その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

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北の果てにある『強制労働鉱山』。

そこは、吹きすさぶ雪と、岩を砕く音、そして囚人たちのうめき声だけが支配する場所だった。

「つ、着いたぞ……降りろ」

護送馬車から蹴り出されたアレクセイとニーナは、あまりの寒さに身を寄せ合った。

「さ、寒い……! なんだここは! 冷蔵庫の中か!?」

「嫌ぁぁ! 私の肌が乾燥しちゃうぅぅ!」

二人の前に、筋肉ダルマのような現場監督が仁王立ちしていた。

彼は手にした棍棒で自分の掌をパンパンと叩きながら、凶悪な笑みを浮かべた。

「ようこそ、地獄の一丁目へ。俺がここの支配人、ゴルドだ。ここでのルールは一つ。『掘れ、さもなくば食うな』。以上だ」

「ま、待ってくれ!」

アレクセイが震えながら手を挙げた。

「私は元王子だぞ! こんな肉体労働ができるわけがない! 事務仕事とか、管理職とかないのか!」

「ああん? 事務?」

ゴルド監督は鼻で笑った。

「お前、計算できるのか?」

「む……ゆ、ユミリアがいれば……」

「できないなら用済みだ。ここに必要なのは筋肉だけだ」

監督はニーナの方を向いた。

「そっちの女。お前もだ。女だからって容赦はしねぇぞ」

その瞬間、ニーナの目がギラリと光った。

彼女は最後の賭けに出たのだ。

「あのぉ、監督さぁん……」

ニーナは囚人服の襟を少し開け(寒すぎて鳥肌が立っているが)、上目遣いでゴルドにすり寄った。

「私、本当はこんなことする子じゃないんですぅ。全部、ここのバカ王子に騙されて連れてこられただけでぇ……」

彼女は涙をポロリとこぼしてみせた。

「私、か弱い被害者なんです。だからぁ、監督さんが私を助けてくれたらぁ……いろいろ、御礼しちゃいますよぉ?」

露骨な色仕掛け。

アレクセイが「き、貴様!」と叫ぼうとしたが、ゴルド監督はニヤリと笑った。

「ほう。御礼、ねぇ」

「はいっ! 私、マッサージとか得意でぇ……」

「そいつはいい。だがな嬢ちゃん、残念なお知らせがある」

ゴルドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

それは、アレクセイが王都で乱発していた借用書の一部だった。

「これを見てみろ」

「え? なんですかぁ?」

ニーナが覗き込む。

『借用書:金貨五千枚。 借主:アレクセイ 連帯保証人:ニーナ』

そこには、彼女の丸文字のサインがしっかりと記されていた。

「……え?」

ニーナの動きが止まる。

「あ、あれ? これ、いつ書いたっけ……?」

「お前、王都の店で『サインするだけでドレスがもらえるの? ラッキー☆』って書きまくってたろ?」

ゴルドが無慈悲な事実を突きつける。

「連帯保証人ってのはな、借主が払えねぇ時、代わりに全額払う奴のことだ。つまり、お前も『当事者』なんだよ」

「う、嘘ぉぉぉ!!」

ニーナが絶叫する。

「知らなかった! 連帯保証人がなんなのか知らなかったのぉ! ただのファンサービスだと思ってたのにぃ!」

「無知は罪だ。諦めて掘れ」

ゴルドはニーナに錆びたツルハシを放り投げた。

ガシャン!

「いやぁぁぁ! 重いぃぃ! ネイルが割れるぅぅ!」

「安心しろ、すぐに爪なんざ無くなる。指紋もな」

監督のブラックジョークに、ニーナは泡を吹いて倒れそうになった。

「さて、元王子様。お前もだ」

アレクセイにもツルハシが渡される。

「くっ……おのれユミリア……! あいつが借金なんて概念を作らなければ……!」

「まだ人のせいにしてんのか。いいから行け!」

ビシッ!

鞭が空を切り、アレクセイの尻を叩く。

「あだっ! わ、わかった! 掘ればいいんだろう掘れば!」

二人は薄暗い坑道へと追いやられた。

「おい、ニーナ! そっちの岩を持て!」

「やだよ! あんたが持ちなさいよ!」

「私は腰が痛いんだ!」

「私だって筋肉痛よ!」

カンッ、カンッ、カンッ……。

下手くそな手つきで岩を叩く音と、終わりのない罵り合いが、冷たい洞窟に響き渡る。

「……お腹すいた」

「……寒い」

数時間後。

二人は泥と煤にまみれ、ボロ雑巾のように地面にへたり込んでいた。

かつて、王城のバルコニーで愛を叫んだ二人。

ドレスと宝石に囲まれ、贅沢の限りを尽くした二人。

その成れの果てが、この薄汚れた囚人姿だった。

「なぁ、ニーナ……。もし、あの時……」

アレクセイが虚ろな目で呟く。

「ユミリアに謝っていれば……こんなことには……」

「……今更よ」

ニーナもまた、死んだ魚のような目で天井を見上げていた。

「もう、誰も助けてくれないわ。……ここが、私たちの『お城』なのよ」

二人の目から、一筋の涙がこぼれ落ち、頬の泥を濡らした。

それは「真実の愛」などという綺麗なものではなく、ただの後悔のしずくだった。

こうして、元王子と元ヒロインは、歴史の表舞台から姿を消し、北の果てで「数字(ノルマ)」と戦う日々を送ることになった。

借金完済まで、あと299年と364日。
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