婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
7 / 28

7

しおりを挟む
王城での断罪劇から一週間。

社交界の噂話は、一夜にして塗り替えられた。

『アレクセイ殿下、横領の疑いで謹慎処分』
『リナ男爵令嬢、実家の不正発覚で修道院送りか?』

そして、最もホットな話題がこれだ。

『悪役令嬢ミイーシヤ、実は「国の頭脳」だった説』

私の元には、連日山のような手紙が届いていた。

それも、脅迫状や嫌がらせの手紙ではない。

「我が家の家計を見直してほしい!」
「うちの商会の顧問になってくれ!」
「息子の嫁に……いや、我が領の財務大臣に!」

そんな熱烈なオファーばかりだ。

「……鬱陶しい」

王弟宮の執務室で、私は手紙の山をゴミ箱へダイブさせた。

「モテ期到来だな、ミイーシヤ」

向かいのデスクで、クラウス様が不機嫌そうに頬杖をついている。

「モテ期ではありません。これは『便利な計算機』に対する需要の高まりです」

「違いあるか?」

「大ありです。彼らは私個人ではなく、私の『残業耐性』と『経費削減能力』を愛しているのですから」

私はキッパリと言い切り、新しい書類の束を引き寄せた。

「それに、今の私は忙しいのです。陛下から押し付けられた王城の財務整理に、この王弟宮の維持管理。分刻みのスケジュールなんですから、求婚だのヘッドハンティングだのに構っている暇はありません」

ペンを走らせる速度を上げる。

カリカリカリカリ……ッ!

室内には、私のペンが紙を削る音だけが響いている。

正直なところ、この状況は悪くない。

アレクセイ殿下の元にいた頃のような「理不尽なストレス」はないし、仕事をした分だけ成果が出るし、何より報酬が良い。

クラウス様は約束通り、最高級の紅茶とおやつを用意してくれるし、私が「寒い」と言えば即座に魔導暖房の出力を上げてくれる。

快適だ。

(……一生、ここで働いてもいいかも)

ふと、そんな思考が過った時だった。

「――ミイーシヤ」

クラウス様がペンを置いた。

「はい、なんでしょう。おやつの時間ですか?」

「いや、真面目な話だ」

彼が立ち上がり、私のデスクの前に来た。

その顔つきが、いつになく真剣だ。

「この一週間、君への縁談の申し込みが急増している。伯爵家、侯爵家、果ては隣国の富豪まで……君の『実務能力』を目当てにな」

「全部断っていますが」

「だが、奴らはしつこい。君の実家であるローゼン公爵家にも圧力をかけているようだ。君の両親も『そろそろ新しい婚約を』と言い出していると聞いた」

「うげっ」

思わず変な声が出た。

実家の両親は、典型的な貴族だ。娘の幸せより家の利益を優先するタイプではないが、世間体を気にする。

「一度婚約破棄された傷物」というレッテルを貼られた娘を、早くどこかに嫁がせたいと思っているのだろう。

「面倒ですね……。『仕事が恋人です』と言って逃げ切れるでしょうか」

「無理だろう。貴族社会は甘くない」

クラウス様はデスクに手をつき、私を覗き込んだ。

その蒼い瞳に、強い光が宿っている。

「そこで、提案だ」

「提案?」

「私と結婚しないか?」

「…………はい?」

私はペンを取り落とした。

いま、この国の宰相様はなんて言った?

「け、結婚……ですか?」

「ああ。もちろん、君の嫌う『感情論だけの結婚』ではない。極めて合理的で、双方にメリットのある『契約結婚』だ」

クラウス様は、またしても懐から一枚の紙を取り出した。

用意周到すぎる。

「条件を提示する。
 一、君は私の妻という『地位』を得ることで、有象無象の縁談を全てブロックできる。
 二、私は『妻』を得ることで、周囲からの『そろそろ身を固めろ』という圧力を回避できる。
 三、君はこれまで通り、私の筆頭事務官として働き続けることができる。
 四、夫婦としての実態(夜の生活など)は、君が望まない限り強要しない」

彼は一息つくと、最強のカードを切った。

「五、妻としての手当は、現在の給与に上乗せして『王族費』から支給される。つまり、年収は今の三倍になる」

「三倍!?」

私はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。

三倍。

それはつまり、老後の資金が三倍の速さで貯まるということだ。

さらに「縁談避け」という最強の防壁も手に入る。

アレクセイ殿下との婚約は「労働」だったが、クラウス様との結婚は「福利厚生」ということか?

「……デメリットは?」

私は冷静さを取り繕って尋ねた。

「ない。強いて言えば、たまに夜会に同伴して『仲睦まじい夫婦』の演技をする必要があるくらいか。だが、君ならアレクセイ相手に五年も耐えたのだ。私相手なら造作もないだろう?」

「それはまあ、殿下に比べればクラウス様は会話が通じますし、顔も良いですし、ストレスはありませんが……」

「顔も良い、か。……ありがとう」

クラウス様が少し嬉しそうに口元を緩めた。

「どうだ、ミイーシヤ。悪い話ではないはずだ」

私は計算機を弾く。

リスク:王族の一員になることによる儀礼的な面倒くささ。
リターン:莫大な資産、絶対的な社会的地位、縁談からの解放、最高の職場環境の維持。

(……勝った)

私の脳内で、決裁印が押された。

「――お受けします」

私はクラウス様に手を差し出した。

「その契約、締結いたしましょう。公私共々、よろしくお願いいたします、旦那様(ボス)」

「ああ、契約成立だ。……よろしく頼む、妻よ(ミイーシヤ)」

クラウス様が私の手を握り返す。

その手は温かく、そして力強かった。

こうして、私は「悪役令嬢」から「王弟妃」へとジョブチェンジを果たした。

もちろん、世間的には「スピード再婚」「王弟殿下が悪女に騙された」などと騒がれるだろうが、そんなことはどうでもいい。

私はこの快適な職場(王弟宮)と、最高のATM(旦那様)を手に入れたのだから。

          ◇

数日後。

私たちの婚約発表は、国中を揺るがすビッグニュースとなった。

だが、それ以上に世間を驚かせたのは、その後の「改革」のスピードだった。

私が正式にクラウス様のパートナー(公私共に)になったことで、王弟宮の権限がフルに使えるようになったのだ。

「そこ! 廊下の掃除が甘い! やり直し!」
「こっちの部署、人員配置に無駄があります。半分リストラして自動化魔導具を導入!」
「お茶会? 予算の無駄です。水筒持参で!」

王弟宮は悲鳴を上げつつも、かつてないほどの効率で回り始めた。

そんな私を、クラウス様は執務室の窓から満足げに眺めているらしい。

「ふふ……やはり彼女は最高だ。あの指揮能力、あの決断力……そして、予算を削る時のあの冷徹な横顔……美しい」

側近のハンス補佐官が、ドン引きしながら聞いていたとも知らずに。

「殿下、あの方と結婚して本当によかったのですか? 尻に敷かれる未来しか見えませんが」

「何を言う。私の尻を敷くことができるのは、彼女くらいのものだ」

「はあ……(もうダメだこの人)」

私たちは、まだ知らなかった。

この「契約結婚」が、単なる業務提携で終わるはずがないことを。

そして、謹慎中のアレクセイ殿下とリナ嬢が、修道院送りを回避するために、最後の悪あがきを画策していることを。

「絶対に……絶対に許さないんだからぁ!」

遠くの空の下、リナ嬢の呪詛のような声が響いていたとか、いないとか。

物語はまだ終わらない。

ここからが、私の「王弟妃」としての――そして、クラウス様との本当の恋(?)の始まりなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

悪役令嬢、婚約破棄されたので見返してみたら今さら溺愛されました

sika
恋愛
婚約者に裏切られ、婚約破棄された悪役令嬢リリアナ。 涙も枯れたそのとき、彼女は決意する。「もう誰にも侮られない」。 隣国で自立し、転生者の知識で成功を手にした彼女の前に、今さら後悔した元婚約者が現れる――。 これは、“ざまぁ”と“溺愛”が交差する、逆転恋愛ストーリー。 プライドを捨てた王子、傷ついても立ち上がる令嬢。 求め合う二人の行方は、赦しか、それとも別れか――。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです

ほーみ
恋愛
 王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。  本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。  壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。  そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。  ふふ……完璧な舞台準備ね。 「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」  王太子の声が響く。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた(連載編)

宮野 楓
恋愛
「女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた」短編の長編化バージョンです。 騎士になる侯爵令嬢リサ、と次期侯爵として文官になるエリックの想いが通じ合うまでの物語。 お互い言葉が足りず、すれ違い、好きって言えないまま、時だけが流れてしまう。

処理中です...