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結婚式を目前に控え、我が実家であるエデルガルド公爵家から、父と母が様子を見にやってきた。
二人は、かつての私がアキレス殿下の隣で「鉄の女」として、表情一つ変えずに激務をこなしていた姿を誰よりも心配していた人々だ。
「ユーム、無事か! ギルバート公爵に、また無理な教育を押し付けられてはいないか!?」
父様は応接室に入るなり、私の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
その目は、過保護な親特有の悲壮感に満ちている。
「落ち着いてください、お父様。そんなに揺らしては、せっかくの『朝の静寂(マインドフルネス)』で整えた血流が乱れてしまいますわ」
「まいんど……ふるねす? 何を言っているんだ、ユーム。……お前、なんだか以前より、肌が発光していないか?」
隣で心配そうにハンカチを握っていた母様も、私の顔を凝視して驚きの声を上げた。
「まあ、母様。お気づきになりましたの? これこそがホワイトな環境の賜物ですわ。今の私の業務スケジュールは、睡眠八時間、適度な運動、そして一時間の『推し(先生)とのティータイム』が完全にパッケージ化されていますのよ」
「……パッケージ? ユーム、お前、本当に大丈夫なの? ギルバート卿に洗脳されているのでは……」
「洗脳だなんて、失礼ですわ! 先生は、私という人材のポテンシャルを最大限に引き出す、最高のマネージャーなんですのよ。……あ、噂をすれば」
扉が静かに開き、ギルバート先生が極上の笑顔を湛えて入ってきた。
その手には、これまた最高級の羽毛で作られた、特注のストールが握られている。
「失礼します。ユーム、少し窓際が冷えてきました。あなたの体温維持は、我が領地の最優先重要事項です」
先生は流れるような動作で私の肩にストールをかけ、そのまま私の髪に指を通した。
両親の前だというのに、その独占欲を隠すつもりは一ミリもないらしい。
「ギ、ギルバート卿……。お久しぶりです。……あの、娘を随分と……その、大切にしてくださっているようで……」
父様が引き攣った笑顔で挨拶するが、先生は眼鏡をキリリと光らせて答えた。
「当然です、公爵。彼女は私の『終身雇用・最高責任者』ですから。……ユームに一分一秒でもストレスを与える不確定要素は、たとえ神であろうと排除するのが私のホワイトな信条です」
「……神をも排除。……過保護を通り越して、なんだか恐ろしいわ……」
母様が頬に手を当てて困惑している。
以前の私は「厳しくされて当たり前」という環境にいたため、今の「尽くされて当たり前」という状況に、親の方がついていけていないらしい。
「お父様、母様。ご安心ください。私は今、人生で一番効率的に、かつ幸せに働いていますの。……あ、もうすぐお昼寝の時間ですので、よろしければご一緒にいかが? 最新の睡眠導入魔導具を体験できますわよ」
「お、お昼寝……? 昼間から、公爵令嬢が寝るというのか……?」
「いいえ、父様。『戦略的休養』ですわ」
私はビシッと指を立てて訂正した。
父様と母様は、もはや開いた口が塞がらないといった様子で、私と先生を交互に見つめている。
「……あなた、私たちの娘は、もう以前の『耐えるユーム』ではないようね」
「ああ……。なんだか、最強のホワイト・モンスターを育ててしまったような気がするよ、ギルバート卿……」
両親の複雑な視線を浴びながら、私は「ホワイトな娘の姿を見せられて、親孝行ができたわ!」と、晴れやかな気持ちでいっぱいになった。
「さあ、先生。両親も加わっての『合同・戦略的休養』の準備をしましょう! 枕の高さは、もちろんミリ単位で調整をお願いしますわね!」
「ええ。あなたの安眠のためなら、国家予算を投じてでも最高の枕を作り上げましょう」
先生の甘すぎる返答に、両親が揃って「……甘すぎて胃もたれしそうだ」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
エデルガルド家のホワイト化も、案外近いのかもしれない。
二人は、かつての私がアキレス殿下の隣で「鉄の女」として、表情一つ変えずに激務をこなしていた姿を誰よりも心配していた人々だ。
「ユーム、無事か! ギルバート公爵に、また無理な教育を押し付けられてはいないか!?」
父様は応接室に入るなり、私の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
その目は、過保護な親特有の悲壮感に満ちている。
「落ち着いてください、お父様。そんなに揺らしては、せっかくの『朝の静寂(マインドフルネス)』で整えた血流が乱れてしまいますわ」
「まいんど……ふるねす? 何を言っているんだ、ユーム。……お前、なんだか以前より、肌が発光していないか?」
隣で心配そうにハンカチを握っていた母様も、私の顔を凝視して驚きの声を上げた。
「まあ、母様。お気づきになりましたの? これこそがホワイトな環境の賜物ですわ。今の私の業務スケジュールは、睡眠八時間、適度な運動、そして一時間の『推し(先生)とのティータイム』が完全にパッケージ化されていますのよ」
「……パッケージ? ユーム、お前、本当に大丈夫なの? ギルバート卿に洗脳されているのでは……」
「洗脳だなんて、失礼ですわ! 先生は、私という人材のポテンシャルを最大限に引き出す、最高のマネージャーなんですのよ。……あ、噂をすれば」
扉が静かに開き、ギルバート先生が極上の笑顔を湛えて入ってきた。
その手には、これまた最高級の羽毛で作られた、特注のストールが握られている。
「失礼します。ユーム、少し窓際が冷えてきました。あなたの体温維持は、我が領地の最優先重要事項です」
先生は流れるような動作で私の肩にストールをかけ、そのまま私の髪に指を通した。
両親の前だというのに、その独占欲を隠すつもりは一ミリもないらしい。
「ギ、ギルバート卿……。お久しぶりです。……あの、娘を随分と……その、大切にしてくださっているようで……」
父様が引き攣った笑顔で挨拶するが、先生は眼鏡をキリリと光らせて答えた。
「当然です、公爵。彼女は私の『終身雇用・最高責任者』ですから。……ユームに一分一秒でもストレスを与える不確定要素は、たとえ神であろうと排除するのが私のホワイトな信条です」
「……神をも排除。……過保護を通り越して、なんだか恐ろしいわ……」
母様が頬に手を当てて困惑している。
以前の私は「厳しくされて当たり前」という環境にいたため、今の「尽くされて当たり前」という状況に、親の方がついていけていないらしい。
「お父様、母様。ご安心ください。私は今、人生で一番効率的に、かつ幸せに働いていますの。……あ、もうすぐお昼寝の時間ですので、よろしければご一緒にいかが? 最新の睡眠導入魔導具を体験できますわよ」
「お、お昼寝……? 昼間から、公爵令嬢が寝るというのか……?」
「いいえ、父様。『戦略的休養』ですわ」
私はビシッと指を立てて訂正した。
父様と母様は、もはや開いた口が塞がらないといった様子で、私と先生を交互に見つめている。
「……あなた、私たちの娘は、もう以前の『耐えるユーム』ではないようね」
「ああ……。なんだか、最強のホワイト・モンスターを育ててしまったような気がするよ、ギルバート卿……」
両親の複雑な視線を浴びながら、私は「ホワイトな娘の姿を見せられて、親孝行ができたわ!」と、晴れやかな気持ちでいっぱいになった。
「さあ、先生。両親も加わっての『合同・戦略的休養』の準備をしましょう! 枕の高さは、もちろんミリ単位で調整をお願いしますわね!」
「ええ。あなたの安眠のためなら、国家予算を投じてでも最高の枕を作り上げましょう」
先生の甘すぎる返答に、両親が揃って「……甘すぎて胃もたれしそうだ」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
エデルガルド家のホワイト化も、案外近いのかもしれない。
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