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「本日の降水確率0%。湿度45%。風速2メートル。……完璧な結婚式日和です」
控室にて、私は窓の外を見上げながら呟いた。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、鏡の前で最終チェックを行っていた。
シルクとレースをふんだんに使った特注のドレスは、重量こそあるものの、計算し尽くされたカッティングのおかげで動きやすい。
「ユミリア様、本当にお綺麗です……!」
メイド長が涙ぐみながらヴェールを整えてくれる。
「ありがとうございます。ですが、泣くと化粧が崩れて修復に5分かかりますよ。感動は式本番までとっておいてください」
「はいっ! でも、どうしても……うぅっ」
使用人たちは皆、私の晴れ姿を見て号泣している。
私がこの屋敷に来てから導入した「業務効率化」と「ボーナス査定制度」のおかげで、彼らの生活水準が向上したからだそうだ。
「お待たせ、ユミリア」
ノックと共に現れたのは、純白のタキシードを着たクラウス様だった。
普段の冷徹な宰相モードはどこへやら、今の彼はただの「デレデレな新郎」だ。
「……言葉が出ないな。私の語彙力辞書から『美しい』以外の単語が消去されたようだ」
「ふふ、また大袈裟な。……でも、貴方様も素敵ですよ。資産価値が3割増しに見えます」
「資産価値か。君らしい褒め言葉だ」
クラウス様が私の手を取り、甲に口づけを落とす。
「行こうか。私たちの新しい人生の、テープカットへ」
◇ ◇ ◇
大聖堂は、溢れんばかりのゲストと、私の指示で配置された「効率的な動線」のおかげで、スムーズに進行していた。
パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、私たちは祭壇へと進む。
神父様が咳払いをした。
「汝、クラウス・フォン・ガレリアは、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、愛し抜くことを誓いますか?」
「誓います。たとえ世界が滅びようとも、彼女だけは守り抜くと」
重い。愛が重い。
参列者の令嬢たちが「きゃあ!」と黄色い声を上げる。
「汝、ユミリア・フォン・ローゼンは、この者を夫とし、富める時も、貧しき時も、愛し抜くことを誓いますか?」
「誓います。ただし『貧しき時』が訪れないよう、全力で家計を黒字化させ、リスクヘッジを行うことを前提とします」
会場からドッと笑いが起きた。
神父様も苦笑いしながら、「……ま、まあ、誓いは成立ということで」と認めてくれた。
指輪の交換。
そして、誓いのキス。
触れ合った唇から伝わる温度は、どんな計算式でも導き出せない「幸福」という名の答えだった。
◇ ◇ ◇
披露宴パーティーは、私が提案した『カタログギフト』が大好評だった。
「おお! この肉、選べるのか!」
「私は魔導掃除機にするわ!」
ゲストたちは引き出物の重さに苦しむことなく、欲しいものを選べる喜びに沸いている。
「大成功だな、ユミリア」
高砂席で、クラウス様がシャンパンを傾ける。
「はい。顧客満足度(CS)は98%を超えています」
その時。
会場の隅にいた執事が、銀盆を持って私たちの元へ近づいてきた。
その表情は少し曇っている。
「失礼いたします、旦那様、奥様。……先ほど、国境警備隊から『急便』が届きまして」
「急便? 祝電か?」
「いえ、それが……差出人は『北の国』からでして」
執事が差し出したのは、泥と煤で汚れた、何とも薄汚い封筒の束だった。
宛名は、ミミズがのたうち回ったような字で『ユミリアへ』と書かれている。
「……ああ、なるほど」
私は一瞬で察した。
元王子アレクセイと、元侍女ニーナ。
そして、元国王からの手紙だ。
「中身を確認しますか?」
執事が尋ねるが、私は首を横に振った。
「必要ありません。どうせ『助けてくれ』『金送れ』『寒くて死にそうだ』という内容でしょう。読むだけで視力が低下する有害図書です」
「では、捨てておきますか?」
「いいえ。資源は大切にしなくては」
私はニッコリと微笑み、会場の中央にある、暖炉(演出用のキャンプファイヤー的なもの)を指差した。
「ちょうど火力が弱まってきたところです。燃料としてリサイクルしましょう」
「……承知いたしました」
執事は心得た顔で、手紙の束を暖炉へと放り込んだ。
ボッ!
乾燥した紙は、実によく燃えた。
赤々とした炎が燃え上がり、パチパチと軽快な音を立てる。
まるで、彼らの悲鳴のように。
『ユミリアぁぁ……(幻聴)』
『寒いよぉぉ……(幻聴)』
私はグラスを掲げた。
「皆様! 暖炉の火が強くなりました! どうぞ温まってください!」
「おお、暖かい!」
「よく燃える薪だなぁ!」
ゲストたちが暖炉の周りに集まり、談笑する。
アレクセイたちの怨嗟の声は、私たちの幸せなパーティーを盛り上げるための、ただの燃料となったのだ。
「……残酷な妻だ」
クラウス様が耳元で囁く。
「でも、最高にスカッとする」
「ふふ、燃焼効率が良くて助かりましたわ。過去のしがらみも、これで完全に灰になりました」
私は燃えカスとなった手紙を見つめ、心の中で告げた。
(さようなら。精々、その熱量で北の氷でも溶かしてくださいね)
「ユミリア。踊ろう」
クラウス様が私を誘う。
「はい、喜んで」
私は彼の手を取り、光の中へと歩み出した。
もう、後ろを振り返ることはない。
私の前には、計算できないほど輝かしい未来と、私を愛してくれる最高のパートナーがいるのだから。
「愛しています、クラウス様」
「私もだ、ユミリア」
私たちは抱き合い、幸せのワルツを踊り続けた。
暖炉の炎が、二人を祝福するように高く、高く燃え上がっていた。
控室にて、私は窓の外を見上げながら呟いた。
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、鏡の前で最終チェックを行っていた。
シルクとレースをふんだんに使った特注のドレスは、重量こそあるものの、計算し尽くされたカッティングのおかげで動きやすい。
「ユミリア様、本当にお綺麗です……!」
メイド長が涙ぐみながらヴェールを整えてくれる。
「ありがとうございます。ですが、泣くと化粧が崩れて修復に5分かかりますよ。感動は式本番までとっておいてください」
「はいっ! でも、どうしても……うぅっ」
使用人たちは皆、私の晴れ姿を見て号泣している。
私がこの屋敷に来てから導入した「業務効率化」と「ボーナス査定制度」のおかげで、彼らの生活水準が向上したからだそうだ。
「お待たせ、ユミリア」
ノックと共に現れたのは、純白のタキシードを着たクラウス様だった。
普段の冷徹な宰相モードはどこへやら、今の彼はただの「デレデレな新郎」だ。
「……言葉が出ないな。私の語彙力辞書から『美しい』以外の単語が消去されたようだ」
「ふふ、また大袈裟な。……でも、貴方様も素敵ですよ。資産価値が3割増しに見えます」
「資産価値か。君らしい褒め言葉だ」
クラウス様が私の手を取り、甲に口づけを落とす。
「行こうか。私たちの新しい人生の、テープカットへ」
◇ ◇ ◇
大聖堂は、溢れんばかりのゲストと、私の指示で配置された「効率的な動線」のおかげで、スムーズに進行していた。
パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、私たちは祭壇へと進む。
神父様が咳払いをした。
「汝、クラウス・フォン・ガレリアは、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、愛し抜くことを誓いますか?」
「誓います。たとえ世界が滅びようとも、彼女だけは守り抜くと」
重い。愛が重い。
参列者の令嬢たちが「きゃあ!」と黄色い声を上げる。
「汝、ユミリア・フォン・ローゼンは、この者を夫とし、富める時も、貧しき時も、愛し抜くことを誓いますか?」
「誓います。ただし『貧しき時』が訪れないよう、全力で家計を黒字化させ、リスクヘッジを行うことを前提とします」
会場からドッと笑いが起きた。
神父様も苦笑いしながら、「……ま、まあ、誓いは成立ということで」と認めてくれた。
指輪の交換。
そして、誓いのキス。
触れ合った唇から伝わる温度は、どんな計算式でも導き出せない「幸福」という名の答えだった。
◇ ◇ ◇
披露宴パーティーは、私が提案した『カタログギフト』が大好評だった。
「おお! この肉、選べるのか!」
「私は魔導掃除機にするわ!」
ゲストたちは引き出物の重さに苦しむことなく、欲しいものを選べる喜びに沸いている。
「大成功だな、ユミリア」
高砂席で、クラウス様がシャンパンを傾ける。
「はい。顧客満足度(CS)は98%を超えています」
その時。
会場の隅にいた執事が、銀盆を持って私たちの元へ近づいてきた。
その表情は少し曇っている。
「失礼いたします、旦那様、奥様。……先ほど、国境警備隊から『急便』が届きまして」
「急便? 祝電か?」
「いえ、それが……差出人は『北の国』からでして」
執事が差し出したのは、泥と煤で汚れた、何とも薄汚い封筒の束だった。
宛名は、ミミズがのたうち回ったような字で『ユミリアへ』と書かれている。
「……ああ、なるほど」
私は一瞬で察した。
元王子アレクセイと、元侍女ニーナ。
そして、元国王からの手紙だ。
「中身を確認しますか?」
執事が尋ねるが、私は首を横に振った。
「必要ありません。どうせ『助けてくれ』『金送れ』『寒くて死にそうだ』という内容でしょう。読むだけで視力が低下する有害図書です」
「では、捨てておきますか?」
「いいえ。資源は大切にしなくては」
私はニッコリと微笑み、会場の中央にある、暖炉(演出用のキャンプファイヤー的なもの)を指差した。
「ちょうど火力が弱まってきたところです。燃料としてリサイクルしましょう」
「……承知いたしました」
執事は心得た顔で、手紙の束を暖炉へと放り込んだ。
ボッ!
乾燥した紙は、実によく燃えた。
赤々とした炎が燃え上がり、パチパチと軽快な音を立てる。
まるで、彼らの悲鳴のように。
『ユミリアぁぁ……(幻聴)』
『寒いよぉぉ……(幻聴)』
私はグラスを掲げた。
「皆様! 暖炉の火が強くなりました! どうぞ温まってください!」
「おお、暖かい!」
「よく燃える薪だなぁ!」
ゲストたちが暖炉の周りに集まり、談笑する。
アレクセイたちの怨嗟の声は、私たちの幸せなパーティーを盛り上げるための、ただの燃料となったのだ。
「……残酷な妻だ」
クラウス様が耳元で囁く。
「でも、最高にスカッとする」
「ふふ、燃焼効率が良くて助かりましたわ。過去のしがらみも、これで完全に灰になりました」
私は燃えカスとなった手紙を見つめ、心の中で告げた。
(さようなら。精々、その熱量で北の氷でも溶かしてくださいね)
「ユミリア。踊ろう」
クラウス様が私を誘う。
「はい、喜んで」
私は彼の手を取り、光の中へと歩み出した。
もう、後ろを振り返ることはない。
私の前には、計算できないほど輝かしい未来と、私を愛してくれる最高のパートナーがいるのだから。
「愛しています、クラウス様」
「私もだ、ユミリア」
私たちは抱き合い、幸せのワルツを踊り続けた。
暖炉の炎が、二人を祝福するように高く、高く燃え上がっていた。
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