婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は何度目かの欠伸を噛み殺した。


「……お嬢様。これほど晴天に恵まれたお出かけですのに、そんなに眠そうになさるなんて」


隣に座るメアリが呆れたように私を見る。
私の膝の上には、クラウス様が用意してくれた「移動中のおやつセット」が鎮座していた。


「……メアリ。外の光は、私のような日陰の民には強すぎるのですわ。……ああ、早く帰ってカーテンを閉め切りたい……」


「そんなことを仰らないでください。クラウス様がせっかくお父様の許可を取って、特別に用意してくださった遠出なのですから」


馬車が止まった。
扉が開かれると、眩いばかりの緑と、キラキラと輝く水面が目に飛び込んできた。


そこは、ガーネット公爵領の奥深くにひっそりと佇む、名もなき湖だった。
周囲を古い大樹に囲まれ、まるでお伽話の舞台のような静寂が満ちている。


「……着いたな。ミカ、降りられるか? それとも私が抱えていくか?」


馬車の下で手を差し伸べるクラウス様。
彼の背後には、既に完璧なピクニックシートが広げられ、大きなバスケットが置かれていた。


「……歩けますわよ! 私をなんだと思っているんですの!」


私は彼の手に掴まって外へ降りた。
草の匂いと、湖を渡る涼やかな風。
確かに、ここは公爵家の屋敷よりもずっと「静養」に相応しい場所かもしれない。


「……メアリ、お前は少し離れたところで待機していろ。……ここからは私一人でミカを護衛する」


「……畏まりました。……お嬢様、変なことをしてクラウス様に迷惑をかけないでくださいね」


メアリは「ニヤニヤ」とした顔で去っていった。
二人きり。
私は少しだけ緊張しながら、用意されたシートの上に腰を下ろした。


「……すごい。……本当に、誰もいませんのね」


「……ああ。……ここは私が幼い頃、剣の修行に疲れた時によく訪れていた場所だ。……お前なら、気に入ると思ってな」


クラウス様は甲冑を脱ぎ捨て、白いシャツの袖を捲り上げてバスケットを開けた。
中から出てくるのは、サンドイッチにスコーン、冷えた果実水に、色鮮やかなサラダ。


「……わあ! これ、全部あなたが用意したんですの?」


「……半分は厨房の者に手伝わせたが、サンドイッチの具材のチョイスはお前の好みに合わせた。……ほら、食え」


私は、彼の差し出したタマゴとベーコンのサンドイッチを頬張った。
外で食べる食事は、不思議と屋敷で食べるよりも美味しく感じる。


「……美味しい。……ねえ、クラウス様。……あなた、どうして私にこんなに良くしてくださるの?」


私は、もぐもぐと口を動かしながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。
婚約破棄された私。だらしなくて、干物な私。
彼ほどの男なら、もっと完璧で美しい令嬢なんていくらでも選べるはずなのに。


クラウス様は、果実水をコップに注ぐ手を止め、少しだけ遠くを見つめた。


「……お前は、十年間、ずっと『偽り』の中で生きていただろう」


「……ええ。……王子のために、完璧な人形を演じていましたわ」


「……私は、その姿を見るたびに心が痛んでいた。……あんなに無理をして、死んだような目で微笑むお前が、いつか壊れてしまうのではないかと」


クラウス様は、コップを私に差し出し、それから私の目をじっと見つめた。


「……だから、あのパーティーで婚約破棄を突きつけられた時、お前が『やった!』と喜んでいるのを見て……不謹慎だが、私は救われた思いだったんだ」


「……喜んでいたのがバレていたのは、やっぱり恥ずかしいですわね」


「……いいじゃないか。……あの瞬間、初めて私はお前の『本当の笑顔』を見た気がした。……だらしなく、食い意地が張っていて、眠たげで……。……けれど、誰よりも人間らしいお前の姿をな」


クラウス様が、私の頬に触れた。
指先の熱が、心臓まで溶かしていくような感覚。


「……私は、お前に『完璧な令嬢』に戻ってほしいわけではない。……お前がパジャマで煎餅を食べている時も、二度寝をしてヨダレを垂らしている時も……私は、その全てを愛おしいと思っている」


「……ヨダレは、流石に盛ってますわよ」


「……嘘ではないぞ。……先週の火曜日、三時のお昼寝の時に……」


「……聞きたくありませんわ! 忘れてちょうだい!」


私は真っ赤になって叫んだ。
けれど、笑いが止まらなかった。
こんなに格好いい騎士様に、そんな恥ずかしい姿まで肯定されてしまったら、もう逃げ場なんてどこにもない。


「……ミカ。……私は、一生お前の傍で、お前の怠惰を守り抜くと決めている。……偽りの恋人ではなく、本当の家族として。……改めて、私と歩んでくれないか?」


クラウス様の声は、湖のさざなみよりもずっと優しく、私の心に深く染み渡った。


私は、手に持っていたサンドイッチを置き、彼の大きな手に自分の手を重ねた。


「……条件がありますわ。……私、絶対に自分からは動きませんからね? あなたが私を甘やかして、ダメ人間にし続けるって約束してくださるなら……考えてあげてもよろしくてよ?」


「……ふっ。……約束しよう。……お前が望むなら、一生ベッドから一歩も出さずに養ってやってもいいぞ」


「……それは流石に、腰が痛くなりそうですわね」


私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
木漏れ日が揺れる静かな湖畔。
私の「干物生活」は、最強のパートナーを得て、これ以上ないほど甘やかされたものへと変わっていく。


「……あ、クラウス様。……あそこのスコーン、取ってちょうだい。……手が届きませんの」


「……本当に動かないな。……ほら、あーんしろ」


「あーん……。ん、最高ですわ」


幸せの味は、少しだけリンゴとハチミツの香りがした。
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