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「それでは、第1回『結婚式プロジェクト』定例会議を始めます」
クラウス公爵邸の会議室にて。
私はホワイトボードの前に立ち、集まった関係者(クラウス様、執事、メイド長、プランナー)に向けて宣言した。
「本日のアジェンダは三点。『招待状のデジタル化』『衣装のコストパフォーマンス』そして『ケーキ入刀の必要性について』です」
「……ユミリア?」
上座に座るクラウス様が、苦笑しながら手を挙げた。
「なんだい、その『プロジェクト』というのは。私たちは結婚式の打ち合わせをしているんだよな? ダム建設の会議ではないよな?」
「認識に相違ありません。ですが、結婚式とは大規模な資金と人員を動員する一大イベントです。徹底した工程管理(PM)が必要です」
私は指示棒でホワイトボードを叩いた。
「まず、招待状について。紙に書いて、封蝋をして、郵送する。このプロセスにかかるコストは、一人当たり金貨0.5枚。招待客が500名として、金貨250枚の損失です」
「損失と言うな。経費だ」
「そこで、私が開発した新システムを提案します。こちらをご覧ください」
私は一枚の紙を配った。
そこには、複雑な幾何学模様(現代でいうQRコードのような魔導紋様)が描かれていた。
「『魔導リンクコード』です。これを魔力でスキャンすると、招待客の脳内に直接『〇月×日、来てね』という情報が転送されます」
「……脳内に直接?」
「はい。紙代ゼロ、郵送費ゼロ。さらに『出席』か『欠席』かを念じるだけで、自動的にこちらの集計リストに反映されます。返信ハガキのタイムラグも解消!」
私はドヤ顔で胸を張った。
しかし、会場の反応は芳しくなかった。
プランナーのお姉さんが、引きつった笑顔で口を開く。
「あ、あのぅ……ユミリア様? 確かに便利ですが、情緒といいますか……年配の貴族様が、いきなり脳内に情報を流し込まれたら、心臓発作を起こすのでは?」
「あ」
そのリスク計算が抜けていた。
クラウス様が肩を震わせて笑う。
「くくっ……面白い。君らしい発想だ。だが却下だ」
「な、なぜですか! コスト削減効果は絶大ですが!」
「結婚式は『儀式』だ。手間をかけること自体に意味がある。それに、私が君への愛を綴った招待状を、味気ない信号に変えたくはない」
「……むぅ。『愛』という変数を持ち出されると、反論できません」
「次、衣装について」
私は気を取り直して次の議題へ移った。
「お色直しの回数です。プランでは三回となっていますが、着替えにかかる時間は一回あたり20分。計60分も主役が不在になります。これはホストとして職務放棄では?」
「では、どうするつもりだ?」
「着替えません。最初から最後まで一着で通します。もしくは、リバーシブル機能付きのドレスを開発し、その場で裏返して5秒で変身します」
「忍者の変装か」
メイド長が悲鳴を上げた。
「嫌ですユミリア様ぁ! 一生に一度の晴れ舞台なんですよ!? もっと着飾ってください! 私たち、ユミリア様のドレス姿を見るのが生きがいなんです!」
「ですが、布の無駄遣いが……」
「私が買います!」
クラウス様が断言した。
「君が百着着たいと言えば百着買うし、着替える時間が惜しいなら、時間を止める魔法使いでも雇おう」
「……そこまでいくと、費用対効果が悪すぎます」
「いいんだ。君の美しさを参列者に見せつけるためなら、国家予算を使っても惜しくない」
「ダメです。公私混同は経理担当として許しません」
結局、間をとって「お色直しは一回」「ドレスは最高級品だが、後でリメイクして子供服にできるデザイン」という折衷案で落ち着いた。
「最後に、ケーキ入刀です」
私は腕組みをした。
「あれ、何の意味があるのでしょうか? 二人の共同作業と言いますが、ただナイフを入れるだけです。生産性がありません」
「……まさか、ケーキも廃止する気か?」
「いいえ。どうせなら、もっと生産的な共同作業にすべきです。例えば、二人で『領地の来年度予算案』に調印するとか、新しい工場の『起工式』を兼ねて鍬入れを行うとか」
「結婚式だと言っているだろう!」
ついにクラウス様がツッコミを入れた。
「鍬入れをしてどうする! 泥だらけの花嫁など前代未聞だ!」
「ですが、ケーキは食べてなくなりますが、工場は未来永劫、利益を生み出します!」
「思い出という利益はプライスレスだ!」
会議室は、ロマンチスト(クラウス様&使用人一同)VSリアリスト(私)の激論の場となった。
一時間後。
「……ふぅ。わかりました。私が折れましょう」
私は白旗を上げた。
多勢に無勢。
それに、クラウス様が「どうしても君とケーキを食べさせっこしたいんだ」と子供のように拗ね始めたからだ。
「招待状は紙で。お色直しはする。ケーキも切る。……これでよろしいですね?」
「ああ。それでいい」
クラウス様は満足げに頷き、私の手を取った。
「ユミリア。君が効率を愛するのは知っているが、この日だけは『無駄』を楽しんでくれないか? その無駄こそが、贅沢というものだから」
「……わかりました」
私は小さく溜息をつき、でも少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「その代わり、引き出物は譲りませんよ? 重たい皿なんて誰も喜びません。『選べるカタログギフト(お肉・お魚・魔導具)』にします。これなら満足度100%間違いなしです」
「……ふっ、それくらいは許可しよう。合理的で、実用的だ」
こうして、私たちの結婚式は『ロマンチックと効率化のハイブリッド』という、前代未聞の形式で行われることになった。
準備は山積みだが、不思議と疲労感はない。
むしろ、隣で楽しそうにカタログギフトのお肉を選んでいるクラウス様を見ていると、これも悪くないな、と思えてくるのだ。
「あ、クラウス様。霜降り肉より赤身の方が健康にいいですよ」
「当日はカロリーを気にせず食べるぞ。……愛のエネルギーが必要だからな」
「……意味深な発言は議事録に残せません」
窓の外は快晴。
私たちの未来も、きっと黒字続きの快晴だ。
遠くの北の国で、誰かがツルハシを振るっていることなど、すっかり忘れて。
クラウス公爵邸の会議室にて。
私はホワイトボードの前に立ち、集まった関係者(クラウス様、執事、メイド長、プランナー)に向けて宣言した。
「本日のアジェンダは三点。『招待状のデジタル化』『衣装のコストパフォーマンス』そして『ケーキ入刀の必要性について』です」
「……ユミリア?」
上座に座るクラウス様が、苦笑しながら手を挙げた。
「なんだい、その『プロジェクト』というのは。私たちは結婚式の打ち合わせをしているんだよな? ダム建設の会議ではないよな?」
「認識に相違ありません。ですが、結婚式とは大規模な資金と人員を動員する一大イベントです。徹底した工程管理(PM)が必要です」
私は指示棒でホワイトボードを叩いた。
「まず、招待状について。紙に書いて、封蝋をして、郵送する。このプロセスにかかるコストは、一人当たり金貨0.5枚。招待客が500名として、金貨250枚の損失です」
「損失と言うな。経費だ」
「そこで、私が開発した新システムを提案します。こちらをご覧ください」
私は一枚の紙を配った。
そこには、複雑な幾何学模様(現代でいうQRコードのような魔導紋様)が描かれていた。
「『魔導リンクコード』です。これを魔力でスキャンすると、招待客の脳内に直接『〇月×日、来てね』という情報が転送されます」
「……脳内に直接?」
「はい。紙代ゼロ、郵送費ゼロ。さらに『出席』か『欠席』かを念じるだけで、自動的にこちらの集計リストに反映されます。返信ハガキのタイムラグも解消!」
私はドヤ顔で胸を張った。
しかし、会場の反応は芳しくなかった。
プランナーのお姉さんが、引きつった笑顔で口を開く。
「あ、あのぅ……ユミリア様? 確かに便利ですが、情緒といいますか……年配の貴族様が、いきなり脳内に情報を流し込まれたら、心臓発作を起こすのでは?」
「あ」
そのリスク計算が抜けていた。
クラウス様が肩を震わせて笑う。
「くくっ……面白い。君らしい発想だ。だが却下だ」
「な、なぜですか! コスト削減効果は絶大ですが!」
「結婚式は『儀式』だ。手間をかけること自体に意味がある。それに、私が君への愛を綴った招待状を、味気ない信号に変えたくはない」
「……むぅ。『愛』という変数を持ち出されると、反論できません」
「次、衣装について」
私は気を取り直して次の議題へ移った。
「お色直しの回数です。プランでは三回となっていますが、着替えにかかる時間は一回あたり20分。計60分も主役が不在になります。これはホストとして職務放棄では?」
「では、どうするつもりだ?」
「着替えません。最初から最後まで一着で通します。もしくは、リバーシブル機能付きのドレスを開発し、その場で裏返して5秒で変身します」
「忍者の変装か」
メイド長が悲鳴を上げた。
「嫌ですユミリア様ぁ! 一生に一度の晴れ舞台なんですよ!? もっと着飾ってください! 私たち、ユミリア様のドレス姿を見るのが生きがいなんです!」
「ですが、布の無駄遣いが……」
「私が買います!」
クラウス様が断言した。
「君が百着着たいと言えば百着買うし、着替える時間が惜しいなら、時間を止める魔法使いでも雇おう」
「……そこまでいくと、費用対効果が悪すぎます」
「いいんだ。君の美しさを参列者に見せつけるためなら、国家予算を使っても惜しくない」
「ダメです。公私混同は経理担当として許しません」
結局、間をとって「お色直しは一回」「ドレスは最高級品だが、後でリメイクして子供服にできるデザイン」という折衷案で落ち着いた。
「最後に、ケーキ入刀です」
私は腕組みをした。
「あれ、何の意味があるのでしょうか? 二人の共同作業と言いますが、ただナイフを入れるだけです。生産性がありません」
「……まさか、ケーキも廃止する気か?」
「いいえ。どうせなら、もっと生産的な共同作業にすべきです。例えば、二人で『領地の来年度予算案』に調印するとか、新しい工場の『起工式』を兼ねて鍬入れを行うとか」
「結婚式だと言っているだろう!」
ついにクラウス様がツッコミを入れた。
「鍬入れをしてどうする! 泥だらけの花嫁など前代未聞だ!」
「ですが、ケーキは食べてなくなりますが、工場は未来永劫、利益を生み出します!」
「思い出という利益はプライスレスだ!」
会議室は、ロマンチスト(クラウス様&使用人一同)VSリアリスト(私)の激論の場となった。
一時間後。
「……ふぅ。わかりました。私が折れましょう」
私は白旗を上げた。
多勢に無勢。
それに、クラウス様が「どうしても君とケーキを食べさせっこしたいんだ」と子供のように拗ね始めたからだ。
「招待状は紙で。お色直しはする。ケーキも切る。……これでよろしいですね?」
「ああ。それでいい」
クラウス様は満足げに頷き、私の手を取った。
「ユミリア。君が効率を愛するのは知っているが、この日だけは『無駄』を楽しんでくれないか? その無駄こそが、贅沢というものだから」
「……わかりました」
私は小さく溜息をつき、でも少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「その代わり、引き出物は譲りませんよ? 重たい皿なんて誰も喜びません。『選べるカタログギフト(お肉・お魚・魔導具)』にします。これなら満足度100%間違いなしです」
「……ふっ、それくらいは許可しよう。合理的で、実用的だ」
こうして、私たちの結婚式は『ロマンチックと効率化のハイブリッド』という、前代未聞の形式で行われることになった。
準備は山積みだが、不思議と疲労感はない。
むしろ、隣で楽しそうにカタログギフトのお肉を選んでいるクラウス様を見ていると、これも悪くないな、と思えてくるのだ。
「あ、クラウス様。霜降り肉より赤身の方が健康にいいですよ」
「当日はカロリーを気にせず食べるぞ。……愛のエネルギーが必要だからな」
「……意味深な発言は議事録に残せません」
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