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煌びやかなシャンデリアが輝く、王立学院の卒業パーティー会場。
その中央で、第一王子アリスティアが、私の目の前でこれ以上ないほど格好をつけたポーズを決めている。
「リューン・ド・ラ・メール! 貴様のような心の醜い女は、我が婚約者に相応しくない。今この瞬間をもって、婚約を破棄させてもらう!」
静まり返る会場。
周囲の貴族たちは、憐れみの視線を私に投げかけ、隣に寄り添う男爵令嬢マリアンヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
……キタ。
ついにキタ。
これだよ、これを待っていたんだよ!
私の心臓は、悲しみではなく、かつてないほどの歓喜で打ち震えていた。
「……本気、なのですか? アリスティア様」
私はあえて声を震わせ、顔を伏せた。
扇で口元を隠すのは、ショックを隠すためではない。ニヤけすぎて頬の筋肉が痙攣しそうになるのを必死で抑えるためだ。
「フン、今更泣いてすがっても遅いぞ。マリアンヌこそが私の真実の愛なのだ」
アリスティア様が、悦に浸った声で追撃してくる。
残念ながら、あなたの顔は一秒たりとも視界に入れていない。
私の脳内に映し出されているのは、ただ一人。
あなたの弟君であり、この世界の奇跡、歩く芸術品、慈愛の結晶――第二王子シエル様のお姿だけだ。
「そんな……。私は、あなたの婚約者として、今日まで必死に……」
「黙れ! 貴様がマリアンヌに数々の嫌がらせをしていた証拠は挙がっているのだぞ!」
アリスティア様が突きつけてきた「証拠」とやらは、どれもこれも身に覚えのないものばかりだ。
というか、嫌がらせをする暇なんてあるわけがない。
私は、シエル様が通学路で落とされたハンカチの繊維を分析したり、シエル様が図書館で座った椅子の角度を記録したりするのに、毎日二十四時間では足りないほど多忙なのだから。
「……わかりました。殿心がそのように決まったのであれば、私のような者に止める権利はございませんわ」
私は絞り出すような声で言い、ゆっくりと顔を上げた。
目には、溢れんばかりの涙を溜めて。
会場からは「ああ、可哀想に」「公爵令嬢としてのプライドがズタズタだ」という囁き声が聞こえる。
違う。これは、この瞬間をもって「王子の婚約者」という重い足枷が外れ、合法的にシエル様の「全肯定追っかけ」に専念できる自由を得たことへの、魂の熱い涙だ。
「お、おい、そんなに泣くほどか? まあ、私という完璧な男を失うのだから、無理もないが……」
少しだけ気圧されたようにアリスティア様が言葉を詰まらせる。
自意識過剰もここまで来ると清々しい。
あなたのことは、シエル様という「本物の太陽」の横で、たまたま一緒に光ってしまっている「ただの岩石」程度にしか思っていない。
「……お幸せに。アリスティア様、そしてマリアンヌ様」
私は深々と、優雅にカーテシーをした。
そして、誰にも悟られない速度で、心の中でガッツポーズを決める。
(これで明日から、シエル様の登校を物陰から見守る『出待ち』が、公式行事による欠席なしで毎日できる!)
(朝のシエル様! 昼のシエル様! 夕暮れ時の、少し物憂げな表情のシエル様!)
(ああ、尊い。尊すぎて世界が輝いて見える。婚約破棄バンザイ。アリスティア様、捨ててくれて本当にありがとう!)
「……リューン? なぜだろう、貴様、泣きながら笑っていないか?」
「気のせいですわ。あまりの衝撃に、表情筋が迷子になっているだけです」
私は凛とした態度で、しかし内心ではスキップせんばかりの足取りで、断罪の場を後にした。
重い扉を閉めた瞬間、私は壁に手をついて激しく呼吸を整える。
「ハァ……ハァ……! 危なかった、危うくその場で『第二王子親衛隊(会員番号一番、私)』の勝利宣言を叫ぶところだった……」
さて、帰宅したらまずは、シエル様との将来を妄想しながら、新しいグッズ製作の計画を立てなければ。
私の本当の人生は、ここから始まるのだ。
まずは、明日。
シエル様が朝食に召し上がる予定の「クロワッサン」と同じものを、王国中のパン屋から買い占めることから始めよう。
「待っていてくださいね、シエル様。あなたの影、もとい、守護霊となるリューンが、今すぐお側へ参りますから!」
夜の静寂に、高笑いを堪えきれない元・悪役令嬢の声が、小さく響き渡った。
その中央で、第一王子アリスティアが、私の目の前でこれ以上ないほど格好をつけたポーズを決めている。
「リューン・ド・ラ・メール! 貴様のような心の醜い女は、我が婚約者に相応しくない。今この瞬間をもって、婚約を破棄させてもらう!」
静まり返る会場。
周囲の貴族たちは、憐れみの視線を私に投げかけ、隣に寄り添う男爵令嬢マリアンヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
……キタ。
ついにキタ。
これだよ、これを待っていたんだよ!
私の心臓は、悲しみではなく、かつてないほどの歓喜で打ち震えていた。
「……本気、なのですか? アリスティア様」
私はあえて声を震わせ、顔を伏せた。
扇で口元を隠すのは、ショックを隠すためではない。ニヤけすぎて頬の筋肉が痙攣しそうになるのを必死で抑えるためだ。
「フン、今更泣いてすがっても遅いぞ。マリアンヌこそが私の真実の愛なのだ」
アリスティア様が、悦に浸った声で追撃してくる。
残念ながら、あなたの顔は一秒たりとも視界に入れていない。
私の脳内に映し出されているのは、ただ一人。
あなたの弟君であり、この世界の奇跡、歩く芸術品、慈愛の結晶――第二王子シエル様のお姿だけだ。
「そんな……。私は、あなたの婚約者として、今日まで必死に……」
「黙れ! 貴様がマリアンヌに数々の嫌がらせをしていた証拠は挙がっているのだぞ!」
アリスティア様が突きつけてきた「証拠」とやらは、どれもこれも身に覚えのないものばかりだ。
というか、嫌がらせをする暇なんてあるわけがない。
私は、シエル様が通学路で落とされたハンカチの繊維を分析したり、シエル様が図書館で座った椅子の角度を記録したりするのに、毎日二十四時間では足りないほど多忙なのだから。
「……わかりました。殿心がそのように決まったのであれば、私のような者に止める権利はございませんわ」
私は絞り出すような声で言い、ゆっくりと顔を上げた。
目には、溢れんばかりの涙を溜めて。
会場からは「ああ、可哀想に」「公爵令嬢としてのプライドがズタズタだ」という囁き声が聞こえる。
違う。これは、この瞬間をもって「王子の婚約者」という重い足枷が外れ、合法的にシエル様の「全肯定追っかけ」に専念できる自由を得たことへの、魂の熱い涙だ。
「お、おい、そんなに泣くほどか? まあ、私という完璧な男を失うのだから、無理もないが……」
少しだけ気圧されたようにアリスティア様が言葉を詰まらせる。
自意識過剰もここまで来ると清々しい。
あなたのことは、シエル様という「本物の太陽」の横で、たまたま一緒に光ってしまっている「ただの岩石」程度にしか思っていない。
「……お幸せに。アリスティア様、そしてマリアンヌ様」
私は深々と、優雅にカーテシーをした。
そして、誰にも悟られない速度で、心の中でガッツポーズを決める。
(これで明日から、シエル様の登校を物陰から見守る『出待ち』が、公式行事による欠席なしで毎日できる!)
(朝のシエル様! 昼のシエル様! 夕暮れ時の、少し物憂げな表情のシエル様!)
(ああ、尊い。尊すぎて世界が輝いて見える。婚約破棄バンザイ。アリスティア様、捨ててくれて本当にありがとう!)
「……リューン? なぜだろう、貴様、泣きながら笑っていないか?」
「気のせいですわ。あまりの衝撃に、表情筋が迷子になっているだけです」
私は凛とした態度で、しかし内心ではスキップせんばかりの足取りで、断罪の場を後にした。
重い扉を閉めた瞬間、私は壁に手をついて激しく呼吸を整える。
「ハァ……ハァ……! 危なかった、危うくその場で『第二王子親衛隊(会員番号一番、私)』の勝利宣言を叫ぶところだった……」
さて、帰宅したらまずは、シエル様との将来を妄想しながら、新しいグッズ製作の計画を立てなければ。
私の本当の人生は、ここから始まるのだ。
まずは、明日。
シエル様が朝食に召し上がる予定の「クロワッサン」と同じものを、王国中のパン屋から買い占めることから始めよう。
「待っていてくださいね、シエル様。あなたの影、もとい、守護霊となるリューンが、今すぐお側へ参りますから!」
夜の静寂に、高笑いを堪えきれない元・悪役令嬢の声が、小さく響き渡った。
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