その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

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祖国の外交室(暖房が止まっているため、全員コートを着ている)にて。

残った数少ない文官たちが、必死の形相で通信魔道具に向かっていた。

「頼む! あと金貨一千枚だけでいいんだ! 来月には必ず返す!」

『お断りします。先月貸した分も返ってきていません』

「そこをなんとか! 王家の名誉にかけて!」

『その「名誉」とやらが、今の市場価格で暴落しているのをご存じない? アレクセイ殿下が「愛で借金は返せる」と豪語したせいで、貴国の信用格付けは「ジャンク級」です』

プツッ。

無慈悲な切断音が響く。

「……ダメだ。西の商業国も、南の農業国も、どこも貸してくれない」

外交官が頭を抱えて机に突っ伏した。

「終わりだ……。明日の王の帰還式典、ファンファーレを鳴らす金すらない……」

「口で言えばいいんじゃないか? 『パパパパーン』って」

「虚しすぎて泣けてくるからやめろ」

彼らの絶望など露知らず、刻一刻と「その時」は迫っていた。



翌日。

長い療養生活を終えた国王・フリードリヒが、意気揚々と王城に帰還した。

「うーむ! やはり我が家は良いものだな! 空気も美味い!」

馬車から降りた王は、大きく深呼吸をした。

病気も完治し、気力体力ともに充実している。

「出迎えご苦労! ……ん? なんだ、人数が少なくないか?」

王は首を傾げた。

いつもなら数百人の兵士と使用人が整列しているはずだが、今日は数十人しかいない。

しかも全員、目が死んでいる。

「ははあ、さてはアレクセイの奴、私を驚かせようとサプライズパーティーでも準備しているのだな?」

王は好意的に解釈し、玉座の間へと足を進めた。

「父上ぇぇぇ!!」

扉を開けると、アレクセイが飛びついてきた。

「おお、アレクセイ! 元気だったか? ……って、なんだその服は?」

王は息子の姿を見てぎょっとした。

アレクセイが着ていたのは、つぎはぎだらけの服(元カーテン)だったからだ。

「これは『愛の貧乏スタイル』です! 最新のトレンドなんですよ!」

「と、トレンド? そうか、最近の若者の流行はわからんな……」

「父上、お帰りなさいませぇ! お土産はありますかぁ?」

後ろから、同じくボロボロのドレスを着たニーナが顔を出す。

「うむ。お前が噂のニーナか。可愛い娘だな。……土産は馬車に積んであるぞ」

「わぁい! 食べ物ですか!? お肉ですか!?」

ニーナが野獣のような目で馬車へ走っていくのを見て、王は若干引いた。

「……まあいい。それよりアレクセイ。ユミリアはどうした? 彼女も一緒ではないのか?」

その名前が出た瞬間。

アレクセイの表情が引きつり、周囲の空気が凍りついた。

「ゆ、ユミリアなら……その、少し長期休暇を……」

「休暇? あの仕事の鬼が? 珍しいこともあるものだ」

王は玉座に座ろうとして――その玉座が、なんだか安っぽい木の椅子に変わっていることに気づいた。

「……おい。私の純金の玉座はどこへ行った?」

「あ、あれは……その、修理に出していまして……」

「修理? 先月新調したばかりだぞ?」

「えーと、座り心地を追求するために、質屋という名の修理工場へ……」

「質屋!? 王家の玉座を質に入れたのか!?」

王が大声を出すと、控えていた財務大臣(生き残り)が進み出た。

彼はもはや隠す気力もなく、真実を告げた。

「陛下。玉座だけではございません。王冠、宝剣、歴代の肖像画、そして城のシャンデリア……すべて売却済みでございます」

「な、なんだと……!? 一体なぜそんなことに!」

「金がないからです」

「金がない!? 国庫には十分な蓄えがあったはずだ! それにローゼン公爵家の支援も!」

「ローゼン公爵家は、国外へ移住されました」

「……は?」

王の思考が停止した。

「移住? どこへ?」

「隣国のガレリア帝国です。先月、アレクセイ殿下がユミリア嬢との婚約を破棄し、『慰謝料と貸付金を一括で払え』という要求にサインされたため、彼らは全財産を引き上げて出て行きました」

「婚約……破棄……?」

王は恐る恐る息子を見た。

アレクセイは視線を泳がせ、口笛を吹こうとして失敗している。

「あ、アレクセイ……? 嘘だよな? あんなに優秀なユミリア嬢を……我が国の生命線であるローゼン家を……手放したわけじゃないよな?」

「ち、父上! 聞いてください! 愛は金よりも尊いのです!」

アレクセイが叫んだ。

「ユミリアは金の話ばかりするつまらない女でした! でもニーナは違います! 彼女は私の心を満たしてくれるのです!」

「心で飯が食えるか馬鹿者!!」

ドゴォッ!!

王の拳が、愛する息子の頬にめり込んだ。

「あべしっ!?」

アレクセイが吹き飛び、壁に激突する。

「貴様……! 何をしたかわかっているのか! ローゼン公爵家がいなければ、この国の経済は三日で止まるんだぞ!」

「三日どころか、既に一ヶ月止まっております」

財務大臣が冷静に補足する。

「現在、我が国の借金は天文学的数字です。近隣諸国からは『踏み倒し国家』として国交を断絶され、国内では暴動が多発。先ほど、城の井戸も料金未払いで差し押さえられました」

「水も飲めんのか!?」

「はい。雨水をお飲みください」

王はガクガクと膝を震わせ、安っぽい木の椅子(玉座の代わり)に崩れ落ちた。

「お、終わった……。私の国が……先祖代々受け継いできた王国が……息子の色恋沙汰一つで……」

「大丈夫ですよ父上!」

鼻血を出したアレクセイが立ち上がる。

「私に考えがあります!」

「……言ってみろ」

「ユミリアを連れ戻せばいいのです! 私が『戻ってこい』と言えば、彼女は喜んで尻尾を振って帰ってきます!」

「……本当か?」

「はい! 実は以前、手紙を出したのですが、彼女は照れ隠しで真っ赤な添削をして返してきました。あれは愛情の裏返しです!」

王はわずかな希望に縋った。

「そうか……まだ脈はあるのだな? よし、ならば今すぐ迎えに行け!」

「えっ、私がですか?」

「当たり前だ! お前が直接行って土下座してこい! 靴の裏を舐めてでも連れ戻せ!」

王は息子の首根っこを掴み、窓の方へと放り投げた。

「行け! ユミリア嬢を連れてくるまで、敷居は跨がせんぞ!」

「ひぃぃ! わかりましたぁ! ニーナ、行くぞ!」

「えー! お肉食べてたのにぃ!」

口の周りを肉汁(備蓄用の干し肉)で汚したニーナが引きずられていく。

二人が去った後、王は天を仰いだ。

「神よ……。もし国が救われたなら、これからは毎日真面目に働きます……。だからどうか、あの馬鹿息子に奇跡を……」

しかし、神様もまた、ローゼン公爵家と共に隣国へ引っ越してしまったようだった。

窓の外では、雷鳴が轟いていた。
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