婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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クラウス様が去った後、私はしばらく自分の右手を眺めていた。


「……騎士の手って、あんなに硬いものなんですのね」


指先に残る、吸い付くような熱。
いけない、これではまるでお菓子を待つ幼女のようではないか。
私はぶんぶんと首を振り、残りのハニートーストを口に押し込んだ。


その時だった。
階下から、何やら騒がしい足音と、聞き覚えのある高慢な声が響いてきた。


「どけ! 俺とミカの間に、儀礼など不要だ! 彼女は今、俺への愛に悶え苦しんでいるのだぞ!」


「あ、お待ちください殿下! お嬢様は今、非常に繊細な……ああっ!」


メアリの悲鳴に近い制止を振り切り、扉が乱暴に蹴破られた。
……この屋敷の扉は、いつから通行自由の門になったのかしら。


そこに立っていたのは、金髪をこれでもかと光り輝かせ、仰々しいマントを翻したウィルフレッド王子だった。


(……ゲッ、本物が来たわ)


私はハニートーストの皿を咄嗟にベッドの下へ蹴り込み、同時にシーツを頭から被った。
瞬時に「悲劇のヒロイン・モード」起動である。


「……殿下? どうしてここに……」


私は震える声で、シーツの中から呟いた。


「ミカ! やはりそうか! 暗い部屋に閉じこもり、俺の名前を呼んで泣いていたのだな!」


王子は部屋に入るなり、壁に掛かった鏡をチラリと見て前髪を整えた。
それから、私の枕元まで大股で歩み寄ってくる。


「安心しろ。ルルとの仲は順調だが、お前があまりにも哀れだという報告を受けてな。特別に、俺の最新の肖像画を持ってきてやったぞ」


王子がバサリと広げたのは、実物よりも三割増しでキラキラした、自分の等身大肖像画だった。


「これを飾れ。俺に見守られていると思えば、絶望の夜も越えられるだろう?」


(……燃やしていいかしら。今すぐ暖炉に放り込んでいいかしら)


私はシーツの下で拳を握りしめた。
けれど、ここで怒り狂っては「吹っ切れた姿」を露呈してしまう。
私は細い、消え入りそうな声を出した。


「……お心遣い、痛み入りますわ。……でも、今の私には、その眩しすぎるお姿を直視する勇気がございませんの。……どうか、お引き取りくださいませ」


「ふっ、相変わらず謙虚な女だ。……ん? ところでミカ。この部屋、なんだか……」


王子が鼻をヒクつかせた。
私は心臓が止まるかと思った。
ハニートーストの甘い香りが、まだ部屋に充満している。


「……なんだか、甘い匂いがしないか? まるで、蜂蜜をたっぷりかけたパンのような……」


「……気のせいですわ。それは、私が殿下との甘い思い出を噛み締めているから……いえ、吐き出しているから……あ、違う、思い出しているからですわ」


「ほう。思い出が匂い立つとは、流石は俺を愛した女だ。……だが、それだけではないな。何か、男の気配を感じるぞ」


王子の瞳が、不意に鋭くなった。
彼は部屋の隅に置かれた、クラウスが脱ぎ捨てていった(フリをした)手袋を指差した。


(しまっ……! あいつ、わざと置いていったわね!?)


「これは……近衛騎士団の備品ではないか。なぜお前の部屋にこんなものがある?」


「そ、それは……! クラウス様が、その、監視のために……」


「監視? 副団長ともあろう者が、令嬢の部屋に忘れ物をするだと? ……ミカ、まさかお前、俺への当てつけに、あんな鉄仮面男を誘惑しているのではあるまいな?」


王子の声に、妙な独占欲が混じり始める。
自分から捨てておいて、他の男の影がちらつくと面白くない――典型的な自己愛モンスターの反応だ。


「そんな、滅相もございません! 私はただ、静かに眠りたいだけで……」


「言い訳は無用だ! おい、クラウス! そこにいるのは分かっているぞ! 出てこい!」


王子が窓に向かって叫んだ。
まさか、いるわけが……。


「……お呼びでしょうか、殿下」


カーテンの影から、音もなくクラウスが姿を現した。
……いた。ずっといたわ、あの人。


「クラウス! 貴様、職務中に何を密談していた!」


「密談など。……ミカ様の精神状態が不安定なため、荒療治を行っていたまでです」


クラウスは平然とした顔で、私の隣に立った。
そして、あろうことか、王子の目の前で私の肩を抱き寄せたのだ。


「なっ……貴様、何をしている!」


「殿下、仰ったではありませんか。『徹底的に鍛え直せ』と。……私は、彼女に『自分を愛してくれる者が他にもいる』という事実を教え込むことで、殿下への未練を断ち切らせようとしているのです」


クラウスの低い声が、私の耳朶を打つ。
彼の腕の力が、昨夜の練習よりもずっと強く、私の体を固定していた。


「……それが、俺より優れた男ならまだしも、貴様のような無愛想な男にか!」


「優れた男かどうかは、ミカ様が決めることです。……なあ、ミカ?」


クラウスが私の顔を覗き込み、極上の微笑みを浮かべた。
鉄仮面が、溶けるような甘い顔で私を見つめている。


(……ちょっと。それ、練習にありませんでしたわよ!?)


私の心臓は、もはやハニートーストどころではない騒ぎを起こしていた。
嫉妬に燃える王子と、不敵に笑う騎士。
私の平穏な引き籠もり生活が、音を立てて崩れていくのを感じていた。
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