18 / 28
18
しおりを挟む
王城の地下、最下層。
そこは、国家反逆罪などの重罪人が収容される、特別独房エリアだ。
湿気が多く、薄暗く、誰もが絶望して泣き叫ぶ場所――のはずだった。
「……ふむ。悪くありません」
私は鉄格子の向こうにあるベッド(藁ではなく、簡易マットレス)に腰掛け、頷いた。
「室温18度。湿度は少し高いですが、喉には優しい。そして何より……」
私は耳を澄ませた。
シーン……。
聞こえるのは、時折滴る水滴の音だけ。
「静かです。最高です」
クラーク王太子のヒステリックな声も、ミーナの甲高い猫撫で声も、ここには届かない。
アイザック様の過剰な愛の囁きもないのは少し寂しいが、読書環境としてはSランクだ。
「看守さん」
私は鉄格子越しに、見張り番の兵士に声をかけた。
「は、はいっ! なんでしょうか、公爵夫人!」
看守は直立不動で答えた。
彼は私が設計に関わったこの地下牢の設備担当者で、私のことを「地下牢の女神」と崇拝している(変な)兵士だった。
「照明が少し暗いです。魔導ランプの出力を20%上げてください」
「かしこまりました! すぐに!」
「それと、差し入れは紅茶とスコーンを希望します。ジャムはイチゴで」
「御意! 厨房から焼きたてを強奪して参ります!」
完璧だ。
私は持ち込みを許可された(というか、衛兵が没収し忘れた)魔導書を開き、優雅な独房ライフを開始した。
***
それから数時間後。
私が『古代ルーン文字における呪術的考察』の第三章を読み終えた頃。
カツ、カツ、カツ……。
静寂を破る足音が近づいてきた。
複数人だ。
「……ふん。随分と余裕そうじゃないか、ローゼン」
鉄格子の向こうに現れたのは、クラーク王太子だった。
隣には、意地の悪い笑みを浮かべたミーナと、数名の衛兵。
そして、なぜか神妙な顔をした大神官まで連れている。
「クラーク様。面会時間外ですよ」
私は本から目を離さずに答えた。
「減らず口を! 今日は貴様の罪を確定させるために来たのだ!」
クラーク様は合図をした。
すると、ミーナが一歩前に進み出た。
彼女の手には、古びた木箱が抱えられている。
「ローゼン様……。私、悲しいですぅ」
ミーナは涙を拭う演技をした。
「まさか、こんな恐ろしいものを使って、私たちを呪っていたなんて……」
「呪い?」
私はようやく顔を上げた。
非科学的で非効率的な単語が出てきたからだ。
「これを見てください! 貴女の部屋……いえ、公爵邸の貴女の私室から見つかったものです!」
ミーナが箱を開ける。
中に入っていたのは――藁人形だった。
しかも、金髪の少年の絵が貼り付けられ、胸に五寸釘が打ち込まれているという、非常に古典的かつ趣味の悪い代物だ。
「……なんですか、そのブサイクな人形は」
「ブ、ブサイクですって!?」
クラーク様が叫んだ。
「よく見ろ! 僕の肖像画が貼ってあるだろう! これは僕を呪い殺すための道具だ!」
「……絵心の欠片もありませんね。誰が描いたのですか? 幼稚園児ですか?」
「貴女でしょう! とぼけないでください!」
ミーナが金切り声を上げた。
「さらに、この箱からは『闇の魔力』が検出されました! 大神官様、お願いします!」
大神官がおずおずと進み出て、人形に手をかざした。
「……うむ。確かに、微かだが禍々しい気配を感じる。これは、対象者を不幸にする黒魔術の痕跡と言えるだろう」
「聞いたか、ローゼン!」
クラーク様が鉄格子をバンと叩いた。
「業務妨害だけではない! 王族への呪詛(じゅそ)! これは極刑に値する大罪だ!」
私は本をパタンと閉じ、ため息をついた。
「……詰めが甘いですね」
「な、なに?」
「まず第一に、私はその人形に見覚えがありません。私の部屋から見つかったと言うなら、侵入経路と発見時の状況証拠を提示してください」
「そ、それは……ミーナが見つけたんだ! 『何か嫌な予感がする』と言って!」
「つまり、ミーナ様が持ち込んだ可能性も否定できないということですね」
「失礼な! 私がそんなことするわけないじゃないですかぁ!」
「第二に」
私はミーナを無視して続けた。
「私がもし貴方を呪うなら、そんな不確実な方法は使いません」
「えっ」
「呪いなどというオカルトに頼るより、毒を盛るか、寝込みを襲うか、あるいは貴方の不正の証拠をばら撒いて社会的に抹殺する方が、遥かに確実で効率的です」
「ひっ……」
クラーク様が青ざめて一歩下がる。
「私が本気で貴方を排除しようと思えば、貴方は今頃、呼吸すらできていないでしょう。……藁人形などという、手間とコストに見合わない手段を取る理由がありません」
「き、詭弁だ! 証拠はあるんだ!」
「第三に」
私は大神官を見た。
「その人形から検出された『闇の魔力』……成分分析はしましたか?」
「せ、成分?」
大神官が目を白黒させる。
「その匂い、そして微かな粘着質……。それは闇魔法ではなく、ただの『腐ったヤモリの干物』の粉末ではありませんか?」
「なっ……!?」
大神官が慌てて人形の匂いを嗅ぐ。
「……む!? 確かに、生臭い……。これは魔力というより、単なる有機物の腐敗臭……」
「ええっ!?」
ミーナが悲鳴を上げて箱を取り落とした。
中から、人形と一緒に乾燥したヤモリの死骸がコロリと転がり出た。
「……小細工をするなら、もう少しマシな素材を使いなさい。衛生的にもアウトです」
私は冷ややかに見下ろした。
どうやらミーナは、どこかの怪しい露店で「呪いのグッズ」を買ってきたか、あるいは自分で適当に作ったのだろう。
その程度の知能だ。
「ち、違う! これはカモフラージュだ!」
クラーク様が無理やり話を戻した。
「と、とにかく! お前の部屋からこれが出たという事実が重要なのだ! お前は黒だ!」
「証拠能力ゼロですが」
「うるさい! 僕が黒だと言えば黒なんだ!」
これが、この国の司法のトップ(予定)かと思うと、頭が痛くなる。
もはや論理も法もあったものではない。
「ローゼン・ベルク! この呪詛の罪により、貴様の処刑……もしくは国外追放は免れないぞ!」
クラーク様は勝ち誇ったように宣言した。
「だが、僕も鬼ではない。……取引をしてやろう」
「取引?」
「そうだ。今すぐ罪を認め、僕に泣いて謝罪し、一生僕の奴隷として働くという誓約書にサインしろ。そうすれば、命だけは助けてやる」
彼は懐から、あらかじめ用意していたであろう羊皮紙を取り出した。
そこには『私は無能な悪女です』『クラーク様こそが太陽です』といった、恥ずかしい文言が並んでいるのが見える。
「ミーナも許してくれるよな?」
「ええ、もちろん! ローゼン様が改心して、私たちの下僕になってくださるなら、仲良くしてあげますぅ」
二人はニタニタと笑いながら、私を見ている。
完全に、私が恐怖に屈してサインすると思っているようだ。
私は、ゆっくりと立ち上がり、鉄格子に近づいた。
「……クラーク様」
「なんだ? サインする気になったか?」
「貴方は、本当に馬鹿ですね」
「なっ……!」
私は憐れみの目を向けた。
「私がここでサインをすれば、貴方は一時的に満足するでしょう。ですが、それは『破滅への特急券』ですよ」
「負け惜しみを!」
「いいえ、予言です。……貴方がたは、決して起こしてはいけない『龍』の尾を踏んでしまったのですから」
「龍? 何を言っている?」
「アイザック様のことです」
私がその名を出すと、クラーク様の顔がピクリと引きつった。
「あいつは遠征中だ! 帰ってくる頃には、全て終わっている!」
「彼は帰ってきますよ。貴方がたが想像するよりもずっと早く、ずっと恐ろしい形相で」
私は確信を持って言った。
「私が無実の罪で投獄され、あまつさえこんな茶番劇で脅迫されたと知れば……彼は王城ごと更地にするかもしれませんね」
「は、はったりだ!」
「試してみますか? 私はここで、優雅に紅茶を飲みながら見物させていただきますが」
私の余裕に満ちた態度に、クラーク様たちは気圧されたようだった。
ミーナが不安そうにクラーク様の袖を引く。
「ク、クラーク様……。なんか、ローゼン様、全然怖がってないです……」
「虚勢だ! 放っておけ!」
クラーク様は震える声で怒鳴った。
「いいだろう、ローゼン! そこまで強がるなら、裁判までそこで頭を冷やしていろ! 誰もお前を助けになど来ない!」
「はい、さようなら。……扉は静かに閉めてくださいね」
私は再びベッドに座り、本を開いた。
「くそっ……! 行くぞミーナ!」
二人は足音荒く去っていった。
嵐が去り、再び静寂が戻る。
「……ふぅ。やかましい人たち」
私はページをめくりながら、小さく独り言ちた。
(……さて、アイザック様。準備は整いましたよ)
彼らが「呪いの人形」などという捏造証拠を持ち出したこと。
そして、不当な取引を持ちかけたこと。
これらは全て、後の裁判で彼らを追い詰めるための「決定的な失点」となる。
私は看守が持ってきてくれたスコーンを一口かじった。
「……美味しい」
サクサクとした食感と、イチゴジャムの甘さ。
これが「勝利の味」というやつかもしれない。
だが、私はまだ知らなかった。
私の予想よりも遥かに早く、そして遥かにド派手に、あの男が帰還することを。
***
その頃。
国境付近の戦場。
「死ねぇぇぇ!!」
極大の氷魔法が炸裂し、数百体の魔獣が一瞬で氷像と化した。
「だ、団長閣下……!? まだ開始から10分ですが……!」
副団長が愕然とする中、アイザック・グランディは血走った目で叫んだ。
「遅い! もっと早く片付けるぞ!」
彼は懐から、ローゼンからの手紙(業務連絡)を取り出し、狂気的な笑みを浮かべた。
「ローゼンが……俺の天使が、『早く帰ってこい』と言っている! 『ソファのバランスが悪い』という暗号を使って、俺への愛を叫んでいるんだ!」
「えっ、そうなんですか?(ただの家具の話では?)」
「待っていろローゼン! 今すぐ、音速を超えて帰るからな!!」
ドゴォォォン!!
さらに魔法が炸裂する。
魔獣たちは、「この人間には関わってはいけない」と本能で悟り、逆に逃げ出し始めていた。
「逃がすか! 俺の帰宅時間を短縮するため、まとめて塵になれ!」
鬼神のごとき公爵の帰還まで、あとわずか。
王城が震え上がる時は、刻一刻と迫っていた。
そこは、国家反逆罪などの重罪人が収容される、特別独房エリアだ。
湿気が多く、薄暗く、誰もが絶望して泣き叫ぶ場所――のはずだった。
「……ふむ。悪くありません」
私は鉄格子の向こうにあるベッド(藁ではなく、簡易マットレス)に腰掛け、頷いた。
「室温18度。湿度は少し高いですが、喉には優しい。そして何より……」
私は耳を澄ませた。
シーン……。
聞こえるのは、時折滴る水滴の音だけ。
「静かです。最高です」
クラーク王太子のヒステリックな声も、ミーナの甲高い猫撫で声も、ここには届かない。
アイザック様の過剰な愛の囁きもないのは少し寂しいが、読書環境としてはSランクだ。
「看守さん」
私は鉄格子越しに、見張り番の兵士に声をかけた。
「は、はいっ! なんでしょうか、公爵夫人!」
看守は直立不動で答えた。
彼は私が設計に関わったこの地下牢の設備担当者で、私のことを「地下牢の女神」と崇拝している(変な)兵士だった。
「照明が少し暗いです。魔導ランプの出力を20%上げてください」
「かしこまりました! すぐに!」
「それと、差し入れは紅茶とスコーンを希望します。ジャムはイチゴで」
「御意! 厨房から焼きたてを強奪して参ります!」
完璧だ。
私は持ち込みを許可された(というか、衛兵が没収し忘れた)魔導書を開き、優雅な独房ライフを開始した。
***
それから数時間後。
私が『古代ルーン文字における呪術的考察』の第三章を読み終えた頃。
カツ、カツ、カツ……。
静寂を破る足音が近づいてきた。
複数人だ。
「……ふん。随分と余裕そうじゃないか、ローゼン」
鉄格子の向こうに現れたのは、クラーク王太子だった。
隣には、意地の悪い笑みを浮かべたミーナと、数名の衛兵。
そして、なぜか神妙な顔をした大神官まで連れている。
「クラーク様。面会時間外ですよ」
私は本から目を離さずに答えた。
「減らず口を! 今日は貴様の罪を確定させるために来たのだ!」
クラーク様は合図をした。
すると、ミーナが一歩前に進み出た。
彼女の手には、古びた木箱が抱えられている。
「ローゼン様……。私、悲しいですぅ」
ミーナは涙を拭う演技をした。
「まさか、こんな恐ろしいものを使って、私たちを呪っていたなんて……」
「呪い?」
私はようやく顔を上げた。
非科学的で非効率的な単語が出てきたからだ。
「これを見てください! 貴女の部屋……いえ、公爵邸の貴女の私室から見つかったものです!」
ミーナが箱を開ける。
中に入っていたのは――藁人形だった。
しかも、金髪の少年の絵が貼り付けられ、胸に五寸釘が打ち込まれているという、非常に古典的かつ趣味の悪い代物だ。
「……なんですか、そのブサイクな人形は」
「ブ、ブサイクですって!?」
クラーク様が叫んだ。
「よく見ろ! 僕の肖像画が貼ってあるだろう! これは僕を呪い殺すための道具だ!」
「……絵心の欠片もありませんね。誰が描いたのですか? 幼稚園児ですか?」
「貴女でしょう! とぼけないでください!」
ミーナが金切り声を上げた。
「さらに、この箱からは『闇の魔力』が検出されました! 大神官様、お願いします!」
大神官がおずおずと進み出て、人形に手をかざした。
「……うむ。確かに、微かだが禍々しい気配を感じる。これは、対象者を不幸にする黒魔術の痕跡と言えるだろう」
「聞いたか、ローゼン!」
クラーク様が鉄格子をバンと叩いた。
「業務妨害だけではない! 王族への呪詛(じゅそ)! これは極刑に値する大罪だ!」
私は本をパタンと閉じ、ため息をついた。
「……詰めが甘いですね」
「な、なに?」
「まず第一に、私はその人形に見覚えがありません。私の部屋から見つかったと言うなら、侵入経路と発見時の状況証拠を提示してください」
「そ、それは……ミーナが見つけたんだ! 『何か嫌な予感がする』と言って!」
「つまり、ミーナ様が持ち込んだ可能性も否定できないということですね」
「失礼な! 私がそんなことするわけないじゃないですかぁ!」
「第二に」
私はミーナを無視して続けた。
「私がもし貴方を呪うなら、そんな不確実な方法は使いません」
「えっ」
「呪いなどというオカルトに頼るより、毒を盛るか、寝込みを襲うか、あるいは貴方の不正の証拠をばら撒いて社会的に抹殺する方が、遥かに確実で効率的です」
「ひっ……」
クラーク様が青ざめて一歩下がる。
「私が本気で貴方を排除しようと思えば、貴方は今頃、呼吸すらできていないでしょう。……藁人形などという、手間とコストに見合わない手段を取る理由がありません」
「き、詭弁だ! 証拠はあるんだ!」
「第三に」
私は大神官を見た。
「その人形から検出された『闇の魔力』……成分分析はしましたか?」
「せ、成分?」
大神官が目を白黒させる。
「その匂い、そして微かな粘着質……。それは闇魔法ではなく、ただの『腐ったヤモリの干物』の粉末ではありませんか?」
「なっ……!?」
大神官が慌てて人形の匂いを嗅ぐ。
「……む!? 確かに、生臭い……。これは魔力というより、単なる有機物の腐敗臭……」
「ええっ!?」
ミーナが悲鳴を上げて箱を取り落とした。
中から、人形と一緒に乾燥したヤモリの死骸がコロリと転がり出た。
「……小細工をするなら、もう少しマシな素材を使いなさい。衛生的にもアウトです」
私は冷ややかに見下ろした。
どうやらミーナは、どこかの怪しい露店で「呪いのグッズ」を買ってきたか、あるいは自分で適当に作ったのだろう。
その程度の知能だ。
「ち、違う! これはカモフラージュだ!」
クラーク様が無理やり話を戻した。
「と、とにかく! お前の部屋からこれが出たという事実が重要なのだ! お前は黒だ!」
「証拠能力ゼロですが」
「うるさい! 僕が黒だと言えば黒なんだ!」
これが、この国の司法のトップ(予定)かと思うと、頭が痛くなる。
もはや論理も法もあったものではない。
「ローゼン・ベルク! この呪詛の罪により、貴様の処刑……もしくは国外追放は免れないぞ!」
クラーク様は勝ち誇ったように宣言した。
「だが、僕も鬼ではない。……取引をしてやろう」
「取引?」
「そうだ。今すぐ罪を認め、僕に泣いて謝罪し、一生僕の奴隷として働くという誓約書にサインしろ。そうすれば、命だけは助けてやる」
彼は懐から、あらかじめ用意していたであろう羊皮紙を取り出した。
そこには『私は無能な悪女です』『クラーク様こそが太陽です』といった、恥ずかしい文言が並んでいるのが見える。
「ミーナも許してくれるよな?」
「ええ、もちろん! ローゼン様が改心して、私たちの下僕になってくださるなら、仲良くしてあげますぅ」
二人はニタニタと笑いながら、私を見ている。
完全に、私が恐怖に屈してサインすると思っているようだ。
私は、ゆっくりと立ち上がり、鉄格子に近づいた。
「……クラーク様」
「なんだ? サインする気になったか?」
「貴方は、本当に馬鹿ですね」
「なっ……!」
私は憐れみの目を向けた。
「私がここでサインをすれば、貴方は一時的に満足するでしょう。ですが、それは『破滅への特急券』ですよ」
「負け惜しみを!」
「いいえ、予言です。……貴方がたは、決して起こしてはいけない『龍』の尾を踏んでしまったのですから」
「龍? 何を言っている?」
「アイザック様のことです」
私がその名を出すと、クラーク様の顔がピクリと引きつった。
「あいつは遠征中だ! 帰ってくる頃には、全て終わっている!」
「彼は帰ってきますよ。貴方がたが想像するよりもずっと早く、ずっと恐ろしい形相で」
私は確信を持って言った。
「私が無実の罪で投獄され、あまつさえこんな茶番劇で脅迫されたと知れば……彼は王城ごと更地にするかもしれませんね」
「は、はったりだ!」
「試してみますか? 私はここで、優雅に紅茶を飲みながら見物させていただきますが」
私の余裕に満ちた態度に、クラーク様たちは気圧されたようだった。
ミーナが不安そうにクラーク様の袖を引く。
「ク、クラーク様……。なんか、ローゼン様、全然怖がってないです……」
「虚勢だ! 放っておけ!」
クラーク様は震える声で怒鳴った。
「いいだろう、ローゼン! そこまで強がるなら、裁判までそこで頭を冷やしていろ! 誰もお前を助けになど来ない!」
「はい、さようなら。……扉は静かに閉めてくださいね」
私は再びベッドに座り、本を開いた。
「くそっ……! 行くぞミーナ!」
二人は足音荒く去っていった。
嵐が去り、再び静寂が戻る。
「……ふぅ。やかましい人たち」
私はページをめくりながら、小さく独り言ちた。
(……さて、アイザック様。準備は整いましたよ)
彼らが「呪いの人形」などという捏造証拠を持ち出したこと。
そして、不当な取引を持ちかけたこと。
これらは全て、後の裁判で彼らを追い詰めるための「決定的な失点」となる。
私は看守が持ってきてくれたスコーンを一口かじった。
「……美味しい」
サクサクとした食感と、イチゴジャムの甘さ。
これが「勝利の味」というやつかもしれない。
だが、私はまだ知らなかった。
私の予想よりも遥かに早く、そして遥かにド派手に、あの男が帰還することを。
***
その頃。
国境付近の戦場。
「死ねぇぇぇ!!」
極大の氷魔法が炸裂し、数百体の魔獣が一瞬で氷像と化した。
「だ、団長閣下……!? まだ開始から10分ですが……!」
副団長が愕然とする中、アイザック・グランディは血走った目で叫んだ。
「遅い! もっと早く片付けるぞ!」
彼は懐から、ローゼンからの手紙(業務連絡)を取り出し、狂気的な笑みを浮かべた。
「ローゼンが……俺の天使が、『早く帰ってこい』と言っている! 『ソファのバランスが悪い』という暗号を使って、俺への愛を叫んでいるんだ!」
「えっ、そうなんですか?(ただの家具の話では?)」
「待っていろローゼン! 今すぐ、音速を超えて帰るからな!!」
ドゴォォォン!!
さらに魔法が炸裂する。
魔獣たちは、「この人間には関わってはいけない」と本能で悟り、逆に逃げ出し始めていた。
「逃がすか! 俺の帰宅時間を短縮するため、まとめて塵になれ!」
鬼神のごとき公爵の帰還まで、あとわずか。
王城が震え上がる時は、刻一刻と迫っていた。
23
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる