その婚約破棄、全力で歓迎します。

パリパリかぷちーの

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「あだっ!」

「きゃっ!」

国境沿いの街道にて。

アレクセイとニーナは、ガレリア帝国の護送馬車から粗大ゴミのように放り出された。

「……二度と来るな、汚物ども」

護送官が冷たく言い放ち、馬車は砂煙を上げて去っていった。

残されたのは、ボロボロの二人と、一本の境界杭だけ。

「い、痛い……。なんて扱いだ……」

アレクセイはよろよろと立ち上がった。

「私は一国の王子だぞ……。あんな扱いをされる覚えはない……」

「あんたのせいよ!」

ニーナが髪(ボサボサ)を振り乱して叫ぶ。

「あんたが『決闘だ』なんてバカなこと言うから! もっと上手く取り入れば、少しはお金をもらえたかもしれないのに!」

「うるさい! お前だって『乗り換える』とか言い出しただろうが! この裏切り者!」

「はんっ! 金のない男に義理立てする趣味はないわよ!」

二人が泥仕合を再開しようとしたその時。

ザッ、ザッ、ザッ……。

地響きのような足音が近づいてきた。

「……あ?」

アレクセイが振り返ると、そこには祖国の近衛兵たちが、槍を構えて待ち構えていた。

「アレクセイ殿下、ならびにニーナ嬢ですね?」

隊長が事務的に確認する。

「お、おお! 迎えに来てくれたのか! さすがは我が国の兵士だ!」

アレクセイは顔を輝かせた。

「苦労したぞ! さあ、早く城へ連れて行け! 風呂だ、まずは風呂と温かいスープを用意しろ!」

「……連行しろ」

「え?」

隊長の合図と共に、兵士たちが二人を取り押さえた。

「おい、何をす……痛い! 手荒な真似をするな!」

「きゃああ! 乱暴しないでぇ!」

「国王陛下がお待ちです。……『逃がすな』との厳命ですので」

隊長の目は、獲物を捕らえた狩人のそれだった。

アレクセイの背筋に、嫌な汗が流れた。

          ◇ ◇ ◇

王城、玉座の間。

かつては豪華絢爛だったこの部屋も、今は売れるものが全て売られ、がらんどうになっていた。

安っぽい木の椅子(仮玉座)に座る国王フリードリヒは、般若のような形相で二人を見下ろしていた。

「……よく戻ったな、恥晒しども」

「ち、父上……! 酷い目に遭いました! ガレリア帝国の奴ら、野蛮で……!」

アレクセイが泣きつこうとするが、王は近くにあった木彫りの熊(唯一売れ残った置物)を投げつけた。

ドゴッ!

「ぶべっ!」

熊がアレクセイの顔面にクリーンヒットする。

「黙れ! 貴様の報告など聞きたくもない!」

王が立ち上がり、怒号を浴びせた。

「貴様、向こうで何をした? 『宣戦布告』されたとはどういうことだ!?」

「えっ? いや、あれは言葉のアヤで……」

「ガレリア帝国から正式な抗議文と共に、賠償請求書が届いたぞ! 『精神的苦痛への慰謝料』『会場清掃費』『空気清浄代』……〆て金貨一万枚だ!!」

「い、一万枚……!?」

アレクセイが白目をむく。

「我が国にそんな金があるわけなかろう! どうするつもりだ! ただでさえ借金まみれなのに!」

「そ、それは……ユミリアに頼めば……」

「まだ言うか貴様は!!」

王は血管が切れそうなほど激昂した。

「ユミリア嬢はもう敵国の公爵夫人(予定)だ! 彼女を怒らせた時点で、我が国は詰んでいるのだ!」

王は深呼吸をし、震える手で一枚の羊皮紙を取り出した。

「……アレクセイ。もはや、庇い立てはできん」

「ち、父上……?」

「本日、ただ今をもって、アレクセイを第一王子の座から廃嫡する」

「……は?」

アレクセイの思考が停止した。

「は、廃嫡……? 嘘ですよね? ドッキリですよね?」

「現実だ。貴様はもう王子ではない。王族籍も剥奪する。今日からただの平民、いや、罪人だ」

「そ、そんな……! 私は次期国王だぞ! 私がいないと国が……!」

「お前がいない方が国のためだ!」

王はバッサリと切り捨てた。

「そしてニーナ。貴様も同罪だ。王族をたぶらかし、国政を混乱させた罪は重い」

「ええーっ! 私、関係ないですぅ! ただ王子についていっただけで……」

「その『ついていった』結果がこれだ。連帯責任を取ってもらう」

王は冷酷に宣告した。

「二人まとめて、北の鉱山送りだ」

「こ、鉱山……!?」

二人が同時に叫ぶ。

北の鉱山。

それは一度入ったら二度と出てこられないと言われる、過酷な強制労働施設だ。

「そこで死ぬまで働き、借金を返せ。計算したところ、不眠不休で働けば300年で完済できるそうだ」

「さ、300年!? 死んでますぅ!」

「知らん。生まれ変わって返せ」

王が手を振ると、屈強な兵士たちが二人をズルズルと引きずり始めた。

「いやだぁぁぁ! 鉱山なんて無理ぃぃ! 私の肌が荒れちゃうぅぅ!」

「父上ぇぇ! 待ってください! 冗談ですよね!? 愛のムチですよね!?」

「愛などない。あるのは『債権回収』の意志だけだ」

王は冷ややかに背を向けた。

「連れて行け。顔も見たくない」

「うわぁぁぁぁ!!」

「助けてぇぇぇ!!」

玉座の間に、二人の断末魔がこだまする。

しかし、誰も助けようとはしなかった。

むしろ、残っていた使用人たちは「やっと静かになる」「ざまぁみろ」と冷ややかな拍手で見送っていた。



数時間後。

アレクセイとニーナは、囚人服(粗末な麻袋のような服)に着替えさせられ、護送用の檻付き馬車に乗せられていた。

「……なんでだ」

アレクセイは鉄格子を掴み、虚ろな目で呟いた。

「私は選ばれた人間のはずだ……。物語の主人公のはずだ……。なんでこんなことに……」

「あんたのせいよ」

向かいに座るニーナが、ドスの利いた声で吐き捨てる。

彼女のトレードマークだったピンクの髪は泥で黒ずみ、かつての可憐さは見る影もない。

「あんたがバカだから! ユミリア様の言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに!」

「なんだと!? お前が『仕事なんてしなくていい』と言ったんだろうが!」

「男なら自分で判断しなさいよ! この甲斐性なし!」

「この悪女め!」

狭い檻の中で、再びキャットファイトが始まる。

ガタゴトと揺れる馬車は、希望のない北の地へと進んでいく。

その道中、彼らは見た。

楽しそうに畑を耕す農民や、貧しいながらも笑い合う家族の姿を。

かつてアレクセイが「パンがないなら愛を食べろ」と見下していた人々だ。

「……腹減った」

アレクセイの腹が鳴る。

しかし、差し出されるのは乾パン(カビ付き)と水だけ。

「これが現実か……」

アレクセイは初めて、自分の足で立つことの意味を――そして、今までどれだけユミリアに支えられていたかを、骨身に染みて理解し始めていた。

遅すぎる後悔と共に。

「ユミリア……。お前が淹れてくれた紅茶、美味しかったな……」

その呟きは、風にかき消され、誰にも届くことはなかった。
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