悪役令嬢、妃教育を「神・福利厚生」だと勘違いする。

パリパリかぷちーの

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時刻は深夜零時。
結婚式を翌日に控えたというのに、私は自室のデスクで猛烈にペンを走らせていた。
目の前には、これまでの「妃教育」で蓄積した膨大なデータの最終整理ファイルが並んでいる。

「ふふ、これさえ終われば、心置きなく『妻』という新役職に専念できますわ……!」

私は、栄養ドリンク(最高級ハーブ抽出液)をぐいと飲み干した。
独身最後の夜。それは私にとって、未完了のタスクを全て片付けるための、絶好の「追い込み期間」だったのだ。

しかし、その時。
音もなく部屋の扉が開いた。

「……ユーム。こんな時間に、一体何をしているのですか?」

低い、氷点下まで凍りつきそうな声。
振り返ると、そこには寝間着姿……ではなく、完璧な夜会服を着こなしたギルバート先生が立っていた。
その眼鏡の奥の瞳は、これまでに見たことがないほど「厳格な経営者」の光を宿している。

「あ、先生! ちょうど良かったですわ。この『領内エステサロンの価格適正化案』の最終確認を……」

「却下です。……今すぐそのペンを置きなさい」

先生は迷いのない足取りで私に近づくと、私の手から羽ペンを奪い取った。
そのまま、私の腰を引き寄せ、強制的にデスクから引き離す。

「先生!? これはいわゆる『サービス残業』ではありませんわ。私の自主的な……」

「ユーム、我が領地の第一条項を忘れたのですか? 『明日の美しさは、今夜の休息によって作られる』。……結婚式前夜に深夜労働に耽るなど、言語道断。これは重大なコンプライアンス違反です」

先生は私の抗議を無視して、ひょいと私を横抱きにした。
いわゆる「お姫様抱っこ」という、非常に非効率な移動手段である。

「まあ! 先生、私はまだ歩けますわ! 重力に逆らうのはエネルギーの無駄ですわよ!」

「黙っていなさい。……今のあなたは、脳に血が上りすぎて正常な判断ができていない。……強制的に『休息フェーズ』へ移行させます」

先生はそのまま、私をふかふかのベッドへと運んだ。
そして、私をシーツの中に閉じ込めると、自分もその端に腰を下ろした。

「さあ、目を閉じなさい。あなたが眠りにつくまで、私がここで『安眠管理』を行います」

「先生が……管理? それはつまり、監視カメラのような役割でしょうか?」

「いいえ。……もっと個人的で、甘い拘束ですよ」

先生は私の手を握り、その指先にそっと唇を触れさせた。
暗闇の中で、先生のサンダルウッドの香りが濃くなる。
心臓の音が、またしても「定時」を忘れて暴走し始めた。

「……先生、あの。手を握られていると、脳が活性化して逆に眠れない気がしますわ」

「それは『幸福物質』が分泌されている証拠です。そのままリラックスして受け入れなさい。……ユーム、明日は君が世界で一番輝く日だ。……その輝きを曇らせるような真似は、私が絶対に許さない」

先生の言葉は、どんな魔法よりも強力だった。
握られた手の温もりが、私の張り詰めていた「仕事脳」をじわじわと溶かしていく。

(……ああ。これが、先生の言う『究極の福利厚生』なのね……)

私は抵抗するのを諦め、重くなった瞼を閉じた。
意識が遠のく中で、先生が私の耳元で「おやすみなさい、私の可愛い責任者」と囁いた気がした。

一方その頃、砂漠へと向かう道中のアキレス王子。
彼は岩陰で震えながら、冷えたパンをかじっていた。

「……寒い。……ユームなら、今頃魔導ヒーターの温度調節を完璧にこなして、私に温かいスープを出してくれたはずなのに……。ララ、君、火は起こせたのか?」

「……無理ですわ。……マッチを擦るたびに、指の皮が剥けそうで……。ああ、私、もうホワイトな夢しか見られません……」

彼らにとっての「残業(サバイバル)」は、まだ始まったばかりであった。
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