婚約破棄された悪役令嬢なのに、なぜか求婚される?

パリパリかぷちーの

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「おかえりなさいませ!! 旦那様、奥様!!」

公爵邸の玄関ホールに、使用人たちの絶叫に近い歓声が響き渡った。

セバスチャンはハンカチで目頭を押さえ、ハンナは「生きててよかったぁぁ!」と泣き崩れている。
庭師の筋肉隆々の男たちまで、男泣きに泣いていた。

「……大袈裟ね。ただの二泊三日の小旅行よ(行き先は地下牢だけど)」

私がアイザック様の腕の中から降りようとすると、彼は「駄目だ」と強く抱きしめ直した。

「ローゼンは疲弊している。俺が寝室まで運ぶ」

「疲弊していません。むしろ読書三昧で元気です」

「精神的疲労があるはずだ。……それに、俺が君を離したくない」

アイザック様は堂々と私を抱えたまま、階段を登り始めた。
使用人たちが「ヒューヒュー!」「アツアツですね!」と囃し立てる。

「……恥ずかしいので降ろしてください」

「君が赤くなっている顔を全世界に見せつけたい気分だが……独り占めしたい気持ちが勝った。急ごう」

彼は早足で寝室へと向かった。

 ***

一時間後。
入浴を済ませた私たちは、私の私室(兼リビング)で向かい合っていた。

アイザック様は髪を拭きながら、ラフなシャツ姿でソファに寛いでいる。
血と泥にまみれていた姿は消え、いつもの爽やかな美貌(ただし目つきは鋭い)に戻っていた。

「……生き返った」

彼はテーブルに置かれた皿を見て、恍惚の表情を浮かべた。

そこには、私が約束通り(料理長に指示して)作らせた、具沢山の特製サンドイッチが山積みになっている。
ローストビーフ、アボカド、チーズ、そして新鮮なレタス。

「さあ、ローゼン。食べさせてくれ」

「……はい?」

私は自分の耳を疑った。

「貴方の手は無事ですよね? 箸も持てないほど衰弱しているようには見えませんが」

「心の手が骨折しているんだ。君に会えなかった寂しさでな」

「意味不明です」

「それに、俺は君を地下牢から救い出したヒーローだぞ? これくらいの報酬はあってもいいはずだ」

ずるい。
それを言われると弱い。
確かに、彼が来てくれなかったら、私はまだ地下でカビ臭い空気を吸っていたかもしれない(あれはあれで快適だったが)。

「……わかりました。一回だけですよ」

私はサンドイッチを一切れ手に取り、彼の口元へと運んだ。
アイザック様は、待ちきれない犬のように口を開ける。

パクり。

彼は目を閉じ、ゆっくりと咀嚼し、そして感嘆の息を漏らした。

「……美味い」

「料理長の腕がいいですからね」

「いや、君の『あーん』というスパイスが効いている。……最高だ。魔獣の肉なんて比じゃない」

「魔獣を食べたんですか?」

「比喩だ。……もう一つ頼む」

「一回だけと言いました」

「追加料金を払う」

「……いくらですか?」

「クラーク殿下の破滅」

「商談成立です」

私は二つ目のサンドイッチを手に取った。
これほど魅力的な対価はない。



食事が終わり、アイザック様が人心地ついた頃。
部屋の雰囲気が、ガラリと変わった。

「……さて」

アイザック様が紅茶を一口飲み、カップを置く。
その瞳から、甘い色は消え失せていた。
そこにあるのは、敵を屠るための冷徹な計算と、鋭い殺気。

「始めようか、ローゼン。……明日の法廷での『処刑手順』の確認を」

「ええ。準備は万端です」

私も表情を引き締め、テーブルの上に数枚の書類を広げた。

「まず、今回の私の逮捕容疑である『国家反逆罪(業務妨害)』について」

私は一枚の羊皮紙を指差した。

「これは、私が作成した『王城業務引継書・完全版』の写しです。日付と受領印を見てください」

「ふむ。『○月×日、クラーク王太子受領』とあるな」

「はい。私は辞める際、誰が見てもわかるマニュアルを残しました。それを『読まなかった』あるいは『理解できなかった』のは彼らの過失であり、私の妨害ではありません」

「完璧だ。あいつらの無能さを証明する証拠だな」

「次に、『呪いの藁人形』について」

私は別の書類を取り出した。

「これは、セバスチャンが独自ルートで入手した、王都の闇市にある『怪しい雑貨屋』の販売記録です」

「ほう?」

「『購入者:桃色の髪の女』『購入品:呪いの藁人形セット(初心者用)』『備考:領収書の宛名は王室経費で』」

「……馬鹿なのか?」

アイザック様が呆れて天を仰いだ。
呪いの道具を王室の経費(公金)で買うなど、不正の証拠を残しているようなものだ。

「さらに、この人形に使われていた『ヤモリの干物』ですが……DNA鑑定の結果、王城の裏庭に生息する固有種であることが判明しました」

「……君、いつの間にそんな科学捜査を?」

「地下牢にいる間、看守長にお願いして検体に回してもらいました」

「さすがだ。俺の妻は抜け目がない」

アイザック様は楽しそうに笑い、私の手を取った。

「つまり、状況証拠は全て揃っている。あいつらの捏造も、無能さも、全て白日の下に晒せるわけだ」

「はい。物理的に叩き潰す必要はありません。法廷で事実を陳列するだけで、彼らは自滅します」

「……いや」

アイザック様は首を横に振った。

「それだけでは足りない」

「え?」

「俺は、あいつらが君を『泣かせた』こと(実際は泣いていないが)を、絶対に許さない。……社会的な死だけでは生温い」

彼の目が、妖しく光った。
紫水晶の瞳の奥に、深い闇が見える。

「ローゼン。明日の法廷には、特別なゲストを呼んである」

「ゲスト?」

「ああ。ボルドー男爵だ」

私は驚いた。
先日、私が鉱山送りにしたはずの悪徳代官だ。

「彼が何か?」

「奴を尋問したところ、面白いことを吐いたんだ。『横領した金の一部を、ある貴族に上納していた』とな」

「……まさか」

「その通り。……クラーク王太子だ」

点が線で繋がった。
ボルドー男爵のあの大胆な横領。
クラーク様の羽振りの良さと、ミーナへの高価なプレゼント。
全ては、裏で繋がっていたのだ。

「つまり、王太子は国の金を横領した男から賄賂を受け取り、その見返りに不正を見逃していた……」

「そういうことだ。これはもはや『無能』では済まされない。明確な『犯罪』だ」

アイザック様は、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。

「明日の法廷で、この事実を突きつける。……王族としての地位も、名誉も、未来も。全てを剥奪し、奈落の底へ突き落としてやる」

「……貴方を敵に回さなくて本当によかったと思います」

私は心底そう思った。
この男は、愛する者のためなら、国の中枢すら躊躇なく切り刻む。

「安心しろ。俺の刃が向くのは、君を害する者だけだ」

彼は私の手の甲にキスをした。

「明日は、最高のショーになるぞ。特等席で高みの見物を決め込もうじゃないか」

「……はい。楽しみにしています」

私もまた、口元に冷ややかな笑みを浮かべた。
クラーク様。ミーナ様。
覚悟はいいですか?
貴方がたが始めた茶番劇、私たちが最高のフィナーレで終わらせて差し上げます。

「……あ、そうだローゼン」

「なんですか?」

「明日の法廷だが、服装は例の『戦闘服(紺碧のドレス)』で頼む」

「ええ、そのつもりですが」

「あと、俺の隣でずっと腕を組んでいてくれ。……法廷でのイチャイチャは見せつけ効果が高い」

「……追加料金、弾んでくださいね」

「公爵家の全財産でも構わんよ」

私たちは共犯者のように笑い合った。
明日は決戦の日。
悪役令嬢と魔王による、華麗なる断罪劇の幕が上がる。
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