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「……ふむ。この積み木の重心バランス、及び構造計算……完璧でちゅ」
数年後の、クラウス公爵邸の子供部屋。
そこには、真剣な顔で積み木を積み上げる、銀髪の天使――私たちの息子、レオン(3歳)の姿があった。
「あら、レオン。また構造計算をしているの?」
私が声をかけると、彼はパッと顔を輝かせた。
「あ、ママ! 見てくだちゃい! このタワー、震度5の揺れにも耐えられる設計でちゅ!」
「まあ、素晴らしいわ。基礎部分の補強が合理的ね」
私は息子を抱き上げた。
この子は、クラウス様の容姿と、私の性格(主に数字への執着)を色濃く受け継いでしまっている。
将来が楽しみなような、少し心配なような。
「ただいま、私の愛する二人」
扉が開き、少し白髪が混じり始めたけれど、相変わらず素敵なクラウス様が入ってきた。
「パパ!」
「おお、レオン。今日は何を開発したんだい?」
「自動お片付けロボット……はまだ無理だから、お片付け効率化マニュアルを作りまちた!」
「ははは! 三歳でマニュアル作成とは、末恐ろしいな」
クラウス様はレオンの頭を撫で、そして私の隣に座ってキスをした。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ。……今日も君は美しいな。経年劣化という概念が君には通用しないようだ」
「お上手ですね。減価償却費の計算なら、私の方が得意ですよ?」
私たちは笑い合った。
この数年で、ガレリア帝国の我が領地は飛躍的な発展を遂げた。
私の導入した効率化システムと、クラウス様の発明品が相乗効果を生み、今や大陸一の経済特区となっている。
「そういえば、ユミリア。祖国の弟君から手紙が届いていたよ」
クラウス様が一通の封筒を差し出した。
「ミハイルから? 珍しいですね」
私は封を開けた。
私の弟、ミハイル。
彼は私が去った後、崩壊寸前の祖国を立て直すために奔走し、現在は宰相として実質的に国を取り仕切っている。
『姉上へ。
そちらの景気はいかがでしょうか。こちらは地獄の底からようやく這い上がり、平地が見えてきたところです。
父上(元国王)は隠居し、今は畑で大根を作っています。「土は裏切らない」と悟りを開いたようです。
例の二人(元王子とニーナ)についてですが、北の鉱山で驚異的な適応を見せています。
アレクセイは「筋肉こそ全て」という新興宗教に目覚め、ツルハシ一本で岩盤を砕くマシーンと化しました。
ニーナは食堂のおばちゃんとして君臨し、「残したら殺す」をモットーに囚人たちを支配しています。
二人は毎日喧嘩しながらも、なんだかんだで逞しく生きているようです。
借金完済まであと290年。長生きしてくれることを祈ります。
追伸:姉上の考案した「国債」のおかげで資金繰りが楽になりました。やはり姉上は悪魔……いえ、女神です』
「ふふっ」
読み終えて、私は思わず吹き出した。
「どうした?」
「いえ。みんな、それぞれの場所で『お似合いの人生』を送っているようだわ、と思いまして」
あの二人が鉱山で逞しく生きているとは。
ある意味、彼らもまた「適材適所」を見つけたのかもしれない。
「そうか。それは何よりだ」
クラウス様は穏やかに微笑み、窓の外を眺めた。
広大な領地。
煙を上げる工場。
行き交う人々の笑顔。
「ユミリア。君が来てくれて、本当に良かった」
「……私もです」
私は彼の方に向き直った。
「あの時、婚約破棄されていなければ、私は一生、王城の狭い部屋で数字と格闘するだけの人生でした。こんなに温かい幸せがあるなんて、知ることもなかったでしょう」
私はレオンの手を握り、そしてクラウス様の手を握った。
「今の私は、世界一幸せな元・悪役令嬢です」
「元・悪役令嬢、か。……私の計算では、君は『現・勝利の女神』だが?」
「あら、計算違いですわ。女神ではありません」
私はニッコリと笑い、彼に寄り添った。
「私は、貴方だけの『妻』です」
クラウス様が目を見開き、そして愛おしそうに私を抱きしめる。
レオンが「パパとママ、ラブラブでちゅね~」と呆れつつも笑っている。
夕日が差し込む部屋の中、私の頭の中にある計算機は、静かに電源を落とした。
愛も、幸せも、未来も。
もう、計算する必要なんてないのだから。
だって、答えはもう、ここにあるのだから。
数年後の、クラウス公爵邸の子供部屋。
そこには、真剣な顔で積み木を積み上げる、銀髪の天使――私たちの息子、レオン(3歳)の姿があった。
「あら、レオン。また構造計算をしているの?」
私が声をかけると、彼はパッと顔を輝かせた。
「あ、ママ! 見てくだちゃい! このタワー、震度5の揺れにも耐えられる設計でちゅ!」
「まあ、素晴らしいわ。基礎部分の補強が合理的ね」
私は息子を抱き上げた。
この子は、クラウス様の容姿と、私の性格(主に数字への執着)を色濃く受け継いでしまっている。
将来が楽しみなような、少し心配なような。
「ただいま、私の愛する二人」
扉が開き、少し白髪が混じり始めたけれど、相変わらず素敵なクラウス様が入ってきた。
「パパ!」
「おお、レオン。今日は何を開発したんだい?」
「自動お片付けロボット……はまだ無理だから、お片付け効率化マニュアルを作りまちた!」
「ははは! 三歳でマニュアル作成とは、末恐ろしいな」
クラウス様はレオンの頭を撫で、そして私の隣に座ってキスをした。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ。……今日も君は美しいな。経年劣化という概念が君には通用しないようだ」
「お上手ですね。減価償却費の計算なら、私の方が得意ですよ?」
私たちは笑い合った。
この数年で、ガレリア帝国の我が領地は飛躍的な発展を遂げた。
私の導入した効率化システムと、クラウス様の発明品が相乗効果を生み、今や大陸一の経済特区となっている。
「そういえば、ユミリア。祖国の弟君から手紙が届いていたよ」
クラウス様が一通の封筒を差し出した。
「ミハイルから? 珍しいですね」
私は封を開けた。
私の弟、ミハイル。
彼は私が去った後、崩壊寸前の祖国を立て直すために奔走し、現在は宰相として実質的に国を取り仕切っている。
『姉上へ。
そちらの景気はいかがでしょうか。こちらは地獄の底からようやく這い上がり、平地が見えてきたところです。
父上(元国王)は隠居し、今は畑で大根を作っています。「土は裏切らない」と悟りを開いたようです。
例の二人(元王子とニーナ)についてですが、北の鉱山で驚異的な適応を見せています。
アレクセイは「筋肉こそ全て」という新興宗教に目覚め、ツルハシ一本で岩盤を砕くマシーンと化しました。
ニーナは食堂のおばちゃんとして君臨し、「残したら殺す」をモットーに囚人たちを支配しています。
二人は毎日喧嘩しながらも、なんだかんだで逞しく生きているようです。
借金完済まであと290年。長生きしてくれることを祈ります。
追伸:姉上の考案した「国債」のおかげで資金繰りが楽になりました。やはり姉上は悪魔……いえ、女神です』
「ふふっ」
読み終えて、私は思わず吹き出した。
「どうした?」
「いえ。みんな、それぞれの場所で『お似合いの人生』を送っているようだわ、と思いまして」
あの二人が鉱山で逞しく生きているとは。
ある意味、彼らもまた「適材適所」を見つけたのかもしれない。
「そうか。それは何よりだ」
クラウス様は穏やかに微笑み、窓の外を眺めた。
広大な領地。
煙を上げる工場。
行き交う人々の笑顔。
「ユミリア。君が来てくれて、本当に良かった」
「……私もです」
私は彼の方に向き直った。
「あの時、婚約破棄されていなければ、私は一生、王城の狭い部屋で数字と格闘するだけの人生でした。こんなに温かい幸せがあるなんて、知ることもなかったでしょう」
私はレオンの手を握り、そしてクラウス様の手を握った。
「今の私は、世界一幸せな元・悪役令嬢です」
「元・悪役令嬢、か。……私の計算では、君は『現・勝利の女神』だが?」
「あら、計算違いですわ。女神ではありません」
私はニッコリと笑い、彼に寄り添った。
「私は、貴方だけの『妻』です」
クラウス様が目を見開き、そして愛おしそうに私を抱きしめる。
レオンが「パパとママ、ラブラブでちゅね~」と呆れつつも笑っている。
夕日が差し込む部屋の中、私の頭の中にある計算機は、静かに電源を落とした。
愛も、幸せも、未来も。
もう、計算する必要なんてないのだから。
だって、答えはもう、ここにあるのだから。
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