタと震えるリリィ様に対しても、容赦ない宣告が下される。
「リリィ。……聖女を騙り、毒入りの菓子を振る舞った罪。……貴様は国外追放だ。……行き先は北の最果て、一年中『塩漬けの干し魚』しか食べられない極寒の島だ」
「そ、そんな!? 私の美肌が、塩分でカサカサになってしまいますわ! せめて、せめて甘いお菓子が食べられる場所へ!」
「……お前の毒入りケーキよりはマシだろう。……連れて行け!」
リリィ様は「塩分は嫌よぉぉぉ!」と絶叫しながら、衛兵たちに引きずられていった。
彼女たちの去った謁見の間には、静かな平和(と、陛下が隠し持っていたおやつの袋の音)だけが残った。
数時間後。
公爵邸に、王宮からの正式な「追放・降格」の知らせが届いた。
私は、報告に来たアンから手紙を受け取り、一通り目を通してから、隣で私のために野菜を刻んでいたギルバート卿に手渡した。
「……卿。殿下はジャガイモ領、リリィ様は干し魚の島だそうです」
「……そうか。……二人とも、それぞれの食材と向き合う、実に有意義な人生になりそうだな。……特にお前を陥れようとした報いだ、妥当な判決と言える」
「……卿。……ジャガイモは、調理法によっては化けますよ? 殿下がいつか『ポテトの神様』として覚醒しないか、それだけが心配です」
「……君は、どこまでも慈悲深いのだな。……いや、ただの食い意地か」
ギルバート卿が、ふっと笑って私の頭を撫でた。
その手は今、玉ねぎの匂いがわずかにしていたが、私にとってはどんな香水よりも愛おしい。
「ポンド。……明日、結婚式の打ち合わせをしよう。……披露宴のメニュー、君が全部決めていいぞ」
「……全部、ですか? ……卿。それは、国家予算がパンクしますよ?」
「……構わん。……私の全財産と、国王陛下からの祝い金を全て注ぎ込んで、世界一の『満腹披露宴』にしよう」
「……卿。……一生、離しません」
私は、ギルバート卿の胸に顔を埋めた。
かつては「泥沼」と恐れられた私の瞳は、今、目の前にある「愛する人と、その人が作る予定の晩ごはん」で、キラキラと輝いていた。
泥沼令嬢の逆転劇、完結。
悪意ある人々は去り、私の周りには、美味しいものと、それを何よりも大切にしてくれる騎士様だけが残った。
「……ところで、卿。……ジャガイモ領から、お裾分けが来たらどうしますか?」
「……その場で凍らせて、砕いて肥料にしよう」
「……厳しいですね。……まあ、私も新しいジャガイモ料理のレシピ、いくつか教えてあげてもいいですよ」
「……君は本当に……最強の女だな」
私たちは、夕暮れに染まる庭園で、未来の献立表を手に、いつまでも語り合った。
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