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新婚旅行の二箇所目は、隣国にある「ルビス魔石鉱山」ですわ。
ここは世界有数の魔石の産地として有名ですが、同時に「一度入ったら生きては戻れぬ黒き奈落」と噂される超ブラックな職場でもありました。
馬車から降りた瞬間、私の鼻を襲ったのは、湿った土の匂いと、絶望に満ちた男たちの溜息でした。
「……ひどいですわ、ギルバート様。あちらを見てください。あの方、ツルを持ったまま立った状態で気絶していますわよ!」
私が指差した先では、全身煤まみれの鉱夫が、魂の抜けたような顔で壁に張り付いていました。
周囲を見渡せば、休憩用のベンチすらなく、水飲み場には「一口につき銅貨一目(いちもく)」という、とんでもないぼったくり価格の看板が掲げられています。
「ふむ。魔石の採掘効率を上げるために、労働者の生存コストを極限まで削っているというわけですか。……経営者として、三流以下の手口ですね」
ギルバート様は眼鏡の位置を直し、冷徹な目線で鉱山の入り口を睨みつけました。
その時、金色の鎖をジャラジャラと鳴らした太った支配人が、揉み手で現れました。
「これはこれは、ヴァレンタイン公爵閣下! 視察とは恐れ多い。さあ、中へどうぞ。……え? そちらの令嬢は? ああ、事務員の方ですか?」
「事務員……? 失礼ね。私はこの方の妻であり、ホワイト経営の最高執行責任者ですわ!」
私がビシッと扇子を広げると、支配人は鼻で笑いました。
「はっはっは! 女子供に鉱山の何がわかる。ここは力と根性の世界。ホワイトだか何だか知りませんが、甘い考えでは魔石は掘り出せませんぞ」
「……あら。力と根性、ですのね? ギルバート様、私、なんだか『教育欲』が湧いてきてしまいましたわ」
「ええ。あなたのその目は、不採算部門を切り捨てるときの私と同じ輝きだ。……好きになさい、ユーム。この鉱山の全権利は、今、私が買い取りました」
「えっ!?」
支配人の顎が外れそうなほど落ちました。
ギルバート様はポケットから、あらかじめ用意していた譲渡契約書をヒラヒラとさせ、慈悲のない微笑みを浮かべました。
「さあ、支配人。あなたは即刻『解雇(クビ)』です。……ユーム、あとは君のステージだ」
「ありがとうございます、ギルバート様! では皆様、注目してください! 本日からこの鉱山は、二十四時間稼働の地獄ではなく、完全予約制の『魔石体験テーマパーク・シャイニング』へと生まれ変わりますわ!」
私の宣言に、呆然としていた鉱夫たちが顔を上げました。
「第一に、採掘は全て最新の『魔導自動ドリル』に任せます! 皆様の役割は、採掘ではありません。……お客様に『わあ、綺麗!』と言ってもらえるよう、キラキラした衣装を着てガイドをすることですわ!」
「……え? 俺たちが、ガイド……?」
「そうですわ! 重労働は機械に、感動は人間に。これこそが高度な職分分担です。……それから、鉱山内には三箇所に『足湯・カフェコーナー』を設置します。もちろん、従業員は利用無料。お肌のケアのための泥パック(魔石成分入り)も完備ですわ!」
「泥パックだとぉ!? 俺たちのこの汚い肌が、綺麗になるのか!?」
「当然です。……さあ、皆様。まずはその煤を落として、特注のキラキラユニフォームに着替えてきてください! 一番いい笑顔で接客できた方には、特別ホワイトボーナスを支給しますわよ!」
「おおおお! やってやる、やってやるぞぉ!」
絶望に満ちていた男たちが、一斉に活気づきました。
有給休暇の概念を知った人間は、これほどまでに強くなれるのです。
数時間後、鉱山は様変わりしていました。
暗い穴倉は魔導灯でライトアップされ、幻想的な空間へと変貌。
鉱夫たちは「ようこそ、煌めきの世界へ」と、白い歯を見せて爽やかに微笑んでいます。
「ユーム、驚きました。観光地化することで、労働時間を減らしつつ、魔石の売却益以上の『入場料収入』を叩き出すとは。……君は、私を超えた天才経営者かもしれませんね」
ギルバート様が、私の腰を引き寄せ、耳元で愛おしそうに囁きました。
「当然ですわ。……幸せな職場には、幸せなお客様が集まる。これが、妃教育……いえ、ホワイト妻教育の真髄ですもの」
新婚旅行の夜。
私たちは、美しくライトアップされた鉱山の入り口で、甘いワインで乾杯をしました。
一方その頃。
砂漠の夜風に吹かれながら、アキレス王子は壊れた魔導コンパスを叩いていました。
「……ユーム……! 今、地下から楽しそうな歌声が聞こえてきた気がする……! ……なぜだ、なぜ私はこんなところで、サボテンの棘で刺青(いたずらがき)をされているんだ……!」
「……殿下……。私、もう……お肌が、砂漠の砂と同じ質感になってしまいましたわ……。ホワイトな……ホワイトな保湿クリームが欲しい……」
ララ様は、砂の上に「HELP」と書こうとして、途中で力尽き、ミイラのようなポーズで固まっていました。
彼らが「ホワイトな救い」の本当の意味に気づくのは、まだ数年先のことになりそうです。
ここは世界有数の魔石の産地として有名ですが、同時に「一度入ったら生きては戻れぬ黒き奈落」と噂される超ブラックな職場でもありました。
馬車から降りた瞬間、私の鼻を襲ったのは、湿った土の匂いと、絶望に満ちた男たちの溜息でした。
「……ひどいですわ、ギルバート様。あちらを見てください。あの方、ツルを持ったまま立った状態で気絶していますわよ!」
私が指差した先では、全身煤まみれの鉱夫が、魂の抜けたような顔で壁に張り付いていました。
周囲を見渡せば、休憩用のベンチすらなく、水飲み場には「一口につき銅貨一目(いちもく)」という、とんでもないぼったくり価格の看板が掲げられています。
「ふむ。魔石の採掘効率を上げるために、労働者の生存コストを極限まで削っているというわけですか。……経営者として、三流以下の手口ですね」
ギルバート様は眼鏡の位置を直し、冷徹な目線で鉱山の入り口を睨みつけました。
その時、金色の鎖をジャラジャラと鳴らした太った支配人が、揉み手で現れました。
「これはこれは、ヴァレンタイン公爵閣下! 視察とは恐れ多い。さあ、中へどうぞ。……え? そちらの令嬢は? ああ、事務員の方ですか?」
「事務員……? 失礼ね。私はこの方の妻であり、ホワイト経営の最高執行責任者ですわ!」
私がビシッと扇子を広げると、支配人は鼻で笑いました。
「はっはっは! 女子供に鉱山の何がわかる。ここは力と根性の世界。ホワイトだか何だか知りませんが、甘い考えでは魔石は掘り出せませんぞ」
「……あら。力と根性、ですのね? ギルバート様、私、なんだか『教育欲』が湧いてきてしまいましたわ」
「ええ。あなたのその目は、不採算部門を切り捨てるときの私と同じ輝きだ。……好きになさい、ユーム。この鉱山の全権利は、今、私が買い取りました」
「えっ!?」
支配人の顎が外れそうなほど落ちました。
ギルバート様はポケットから、あらかじめ用意していた譲渡契約書をヒラヒラとさせ、慈悲のない微笑みを浮かべました。
「さあ、支配人。あなたは即刻『解雇(クビ)』です。……ユーム、あとは君のステージだ」
「ありがとうございます、ギルバート様! では皆様、注目してください! 本日からこの鉱山は、二十四時間稼働の地獄ではなく、完全予約制の『魔石体験テーマパーク・シャイニング』へと生まれ変わりますわ!」
私の宣言に、呆然としていた鉱夫たちが顔を上げました。
「第一に、採掘は全て最新の『魔導自動ドリル』に任せます! 皆様の役割は、採掘ではありません。……お客様に『わあ、綺麗!』と言ってもらえるよう、キラキラした衣装を着てガイドをすることですわ!」
「……え? 俺たちが、ガイド……?」
「そうですわ! 重労働は機械に、感動は人間に。これこそが高度な職分分担です。……それから、鉱山内には三箇所に『足湯・カフェコーナー』を設置します。もちろん、従業員は利用無料。お肌のケアのための泥パック(魔石成分入り)も完備ですわ!」
「泥パックだとぉ!? 俺たちのこの汚い肌が、綺麗になるのか!?」
「当然です。……さあ、皆様。まずはその煤を落として、特注のキラキラユニフォームに着替えてきてください! 一番いい笑顔で接客できた方には、特別ホワイトボーナスを支給しますわよ!」
「おおおお! やってやる、やってやるぞぉ!」
絶望に満ちていた男たちが、一斉に活気づきました。
有給休暇の概念を知った人間は、これほどまでに強くなれるのです。
数時間後、鉱山は様変わりしていました。
暗い穴倉は魔導灯でライトアップされ、幻想的な空間へと変貌。
鉱夫たちは「ようこそ、煌めきの世界へ」と、白い歯を見せて爽やかに微笑んでいます。
「ユーム、驚きました。観光地化することで、労働時間を減らしつつ、魔石の売却益以上の『入場料収入』を叩き出すとは。……君は、私を超えた天才経営者かもしれませんね」
ギルバート様が、私の腰を引き寄せ、耳元で愛おしそうに囁きました。
「当然ですわ。……幸せな職場には、幸せなお客様が集まる。これが、妃教育……いえ、ホワイト妻教育の真髄ですもの」
新婚旅行の夜。
私たちは、美しくライトアップされた鉱山の入り口で、甘いワインで乾杯をしました。
一方その頃。
砂漠の夜風に吹かれながら、アキレス王子は壊れた魔導コンパスを叩いていました。
「……ユーム……! 今、地下から楽しそうな歌声が聞こえてきた気がする……! ……なぜだ、なぜ私はこんなところで、サボテンの棘で刺青(いたずらがき)をされているんだ……!」
「……殿下……。私、もう……お肌が、砂漠の砂と同じ質感になってしまいましたわ……。ホワイトな……ホワイトな保湿クリームが欲しい……」
ララ様は、砂の上に「HELP」と書こうとして、途中で力尽き、ミイラのようなポーズで固まっていました。
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