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「……中止? 今、なんと申した?」
王城の玉座の間(ただし、金目の装飾品はあらかた売却済みで殺風景)にて。
アレクセイ王子は、耳を疑うように聞き返した。
目の前には、過労で頬がこけた儀典長が、遺書のような書類を持って立っている。
「ですから、来月の『建国記念舞踏会』です。中止せざるを得ません」
「馬鹿な! 建国記念舞踏会だぞ!? 国の威信をかけた一大イベントではないか!」
「その威信を飾る金がありません」
儀典長は淡々と告げた。
「会場の設営費、楽団へのギャラ、招待客への飲食費、警備費……見積もりを出しましたが、現在の国庫残高では、クラッカー一つ買えません」
「な、なんだと……」
「これまではローゼン公爵家が『国への寄付』という名目で全額負担していましたが、今年は彼らが不在ですので」
まただ。またユミリアか。
アレクセイは奥歯を噛み締めた。
「くそっ、あいつがいなくなってから、なぜこうも全てがうまくいかんのだ!」
「ユミリア様が全てをうまく回していたからです」
「うるさい! 事実を言うな!」
アレクセイが怒鳴り散らしていると、扉が勢いよく開かれ、ニーナが飛び込んできた。
「アレクセイ様ぁぁぁ!! 大変ですぅぅ!!」
「どうした、私の天使。そんなに血相を変えて」
「ドレス屋さんが! 私の注文を断ったんですぅ!」
ニーナはその場に泣き崩れた。
「私、今度の舞踏会でアレクセイ様の婚約者としてお披露目されるんですよね? だから、『虹色の布にダイヤモンドを散りばめたドレス』を注文したのに!」
「なっ……! 王族の注文を断るとは、不敬にも程がある!」
アレクセイは儀典長を睨みつけた。
「おい、その店主を呼べ! 私が直接言い聞かせてやる!」
◇
数十分後。
王都で一番の高級ドレス店『マダム・シャルロット』の店主が呼び出された。
彼女は優雅に扇を使いながら、悪びれる様子もなく立っている。
「お呼びでしょうか、殿下」
「マダム! どういうことだ! ニーナのドレスを作らないとは!」
「お言葉ですが殿下。当店は『完全前払い制』に変更させていただきました」
マダム・シャルロットは冷ややかに言った。
「ニーナ様のご注文ですと、お値段は金貨五百枚になります。お支払いが確認できれば、喜んでお作りしますわ」
「ご、五百枚……!?」
アレクセイが絶句する。
今の彼の手元には、昨日の夕食代(パン代)すらないのだ。
「ツ、ツケにしろ! 私は王子だぞ! 必ず払う!」
「その『必ず』が、ここ半年守られておりません。王家への未収金は、既に金貨三千枚に達しております」
マダムは懐から分厚い請求書の束を取り出した。
「これまではユミリア様が『王子が恥をかかないように』と、裏でこっそりお支払いくださっていましたが……」
「……っ!」
またしてもユミリアの名前。
アレクセイの顔が屈辱で赤く染まる。
「ユミリア様がいなくなった今、誰がこの代金を保証してくれるのですか? まさか、そこの元侍女の方ですか?」
マダムの視線が、蔑むようにニーナに向けられる。
「ひどい……! 私、元侍女じゃないもん! 未来の王妃だもん!」
ニーナが地団駄を踏む。
「未来のことは存じませんが、現在の貴女様には支払い能力がない。それが現実ですわ」
「うわぁぁぁん! アレクセイ様ぁ! このおばさん意地悪ですぅ! 処刑してくださいぃ!」
「ま、待てニーナ! マダムも、そう言わずに……そこをなんとか……!」
「お断りします。材料費も馬鹿になりませんので」
マダムはきっぱりと断り、踵を返した。
「ああ、それと。ユミリア様からは既に、隣国の舞踏会用にドレスを十着ほど受注しております。現金一括払いで」
「な……十着だと……?」
「『今まで地味な服ばかり着ていたので、これからは反動で着飾ります』と楽しそうでしたわ。……では、失礼あそばせ」
パタン、と扉が閉まる。
残されたのは、絶望する王子と、発狂寸前のヒロインだけだった。
「嘘よ……あいつが十着で、私がゼロ……?」
ニーナの瞳からハイライトが消えた。
「許せない……許せないぃぃ!! 私が主役なのに! なんで悪役令嬢の方がいい服着てるのよぉぉ!!」
「に、ニーナ? 落ち着け?」
「落ち着いてなんかいられない! ドレスよ! ドレスがないと舞踏会に出られないじゃない!」
ニーナはアレクセイの襟首を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「なんとかしてよ王子様なんでしょ!? 魔法とか錬金術とかでドレス出してよぉ!」
「む、無茶を言うな! 私は剣術しか習っていない!」
「役立たずぅぅぅ!!」
ニーナはアレクセイを突き飛ばすと、部屋のカーテンを引きちぎった。
「もういい! これ着る! このベルベットのカーテンを体に巻きつけてドレスにする!」
「そ、それは王家の紋章が入った由緒あるカーテン……!」
「うるさい! 私が着ればトレンドになるのよ!」
ビリビリビリッ!
高価なカーテンが無残な姿に変わっていく。
その時、儀典長が静かに口を開いた。
「あの、殿下。お二人が揉めている間に決定しました」
「な、何がだ?」
「舞踏会の中止です。先ほど、会場の照明代が払えず、電気を止められました」
「……え?」
カーテンを体に巻いたまま、ニーナが固まる。
「会場が真っ暗ですので、開催不可能です」
「……」
長い沈黙の後。
王城に、ニーナの魂の絶叫が響き渡った。
「私のデビューがぁぁぁぁぁ!!!!」
その声は城壁を越え、城下町まで届いたという。
市民たちは空を見上げ、「また王子の愛人が何か喚いているぞ」「平和だな(皮肉)」と肩をすくめた。
こうして、建国以来初めて、国の祭典が「金欠」という理由で中止になった。
歴史書には『カーテン事件』として、恥ずかしい記録が刻まれることになる。
王城の玉座の間(ただし、金目の装飾品はあらかた売却済みで殺風景)にて。
アレクセイ王子は、耳を疑うように聞き返した。
目の前には、過労で頬がこけた儀典長が、遺書のような書類を持って立っている。
「ですから、来月の『建国記念舞踏会』です。中止せざるを得ません」
「馬鹿な! 建国記念舞踏会だぞ!? 国の威信をかけた一大イベントではないか!」
「その威信を飾る金がありません」
儀典長は淡々と告げた。
「会場の設営費、楽団へのギャラ、招待客への飲食費、警備費……見積もりを出しましたが、現在の国庫残高では、クラッカー一つ買えません」
「な、なんだと……」
「これまではローゼン公爵家が『国への寄付』という名目で全額負担していましたが、今年は彼らが不在ですので」
まただ。またユミリアか。
アレクセイは奥歯を噛み締めた。
「くそっ、あいつがいなくなってから、なぜこうも全てがうまくいかんのだ!」
「ユミリア様が全てをうまく回していたからです」
「うるさい! 事実を言うな!」
アレクセイが怒鳴り散らしていると、扉が勢いよく開かれ、ニーナが飛び込んできた。
「アレクセイ様ぁぁぁ!! 大変ですぅぅ!!」
「どうした、私の天使。そんなに血相を変えて」
「ドレス屋さんが! 私の注文を断ったんですぅ!」
ニーナはその場に泣き崩れた。
「私、今度の舞踏会でアレクセイ様の婚約者としてお披露目されるんですよね? だから、『虹色の布にダイヤモンドを散りばめたドレス』を注文したのに!」
「なっ……! 王族の注文を断るとは、不敬にも程がある!」
アレクセイは儀典長を睨みつけた。
「おい、その店主を呼べ! 私が直接言い聞かせてやる!」
◇
数十分後。
王都で一番の高級ドレス店『マダム・シャルロット』の店主が呼び出された。
彼女は優雅に扇を使いながら、悪びれる様子もなく立っている。
「お呼びでしょうか、殿下」
「マダム! どういうことだ! ニーナのドレスを作らないとは!」
「お言葉ですが殿下。当店は『完全前払い制』に変更させていただきました」
マダム・シャルロットは冷ややかに言った。
「ニーナ様のご注文ですと、お値段は金貨五百枚になります。お支払いが確認できれば、喜んでお作りしますわ」
「ご、五百枚……!?」
アレクセイが絶句する。
今の彼の手元には、昨日の夕食代(パン代)すらないのだ。
「ツ、ツケにしろ! 私は王子だぞ! 必ず払う!」
「その『必ず』が、ここ半年守られておりません。王家への未収金は、既に金貨三千枚に達しております」
マダムは懐から分厚い請求書の束を取り出した。
「これまではユミリア様が『王子が恥をかかないように』と、裏でこっそりお支払いくださっていましたが……」
「……っ!」
またしてもユミリアの名前。
アレクセイの顔が屈辱で赤く染まる。
「ユミリア様がいなくなった今、誰がこの代金を保証してくれるのですか? まさか、そこの元侍女の方ですか?」
マダムの視線が、蔑むようにニーナに向けられる。
「ひどい……! 私、元侍女じゃないもん! 未来の王妃だもん!」
ニーナが地団駄を踏む。
「未来のことは存じませんが、現在の貴女様には支払い能力がない。それが現実ですわ」
「うわぁぁぁん! アレクセイ様ぁ! このおばさん意地悪ですぅ! 処刑してくださいぃ!」
「ま、待てニーナ! マダムも、そう言わずに……そこをなんとか……!」
「お断りします。材料費も馬鹿になりませんので」
マダムはきっぱりと断り、踵を返した。
「ああ、それと。ユミリア様からは既に、隣国の舞踏会用にドレスを十着ほど受注しております。現金一括払いで」
「な……十着だと……?」
「『今まで地味な服ばかり着ていたので、これからは反動で着飾ります』と楽しそうでしたわ。……では、失礼あそばせ」
パタン、と扉が閉まる。
残されたのは、絶望する王子と、発狂寸前のヒロインだけだった。
「嘘よ……あいつが十着で、私がゼロ……?」
ニーナの瞳からハイライトが消えた。
「許せない……許せないぃぃ!! 私が主役なのに! なんで悪役令嬢の方がいい服着てるのよぉぉ!!」
「に、ニーナ? 落ち着け?」
「落ち着いてなんかいられない! ドレスよ! ドレスがないと舞踏会に出られないじゃない!」
ニーナはアレクセイの襟首を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「なんとかしてよ王子様なんでしょ!? 魔法とか錬金術とかでドレス出してよぉ!」
「む、無茶を言うな! 私は剣術しか習っていない!」
「役立たずぅぅぅ!!」
ニーナはアレクセイを突き飛ばすと、部屋のカーテンを引きちぎった。
「もういい! これ着る! このベルベットのカーテンを体に巻きつけてドレスにする!」
「そ、それは王家の紋章が入った由緒あるカーテン……!」
「うるさい! 私が着ればトレンドになるのよ!」
ビリビリビリッ!
高価なカーテンが無残な姿に変わっていく。
その時、儀典長が静かに口を開いた。
「あの、殿下。お二人が揉めている間に決定しました」
「な、何がだ?」
「舞踏会の中止です。先ほど、会場の照明代が払えず、電気を止められました」
「……え?」
カーテンを体に巻いたまま、ニーナが固まる。
「会場が真っ暗ですので、開催不可能です」
「……」
長い沈黙の後。
王城に、ニーナの魂の絶叫が響き渡った。
「私のデビューがぁぁぁぁぁ!!!!」
その声は城壁を越え、城下町まで届いたという。
市民たちは空を見上げ、「また王子の愛人が何か喚いているぞ」「平和だな(皮肉)」と肩をすくめた。
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