悪役令嬢、妃教育を「神・福利厚生」だと勘違いする。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「まあ、ギルバート様! 見てください、この絶景! 空気が美味しくて、肺の洗浄効率が二割は上昇しそうですわ!」

私は、新婚旅行の最初の目的地である温泉地『ムーンライト・スパ』の駅に降り立ち、大きく深呼吸をした。
隣に立つギルバート様は、私の日傘を優雅に差し出しながら、慈しむような視線を向けてくる。

「ええ。あなたの美しさをさらに磨き上げるために、この地の霊水は欠かせません。……さあ、ユーム。まずは予約しておいた老舗旅館で、移動の疲れを『無効化』しましょう」

「はい! 楽しみですわ!」

私たちは、この地で最も格式高いと言われる旅館『黒鉄(くろがね)屋』へと向かった。
だが、門を潜った瞬間、私の「ホワイト・レーダー」が激しく警報を鳴らし始めた。

「……? ギルバート様、何か、重苦しい波動を感じますわ」

「おや、あなたも気づきましたか。……歓迎の挨拶に来た仲居たちの、あの目の下のクマを」

出迎えてくれたスタッフたちは、皆一様に顔が土色で、笑顔が引き攣っている。
一人は着物の裾が乱れており、もう一人は立ち寝をしそうになって、柱に頭をぶつけていた。

「い、いらっしゃいませぇ……。ようこそ、黒鉄屋へぇ……」

「まあ! あなた、今の発声は肺活量が不足していますわ! もしや、今日の休憩時間はゼロ分ではありませんか!?」

私がいきなり詰め寄ると、仲居さんはビクッと肩を震わせ、涙目で私を見上げた。

「……休憩、ですか? そんな夢のような言葉、この三ヶ月間、聞いておりません……。オーナーが『真実のおもてなしは自己犠牲の上に成り立つ』と仰って……」

「自己犠牲!? まあ、なんて不吉な言葉! それはおもてなしではなく、ただの『人的資源の浪費』ですわ!」

私は即座に、手荷物から予備の「ホワイト改革・チェックリスト」を取り出した。
新婚旅行という名のプライベートな時間ではあるが、プロの元・悪役令嬢として、目の前のブラックな惨状を見過ごすわけにはいかない。

「ギルバート様! 予定を変更しますわ。この旅館を、一時間以内にホワイト化します!」

「ふふ、やはりそう来ましたか。……いいでしょう。あなたの『趣味』に付き合うのも、夫としての義務ですからね。……おい、そこの管理者(オーナー)をここへ呼びなさい。私の妻が、直々に『教育』を施してやる」

ギルバート様が眼鏡を冷たく光らせると、その圧倒的な威圧感に、奥から肥満体のオーナーが転がるように出てきた。

「な、何事ですか、お客様! 我が宿の方針に口出しするなど……!」

「黙りなさい、オーナー。……まず、第一の罪。この仲居さんの肌ツヤが悪い! これは景観を損なう重大な過失ですわ!」

私は扇子でオーナーを指差し、ビシッと言い放った。

「ええっ!? 肌ツヤ!? そんなの、仕事に関係ないでしょう!」

「関係大ありですわ! お客様は癒やしを求めてここへ来るのです。疲れ切った顔の従業員を見て、誰がリラックスできますの? ……ギルバート様、お願いします!」

「承知しました。……マーガレット、部隊を。この旅館の全従業員に、今すぐ『強制的なアロマ・ハンドマッサージ』と『三十分のパワーナップ(仮眠)』を命じる」

影から音もなく現れた我が領地の精鋭メイドたちが、オーナーの抗議を無視して、従業員たちを次々と休憩室へ連行していく。

「な、何を……! 仕事が止まってしまうではないか!」

「止まればよろしいのです。……その間に、私が『効率的なおもてなし』のロジックを叩き込んで差し上げますわ。……さあ、オーナー。まずはその無駄に長い朝礼の廃止と、魔法の雑巾による『掃除の自動化』の承認サインをこちらに」

私は、妃教育の「交渉術」をフル活用し、オーナーを徹底的に論破し始めた。
隣では、ギルバート様がオーナーの背後に立ち、「サインをしないと、この旅館の営業許可を五秒で取り消しますが?」と優しく(物理的に)圧力をかけている。

三十分後。
休憩から戻ってきた従業員たちは、見違えるように顔色が良くなり、動きにキレが戻っていた。

「ま……体が軽い! 笑顔が自然に出ますわ!」

「掃除を魔導具に任せたら、お客様との会話に集中できる……。これが、本当の『おもてなし』……!」

感動に震える従業員たちを眺めながら、私は満足げに頷いた。
オーナーは、ギルバート様の「ホワイトな微笑み(脅し)」に魂を抜かれ、隅っこで「定時退社……残業代……」と呪文のように唱えている。

「ふふ、これで良し。……さあ、ギルバート様。ようやく、お肌に良い温泉に入れますわね!」

「ええ。従業員が健康になったおかげで、お湯の温度管理も完璧になったようです。……ユーム、君は本当に、どこへ行っても輝かしい『光』を振りまく人だ」

ギルバート様は私の腰を引き寄せ、温泉地の夕焼けをバックに、甘いキスを落とした。

その頃、砂漠のオアシスで。
アキレス王子は、渇いた喉を潤そうとして、間違えて砂を飲んでむせていた。

「……ケホッ! ……ユーム……! 今、君の笑い声が風に乗って聞こえた気がする……! ……ああ、誰か……私に、誰かが淹れてくれた、冷たい、毒見済みの水を持ってきてくれぇ……!」

「……殿下、砂は……食べられませんわ……。サボテンの針が……心に刺さる……」

ララ様は、砂漠の熱気で干からびたヒロインの成れの果てとして、今日も地面を這っていた。
ホワイトな救済は、彼らにはまだ、届きそうにない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

婚約破棄します

アズやっこ
恋愛
私は第一王子の婚約者として10年この身を王家に捧げてきた。 厳しい王子妃教育もいつか殿下の隣に立つ為だと思えばこそ耐えられた。殿下の婚約者として恥じないようにといつも心掛けてきた。 だからこそ、私から婚約破棄を言わせていただきます。  ❈ 作者独自の世界観です。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか契約聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。 番外編(編集済み)と、外伝(新作)アップしました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

処理中です...