28 / 28
28
しおりを挟む
王宮の一角、国王執務室のすぐ隣。
そこには、王国の歴史上類を見ない特殊な部屋――『王妃専用・聖域観測室』が存在していた。
「……アニス、見て。今、シエル様がペンを置いて、ふっと窓の外を眺めたわ。あの憂いを帯びた横顔……。光の差し込み具合、まつ毛の角度、首筋のライン……すべてにおいて満点よ。いいえ、五兆点だわ!」
私は、特注の超高性能望遠鏡から目を離さず、手元のノートに猛然とペンを走らせた。
「お嬢様、いいえ王妃様。いい加減に、ご自分の執務に戻ってください。隣で国王陛下が『リューン、まだかな……』って寂しそうにこちらを見ていらっしゃいますよ」
侍女から『王妃付・筆頭監視官』へと役職の変わったアニスが、呆れたように紅茶を置いた。
「寂しそうなシエル様!? それはそれで新しい需要(ニーズ)だわ! アニス、今すぐ記録用の魔導水晶を起動して!」
私が観測室で狂喜乱舞していると、隣の部屋との境にある扉が、音もなく開いた。
「……リューン。またそこで、僕の『観測』をしているの?」
現れたのは、王冠を戴き、漆黒の王衣を纏ったシエル――わが夫にして、永遠の推しである。
「シ、シエルくん! い、いけませんわ、陛下が自らこのような不浄な……いいえ、神聖な観測所に足を運ばれるなんて!」
「ふふ。……君がこっちに来てくれないから、僕が来たんだよ」
シエルくんは私の背後に回り込み、そっと私の腰に腕を回した。
「……ねえ、リューン。さっきの『憂いを帯びた横顔』、そんなに良かった?」
「良かったですわ! 良すぎて、この国に新しい祝日を制定したいくらいですわ!」
「……じゃあ、今度はもっと近くで、君だけに見せてあげる」
シエルくんが私の耳元で、蕩けるような甘い声で囁く。
(……ッッッ!! 公式の、公式による、私だけへのファンサービス……!)
「……ああ、シエルくん。……私、あなたを推し始めてから今日まで、一度だって後悔したことはありませんわ。……あなたが笑えば世界が輝き、あなたが歩けば大地が芽吹く。……あなたは、私の、そしてこの国の太陽なのですわ!」
「……大袈裟だなあ。……でも、君がそう言ってくれるから、僕は王様として頑張れるんだ」
シエルくんは私の額に、慈しむようなキスを落とした。
私たちの結婚から一年。
この国は、驚くほどの平和と繁栄を享受していた。
かつての第一王子、アリスティア様は、地方の古い塔で『自己愛ダンスの理論化』という謎の研究に没頭し、今では「近寄ってはいけない変な人」として、ある意味で有名人になっている。
そしてマリアンヌ様は、私と共に『シエル様・公式ファンクラブ』の運営に携わり、今や王宮のファッションリーダーとして、シエル様の瞳の色の布教に命を懸けていた。
「……リューン。……これからも、僕の隣で、僕のことを一番近くで愛して」
シエルくんが、私の手を自分の胸元に当てた。
そこから伝わってくる、確かな鼓動。
それは、かつて遠くから眺めていた「偶像」ではなく、私と共に生きる「愛する人」の証だった。
「……ええ。……シエルくん。……私は、あなたがシワくちゃのおじいちゃんになっても、杖をついて歩く姿さえも『尊い……!』と拝み続けることを誓いますわ」
「……おじいちゃんになっても、君は変わらなさそうだね」
「当たり前ですわ! 私の愛は、時間も、次元も、常識も超越しているのですから!」
私はシエルくんの腕の中で、満面の笑みを浮かべた。
婚約破棄から始まった、私のドタバタな推し活人生。
それは、最高のパートナーと共に、永遠に続くハッピーエンドへと辿り着いたのだ。
(……見ていてください、世界! 私の推しは、今日も最高に輝いていますわ!)
青い空の下、王宮には今日も、王妃の幸せな絶叫と、王の穏やかな笑い声が響き渡るのであった。
そこには、王国の歴史上類を見ない特殊な部屋――『王妃専用・聖域観測室』が存在していた。
「……アニス、見て。今、シエル様がペンを置いて、ふっと窓の外を眺めたわ。あの憂いを帯びた横顔……。光の差し込み具合、まつ毛の角度、首筋のライン……すべてにおいて満点よ。いいえ、五兆点だわ!」
私は、特注の超高性能望遠鏡から目を離さず、手元のノートに猛然とペンを走らせた。
「お嬢様、いいえ王妃様。いい加減に、ご自分の執務に戻ってください。隣で国王陛下が『リューン、まだかな……』って寂しそうにこちらを見ていらっしゃいますよ」
侍女から『王妃付・筆頭監視官』へと役職の変わったアニスが、呆れたように紅茶を置いた。
「寂しそうなシエル様!? それはそれで新しい需要(ニーズ)だわ! アニス、今すぐ記録用の魔導水晶を起動して!」
私が観測室で狂喜乱舞していると、隣の部屋との境にある扉が、音もなく開いた。
「……リューン。またそこで、僕の『観測』をしているの?」
現れたのは、王冠を戴き、漆黒の王衣を纏ったシエル――わが夫にして、永遠の推しである。
「シ、シエルくん! い、いけませんわ、陛下が自らこのような不浄な……いいえ、神聖な観測所に足を運ばれるなんて!」
「ふふ。……君がこっちに来てくれないから、僕が来たんだよ」
シエルくんは私の背後に回り込み、そっと私の腰に腕を回した。
「……ねえ、リューン。さっきの『憂いを帯びた横顔』、そんなに良かった?」
「良かったですわ! 良すぎて、この国に新しい祝日を制定したいくらいですわ!」
「……じゃあ、今度はもっと近くで、君だけに見せてあげる」
シエルくんが私の耳元で、蕩けるような甘い声で囁く。
(……ッッッ!! 公式の、公式による、私だけへのファンサービス……!)
「……ああ、シエルくん。……私、あなたを推し始めてから今日まで、一度だって後悔したことはありませんわ。……あなたが笑えば世界が輝き、あなたが歩けば大地が芽吹く。……あなたは、私の、そしてこの国の太陽なのですわ!」
「……大袈裟だなあ。……でも、君がそう言ってくれるから、僕は王様として頑張れるんだ」
シエルくんは私の額に、慈しむようなキスを落とした。
私たちの結婚から一年。
この国は、驚くほどの平和と繁栄を享受していた。
かつての第一王子、アリスティア様は、地方の古い塔で『自己愛ダンスの理論化』という謎の研究に没頭し、今では「近寄ってはいけない変な人」として、ある意味で有名人になっている。
そしてマリアンヌ様は、私と共に『シエル様・公式ファンクラブ』の運営に携わり、今や王宮のファッションリーダーとして、シエル様の瞳の色の布教に命を懸けていた。
「……リューン。……これからも、僕の隣で、僕のことを一番近くで愛して」
シエルくんが、私の手を自分の胸元に当てた。
そこから伝わってくる、確かな鼓動。
それは、かつて遠くから眺めていた「偶像」ではなく、私と共に生きる「愛する人」の証だった。
「……ええ。……シエルくん。……私は、あなたがシワくちゃのおじいちゃんになっても、杖をついて歩く姿さえも『尊い……!』と拝み続けることを誓いますわ」
「……おじいちゃんになっても、君は変わらなさそうだね」
「当たり前ですわ! 私の愛は、時間も、次元も、常識も超越しているのですから!」
私はシエルくんの腕の中で、満面の笑みを浮かべた。
婚約破棄から始まった、私のドタバタな推し活人生。
それは、最高のパートナーと共に、永遠に続くハッピーエンドへと辿り着いたのだ。
(……見ていてください、世界! 私の推しは、今日も最高に輝いていますわ!)
青い空の下、王宮には今日も、王妃の幸せな絶叫と、王の穏やかな笑い声が響き渡るのであった。
45
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。
久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる