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「……素晴らしい。この静寂、この温度、そして誰にも邪魔されない空間」
私は地下牢の簡易ベッドの上で、しみじみと呟いた。
「ここは、私が求めていた『理想郷(ユートピア)』かもしれません」
現在、投獄されてから二日目。
私の独房生活は、快適そのものだった。
朝は小鳥のさえずり……ではなく、看守の交代を告げる鐘の音で目覚める。
規則正しい生活。
強制的な労働(クラーク様たちの尻拭い)からの解放。
そして、持ち込んだ大量の積読本。
「ローゼン様、失礼いたします」
鉄格子の向こうから、恐縮した様子の看守長が声をかけてきた。
「本日のランチでございます。厨房の料理長が『不当な扱いは許さん!』と、特製ビーフシチューを作ってくれました」
差し出されたトレイには、湯気の立つシチューと、焼きたてのパン、そして新鮮なサラダが載っている。
牢獄の食事とは思えない豪華さだ。
「ありがとう。……ですが、看守長。貴方の顔色が優れませんね」
私はパンをちぎりながら指摘した。
「は、はい……。実は、シフト表の作成に難航しておりまして……。人手不足で、どうしても夜間の警備に穴が……」
「見せてみなさい」
「えっ? しかし……」
「いいから。暇つぶしです」
私は鉄格子の隙間からシフト表を受け取った。
一瞥する。
3秒で問題点を把握した。
「……非効率です。B班とC班の休憩時間が重複しています。これでは空白時間が生まれて当然です。ここを30分ずらし、代わりにD班を巡回ではなく待機に回せば、要員を二人削減できます」
「な、なるほど……! その手があったとは!」
「ついでに、この書類の計算も間違っています。残業代の計上が一桁足りません。……ブラック企業ですか、ここは?」
「ひぃっ! すぐに修正します!」
私は赤ペン(私物)で修正を入れ、突き返した。
「あ、ありがとうございますローゼン様! 貴女様はやはり、我らの女神だ!」
看守長は涙を流して拝んだ。
周りの看守たちも、「ローゼン様万歳!」「一生ついていきます!」と小声で叫んでいる。
どうやら私は、囚人でありながら、この地下牢の実質的な支配者になってしまったらしい。
*
午後。
私は『西方諸国の経済動向』という難解な本を読んでいた。
(……それにしても、静かね)
地上の方――王城の執務エリアは、今頃阿鼻叫喚の地獄絵図だろう。
クラーク様とミーナが、積み上がった書類の山と格闘し、互いに責任をなすりつけ合っている姿が目に浮かぶ。
「ふふっ」
想像したら、シチューがさらに美味しく感じた。
ざまぁみろ、という感情はあまりない。ただ「因果応報」という自然の摂理を確認して満足しているだけだ。
その時だった。
ズズズズズ……。
突然、地面が微かに揺れた。
「……地震?」
私は本から顔を上げた。
地下なので揺れには敏感だ。
しかし、揺れは一度きりではなく、断続的に続いている。
しかも、徐々に近づいてきているような?
ドォォォォォォン!!
遠くで、何かが破壊されるような爆音が響いた。
「な、なんだ今の音は!?」
看守たちが慌てふためく。
「城門の方だぞ!」
「敵襲か!?」
「いや、伝令によると……たった『一人』だそうだ!」
一人?
この国一番の警備を誇る王城に、単独でカチ込みをかける命知らずがいると?
ドガァァァン!!
爆音が近づく。
悲鳴が聞こえてくる。
「ヒィィィィ! ば、化け物だぁぁ!」
「と、止められない! 魔法が効かないぞ!」
「道を開けろぉぉぉ! 殺されるぞぉぉぉ!」
上の階から、衛兵たちが雪崩を打って逃げてきた。
彼らは蜘蛛の子を散らすように独房エリアを駆け抜け、奥へと逃げ込んでいく。
「お、おい! 何があったんだ!」
看守長が逃げてきた兵士の一人を捕まえて怒鳴る。
「く、来る……! 『魔王』が帰ってきたんだ!」
「魔王?」
「氷の公爵だよ! グランディ閣下が……鬼のような形相で……!!」
その名を聞いた瞬間、その場の空気が凍りついた。
アイザック様。
帰ってきたのか。
予定よりも、3日も早く。
(……早すぎるわよ)
私は呆れると同時に、胸の奥がドキンと跳ねるのを感じた。
ズシン。ズシン。
重い足音が聞こえる。
階段を降りてくる音だ。
一歩踏み出すたびに、冷気が漂ってくるのがわかる。
通路の松明の火が、次々と青白く凍りつき、消えていく。
「……ローゼンは、どこだ」
地獄の底から響くような、低く、掠れた声。
看守たちがガタガタと震え上がり、道を開ける。
その奥から、銀髪の男が現れた。
全身、返り血(魔獣のものだろう)で赤黒く汚れ、髪は乱れ、肩で荒い息をしている。
しかし、その瞳だけは、暗闇の中で爛々と紫色に輝いていた。
「……ア、アイザック様?」
私が声をかけると、彼はビクリと反応し、鉄格子の前にへばりついた。
「ローゼン……!」
「汚いです。血が付いています」
「無事か!? 怪我はないか!? 誰かに虐められていないか!? 飯は食ったか!?」
彼は鉄格子を掴み、マシンガンのように問い詰めてきた。
「無事です。ここは快適でしたし、ご飯も美味しかったです」
「快適……?」
彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに視線が険しくなり、鉄格子を睨みつけた。
「……こんな鉄屑が、俺と君の間を遮っているのが気に入らない」
「えっ、ちょっと待っ……」
止める間もなかった。
バキィッ!!
アイザック様は、素手で、まるで枯れ枝を折るかのように、太い鉄格子を引きちぎった。
さらに、ガゴォン!と扉ごと蹴り飛ばした。
「……開いたぞ」
「……鍵を使えばいいのに、野蛮ですね」
「鍵を探す1秒が惜しい」
アイザック様は独房の中に土足で踏み込み、私を強く抱きしめた。
「ぐっ……苦しいです、アイザック様」
「よかった……生きてる……」
彼の体は冷え切っていたが、震えていた。
鎧越しに伝わる鼓動が、早鐘のように激しい。
「国境で知らせを聞いた時、心臓が止まるかと思った。『ローゼンが国家反逆罪で投獄』だと? ふざけるな」
彼は私の髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「俺がいない間に、よくも俺の宝石をこんな薄暗い箱に閉じ込めてくれたな。……この国の王族は、死に急ぎたいらしい」
殺気。
先ほどのボルドー男爵の時とは比べ物にならない。
本気で国を一つ滅ぼすつもりだ、この男は。
「落ち着いてください。これは私の作戦です」
「作戦?」
「はい。ここで私が大人しく捕まることで、彼らの油断を誘い、かつ不当逮捕の既成事実を作る。……貴方が帰ってきた時の『大義名分』にするためです」
私が説明すると、アイザック様は顔を上げ、ニヤリと凶悪に笑った。
「……なるほど。俺に『暴れる許可』をくれたわけか」
「はい。存分にやってください。ただし、城の修繕費は請求されない範囲で」
「善処する」
アイザック様は、私を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にした。
「さあ、帰るぞローゼン。こんな湿っぽい場所は君に似合わない」
「歩けます」
「駄目だ。床が汚い」
彼は私を抱えたまま、堂々と独房を出た。
「ひぃぃっ……!」
看守たちが壁にへばりついて震えている。
アイザック様は彼らを一瞥し、
「……妻が世話になったな。シチュー、美味かったそうだ」
と、金貨の入った革袋を放り投げた。
「と、とんでもございません! どうぞお通りください!」
「道を開けろ! 魔王様と女神様のお通りだ!」
看守たちの敬礼に見送られ、私たちは地下牢を後にした。
***
階段を上がり、一階の廊下へ。
そこは、すでに半壊していた。
壁には氷の槍が突き刺さり、床は大理石がめくれ上がっている。
どうやら、ここに来るまでに一暴れしてきたらしい。
「……派手にやりましたね」
「虫(衛兵)がうるさかったのでな」
アイザック様は平然と進む。
その前方から、聞き覚えのある悲鳴のような怒号が飛んできた。
「グ、グランディ公爵ーーッ!!」
廊下の向こうから、クラーク王太子とミーナ、そして近衛騎士団が走ってきた。
クラーク様は顔面蒼白で、足が震えている。
「き、貴様! なんの真似だ! 城門を破壊し、衛兵をなぎ倒し、脱獄を手助けするとは……! これこそ国家反逆罪だぞ!」
アイザック様は足を止めた。
私を抱いたまま、ゆっくりとクラーク様を見据える。
「……反逆?」
彼は鼻で笑った。
「俺がいつ、この国に忠誠を誓った? 俺が剣を捧げているのは、この腕の中にいるローゼンただ一人だ」
「なっ……!」
「彼女を害する者は、王だろうが神だろうが、全て俺の敵だ」
アイザック様の周囲に、ヒュウウゥゥと冷たい風が巻き起こる。
廊下の壁が、床が、天井が、瞬く間に凍結していく。
「クラーク殿下。……貴殿には、死よりも重い『絶望』を味わわせてやる」
「ひっ、あ、悪魔……!」
「覚悟しておけ。法廷で会おう」
アイザック様はそれだけ告げると、彼らの横を堂々と通り過ぎていった。
誰も動けない。
近衛騎士たちでさえ、蛇に睨まれた蛙のように硬直し、剣を抜くことすらできなかった。
王城の出口。
眩しい日差しが差し込んでくる。
「……眩しい」
私が目を細めると、アイザック様は優しく日除けを作ってくれた。
「帰ったら、一番に風呂に入ろう。俺も君も」
「そうですね。血の匂いがひどいです」
「それから、君の作ったサンドイッチを食べる。……いいか?」
「……仕方ありませんね。特別に具沢山にしてあげます」
「愛してる」
彼は衆目も気にせず、私の額にキスをした。
こうして、私の優雅な牢獄生活は、魔王の帰還によってわずか二日で幕を閉じた。
だが、本当の戦い――「断罪劇」は、ここからが本番だった。
私は地下牢の簡易ベッドの上で、しみじみと呟いた。
「ここは、私が求めていた『理想郷(ユートピア)』かもしれません」
現在、投獄されてから二日目。
私の独房生活は、快適そのものだった。
朝は小鳥のさえずり……ではなく、看守の交代を告げる鐘の音で目覚める。
規則正しい生活。
強制的な労働(クラーク様たちの尻拭い)からの解放。
そして、持ち込んだ大量の積読本。
「ローゼン様、失礼いたします」
鉄格子の向こうから、恐縮した様子の看守長が声をかけてきた。
「本日のランチでございます。厨房の料理長が『不当な扱いは許さん!』と、特製ビーフシチューを作ってくれました」
差し出されたトレイには、湯気の立つシチューと、焼きたてのパン、そして新鮮なサラダが載っている。
牢獄の食事とは思えない豪華さだ。
「ありがとう。……ですが、看守長。貴方の顔色が優れませんね」
私はパンをちぎりながら指摘した。
「は、はい……。実は、シフト表の作成に難航しておりまして……。人手不足で、どうしても夜間の警備に穴が……」
「見せてみなさい」
「えっ? しかし……」
「いいから。暇つぶしです」
私は鉄格子の隙間からシフト表を受け取った。
一瞥する。
3秒で問題点を把握した。
「……非効率です。B班とC班の休憩時間が重複しています。これでは空白時間が生まれて当然です。ここを30分ずらし、代わりにD班を巡回ではなく待機に回せば、要員を二人削減できます」
「な、なるほど……! その手があったとは!」
「ついでに、この書類の計算も間違っています。残業代の計上が一桁足りません。……ブラック企業ですか、ここは?」
「ひぃっ! すぐに修正します!」
私は赤ペン(私物)で修正を入れ、突き返した。
「あ、ありがとうございますローゼン様! 貴女様はやはり、我らの女神だ!」
看守長は涙を流して拝んだ。
周りの看守たちも、「ローゼン様万歳!」「一生ついていきます!」と小声で叫んでいる。
どうやら私は、囚人でありながら、この地下牢の実質的な支配者になってしまったらしい。
*
午後。
私は『西方諸国の経済動向』という難解な本を読んでいた。
(……それにしても、静かね)
地上の方――王城の執務エリアは、今頃阿鼻叫喚の地獄絵図だろう。
クラーク様とミーナが、積み上がった書類の山と格闘し、互いに責任をなすりつけ合っている姿が目に浮かぶ。
「ふふっ」
想像したら、シチューがさらに美味しく感じた。
ざまぁみろ、という感情はあまりない。ただ「因果応報」という自然の摂理を確認して満足しているだけだ。
その時だった。
ズズズズズ……。
突然、地面が微かに揺れた。
「……地震?」
私は本から顔を上げた。
地下なので揺れには敏感だ。
しかし、揺れは一度きりではなく、断続的に続いている。
しかも、徐々に近づいてきているような?
ドォォォォォォン!!
遠くで、何かが破壊されるような爆音が響いた。
「な、なんだ今の音は!?」
看守たちが慌てふためく。
「城門の方だぞ!」
「敵襲か!?」
「いや、伝令によると……たった『一人』だそうだ!」
一人?
この国一番の警備を誇る王城に、単独でカチ込みをかける命知らずがいると?
ドガァァァン!!
爆音が近づく。
悲鳴が聞こえてくる。
「ヒィィィィ! ば、化け物だぁぁ!」
「と、止められない! 魔法が効かないぞ!」
「道を開けろぉぉぉ! 殺されるぞぉぉぉ!」
上の階から、衛兵たちが雪崩を打って逃げてきた。
彼らは蜘蛛の子を散らすように独房エリアを駆け抜け、奥へと逃げ込んでいく。
「お、おい! 何があったんだ!」
看守長が逃げてきた兵士の一人を捕まえて怒鳴る。
「く、来る……! 『魔王』が帰ってきたんだ!」
「魔王?」
「氷の公爵だよ! グランディ閣下が……鬼のような形相で……!!」
その名を聞いた瞬間、その場の空気が凍りついた。
アイザック様。
帰ってきたのか。
予定よりも、3日も早く。
(……早すぎるわよ)
私は呆れると同時に、胸の奥がドキンと跳ねるのを感じた。
ズシン。ズシン。
重い足音が聞こえる。
階段を降りてくる音だ。
一歩踏み出すたびに、冷気が漂ってくるのがわかる。
通路の松明の火が、次々と青白く凍りつき、消えていく。
「……ローゼンは、どこだ」
地獄の底から響くような、低く、掠れた声。
看守たちがガタガタと震え上がり、道を開ける。
その奥から、銀髪の男が現れた。
全身、返り血(魔獣のものだろう)で赤黒く汚れ、髪は乱れ、肩で荒い息をしている。
しかし、その瞳だけは、暗闇の中で爛々と紫色に輝いていた。
「……ア、アイザック様?」
私が声をかけると、彼はビクリと反応し、鉄格子の前にへばりついた。
「ローゼン……!」
「汚いです。血が付いています」
「無事か!? 怪我はないか!? 誰かに虐められていないか!? 飯は食ったか!?」
彼は鉄格子を掴み、マシンガンのように問い詰めてきた。
「無事です。ここは快適でしたし、ご飯も美味しかったです」
「快適……?」
彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに視線が険しくなり、鉄格子を睨みつけた。
「……こんな鉄屑が、俺と君の間を遮っているのが気に入らない」
「えっ、ちょっと待っ……」
止める間もなかった。
バキィッ!!
アイザック様は、素手で、まるで枯れ枝を折るかのように、太い鉄格子を引きちぎった。
さらに、ガゴォン!と扉ごと蹴り飛ばした。
「……開いたぞ」
「……鍵を使えばいいのに、野蛮ですね」
「鍵を探す1秒が惜しい」
アイザック様は独房の中に土足で踏み込み、私を強く抱きしめた。
「ぐっ……苦しいです、アイザック様」
「よかった……生きてる……」
彼の体は冷え切っていたが、震えていた。
鎧越しに伝わる鼓動が、早鐘のように激しい。
「国境で知らせを聞いた時、心臓が止まるかと思った。『ローゼンが国家反逆罪で投獄』だと? ふざけるな」
彼は私の髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「俺がいない間に、よくも俺の宝石をこんな薄暗い箱に閉じ込めてくれたな。……この国の王族は、死に急ぎたいらしい」
殺気。
先ほどのボルドー男爵の時とは比べ物にならない。
本気で国を一つ滅ぼすつもりだ、この男は。
「落ち着いてください。これは私の作戦です」
「作戦?」
「はい。ここで私が大人しく捕まることで、彼らの油断を誘い、かつ不当逮捕の既成事実を作る。……貴方が帰ってきた時の『大義名分』にするためです」
私が説明すると、アイザック様は顔を上げ、ニヤリと凶悪に笑った。
「……なるほど。俺に『暴れる許可』をくれたわけか」
「はい。存分にやってください。ただし、城の修繕費は請求されない範囲で」
「善処する」
アイザック様は、私を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にした。
「さあ、帰るぞローゼン。こんな湿っぽい場所は君に似合わない」
「歩けます」
「駄目だ。床が汚い」
彼は私を抱えたまま、堂々と独房を出た。
「ひぃぃっ……!」
看守たちが壁にへばりついて震えている。
アイザック様は彼らを一瞥し、
「……妻が世話になったな。シチュー、美味かったそうだ」
と、金貨の入った革袋を放り投げた。
「と、とんでもございません! どうぞお通りください!」
「道を開けろ! 魔王様と女神様のお通りだ!」
看守たちの敬礼に見送られ、私たちは地下牢を後にした。
***
階段を上がり、一階の廊下へ。
そこは、すでに半壊していた。
壁には氷の槍が突き刺さり、床は大理石がめくれ上がっている。
どうやら、ここに来るまでに一暴れしてきたらしい。
「……派手にやりましたね」
「虫(衛兵)がうるさかったのでな」
アイザック様は平然と進む。
その前方から、聞き覚えのある悲鳴のような怒号が飛んできた。
「グ、グランディ公爵ーーッ!!」
廊下の向こうから、クラーク王太子とミーナ、そして近衛騎士団が走ってきた。
クラーク様は顔面蒼白で、足が震えている。
「き、貴様! なんの真似だ! 城門を破壊し、衛兵をなぎ倒し、脱獄を手助けするとは……! これこそ国家反逆罪だぞ!」
アイザック様は足を止めた。
私を抱いたまま、ゆっくりとクラーク様を見据える。
「……反逆?」
彼は鼻で笑った。
「俺がいつ、この国に忠誠を誓った? 俺が剣を捧げているのは、この腕の中にいるローゼンただ一人だ」
「なっ……!」
「彼女を害する者は、王だろうが神だろうが、全て俺の敵だ」
アイザック様の周囲に、ヒュウウゥゥと冷たい風が巻き起こる。
廊下の壁が、床が、天井が、瞬く間に凍結していく。
「クラーク殿下。……貴殿には、死よりも重い『絶望』を味わわせてやる」
「ひっ、あ、悪魔……!」
「覚悟しておけ。法廷で会おう」
アイザック様はそれだけ告げると、彼らの横を堂々と通り過ぎていった。
誰も動けない。
近衛騎士たちでさえ、蛇に睨まれた蛙のように硬直し、剣を抜くことすらできなかった。
王城の出口。
眩しい日差しが差し込んでくる。
「……眩しい」
私が目を細めると、アイザック様は優しく日除けを作ってくれた。
「帰ったら、一番に風呂に入ろう。俺も君も」
「そうですね。血の匂いがひどいです」
「それから、君の作ったサンドイッチを食べる。……いいか?」
「……仕方ありませんね。特別に具沢山にしてあげます」
「愛してる」
彼は衆目も気にせず、私の額にキスをした。
こうして、私の優雅な牢獄生活は、魔王の帰還によってわずか二日で幕を閉じた。
だが、本当の戦い――「断罪劇」は、ここからが本番だった。
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