婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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「……は? 恋人の練習?」


私は、口いっぱいに頬張っていたハニートーストを飲み込み、素っ頓狂な声を上げた。
目の前には、今日も今日とて窓から侵入してきた、王国一真面目な騎士・クラウス。


「そうだ。ルルの提案通り、我々は『恋人』として振る舞わねばならない。……次の公的な夜会まで時間は限られている。無策で挑めば、殿下の疑念を招くだけだ」


「無策も何も、あなたが横に立っててくれれば、それっぽく見えるんじゃありませんの?」


「甘いな、ミカ。殿下はナルシストだが、恋愛に関する『雰囲気』には敏感だ。……心を通わせていない男女の距離感など、すぐに見抜かれる」


クラウスは腕を組み、いつになく真剣な表情で私を見下ろした。
いや、この人、何事に対しても真剣すぎるのが問題なんですのよ。


「……で、何をするんですの? まさか、今から愛の詩でも朗読し合えと?」


「そんな高度なことは求めていない。……まずは、身体的接触の慣れだ」


「しんたいてき……えっ、なんですの! 不潔ですわ! 破廉恥ですわ!」


私は咄嗟にハニートーストの皿を盾にして身構えた。
クラウスは溜息を吐き、私の前に一歩踏み出すと、無造作に私の右手を掴んだ。


「……手を、繋ぐ」


「……えっ」


「恋人同士が、ただ隣に立っているだけでは不自然だろう。……エスコートの域を超えた、親密な手の繋ぎ方を習得する必要がある」


クラウスの大きな手が、私の指を包み込む。
騎士らしい、硬くて厚い掌。
そこに熱がこもっているのを感じて、私は心臓が跳ねるのを自覚した。


「……ちょ、ちょっと。クラウス様、手が……手が熱いですわよ」


「……お前の方が、指先が冷えているだけだ。……もっと力を抜け。これでは、捕縛された罪人だ」


「だって、いきなりそんな……! 私、殿下とだってこんなにしっかり手を繋いだことありませんもの!」


「……あの男は、自分の手を見せることに夢中だったからな」


クラウスが皮肉げに口角を上げた。
彼はそのまま、私の指の間に自分の指を滑り込ませた。
いわゆる「恋人繋ぎ」というやつだ。


(……え、何これ。密着度が凄すぎるんですけれど!)


私はパニックになり、視線を泳がせた。
目の前のクラウスは無表情だが、繋いだ手から伝わってくる拍動が、心なしか早いような気がする。


「……ミカ。嫌か?」


「い、嫌っていうか……落ち着かないんですのよ。……あ、ほら! 私の指、ハチミツでベタベタしていますし!」


「……拭けばいいだろう」


クラウスは空いている方の手で私の頬に付いたパン屑を払い、そのまま私の手を離さずに、じっと私の目を見つめた。


「……いいか。夜会では、これ以上の接触も想定される。……腰を引き寄せたり、耳元で囁いたりな」


「……ひっ」


「それが嫌なら、今すぐこの計画は中止だ。……お前は再び『悲劇のヒロイン』として、王子の再アタックを受ける日々に戻ることになる」


私は想像した。
あの鏡大好き王子の「俺を愛するお前の瞳に乾杯」という台詞を毎日聞かされる日々を。
そして、クラウスに「管理」されつつも、美味しいお菓子を食べてゴロゴロできる日々を。


「……続けます。練習、続けますわ」


「……賢明な判断だ」


クラウスは満足げに頷き、繋いだ手に少しだけ力を込めた。


「……よし、次は『見つめ合う』練習だ。三秒間、逸らさずにいろ」


「えっ、まだやるんですの!? もうお昼寝の時間なんですけれど!」


「黙れ。一、二……」


至近距離で、銀色の瞳に見つめられる。
私は、自分が今どんなにだらしないパジャマを着て、髪もボサボサであるかを思い出し、猛烈に顔が熱くなるのを感じた。


「……三。……よく耐えたな」


クラウスが手を離すと、私は一気に酸素を吸い込んだ。


「……し、死ぬかと思いましたわ……」


「……恋は死ぬほど苦しいものだと、本には書いてあったがな。……また明日、同じ時間に。次は、エスコート中の自然なボディタッチを練習する」


「……明日も来るんですのね。……わかったわよ。……その代わり、明日はあのお店の新作タルトを持ってきてちょうだい!」


「……善処しよう」


窓から軽やかに去っていく彼の背中を見送りながら、私は自分の熱い頬を両手で押さえた。
おかしい。
私はただ、平穏にダラダラしたいだけなのに。
どうして、心臓がこんなに忙しく働いているのかしら。


私はハニートーストの残りを一口かじった。
けれど、先ほどまで感じていた濃厚な甘みよりも、指先に残ったクラウスの感触の方が、ずっと強く私を支配していた。
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