婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
アイゼン邸の「クッションの海」に埋もれ、私は究極の安らぎを享受していた。


右手にポテトチップス、左手に恋愛小説。
そして膝の上には、クラウス様という名の高性能な人間枕。
これ以上の幸せがこの世にあるだろうか。いや、ない。


「……ミカ、あまり動くな。……ページを捲るたびに、私の腹筋が刺激される」


「あら、鍛えられてよろしいじゃありませんか。……それよりクラウス様、あそこの炭酸水を取って……」


私が甘え腐った声を上げたその時、もはや我が家の風物詩となった「扉の爆音開放」が響き渡った。


「ミカ様ぁ!! おめでとうございます! そして、さようならですわ!!」


飛び込んできたルルは、なぜか旅装束に身を包み、手には大きな革袋を握りしめていた。
その表情は、憑き物が落ちたかのように晴れやかで、後光が差している。


「……ルル様。また窓じゃなくて扉から……。というか、その格好は何ですの? まさか夜逃げ?」


「失礼な! 正当なる『自由への脱出』ですわ! 私、ついにやりましたの。あのアホ王子から、正式に婚約辞退の合意を取り付けましたわ!」


「ええっ!? あの往生際の悪い殿下が、素直に認めましたの?」


私は驚きのあまり、ポテトチップスを一枚床に落とした。
クラウス様がそれを素早く拾い、私の口に放り込みながら(汚いですよ、と小声で言いつつ)ルルを鋭く見つめる。


「……ルル嬢。殿下をどうやって説得した。あの男、ミカに振られた腹いせに、貴女を離宮に閉じ込めようとしていたはずだが」


「ふふふ……。副団長様、殿下の『弱点』を忘れていらっしゃいません? あの御方は、この世で誰よりも自分を愛している……。つまり、自分の美しさを脅かす存在が一番怖いのですわ」


ルルはベッドの端に腰掛け、勝ち誇ったように語り始めた。


「私、殿下にこう申し上げましたの。『殿下、最近の私は殿下の輝きに当てられすぎて、肌が荒れ、鏡を見るたびに自分の醜さに絶望しております。こんな私が殿下の隣に立てば、殿下の美しさを台無しにする泥を塗るようなもの……。私は聖女として、殿下の完璧な美を守るために、身を引いて田舎で一生祈りを捧げます』……と!」


「……それで、殿下は?」


「『おお、ルルよ! お前もついに気づいたか! 確かに最近のお前は、俺の輝きの前ではただの背景、いや、埃に等しいな! 良かろう、お前の献身的な愛に免じて、田舎へ行くことを許してやる!』……ですって!」


私とクラウス様は、同時に深い溜息を吐いた。
どこまでも、どこまでも救いようのない男である。


「……つまり、殿下を最高に持ち上げつつ、『お前の横にいると自分がブスに見えて辛い』と泣き落としたわけですわね」


「正解ですわ! 殿下は今、自分がいかに罪深い美男子であるかに陶酔して、私のことなんて一秒で忘れ去りましたわ。あーっ、清々した! これでやっと、実家の領地で牛に名前を付けて暮らせますわ!」


ルルは立ち上がり、私に力強く握手を求めてきた。


「ミカ様。貴女が『悪役令嬢』として派手に振られてくれたおかげで、私も自分の進むべき道が見えましたわ。……これ、お礼の印に、実家から取り寄せた最高級の干し肉ですわ。枕元に置いて食べてちょうだい」


「……ありがとう、ルル様。あなたも、立派な『干物聖女』になってね」


「もちろんですわ! 寝る時は全力で寝ますわよ!」


嵐のように現れたルルは、颯爽と部屋を出て行った。
彼女を乗せた馬車が、実家の領地……牛たちの待つ楽園へと向かって走り去る音が聞こえる。


「……行ったな。……これで、お前の周囲から騒がしい連中はいなくなった」


クラウス様が、私の腰を再び抱き寄せた。


「……ええ。……殿下は鏡に恋をして、ルル様は牛と添い遂げる。……みんなハッピーエンドですわね」


「……お前も、だ。……ミカ。これからは、誰に邪魔されることもない。……思う存分、私の腕の中で『干物』でいろ」


「……はい。……でもクラウス様。……一つだけ、お願いがありますの」


「なんだ?」


「……さっきの干し肉、取ってください。……手が届きませんの」


「……お前というやつは。……ほら、あーんしろ」


平和なアイゼン邸に、咀嚼音と幸せな笑い声が響く。
悪役令嬢の婚約破棄から始まった物語は、友情と、そして究極の怠惰へと着地したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

婚約者を奪った妹と縁を切り、辺境領を継いだら勇者一行がついてきました

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

処理中です...