婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

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「おい! 決算書はまだか! 期限は昨日だぞ!」
「無理です! ミイーシヤ様がいないと、計算式のマクロが作動しません!」
「外交官の接待リストがない! 誰がアレルギー持ちなんだ!?」
「知りませんよ! 全部ミイーシヤ様の頭の中でしたから!」

王城の行政棟は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

ミイーシヤ・フォン・ローゼンという「巨大な歯車」が抜け落ちた国家機関は、ガラガラと音を立てて崩壊し始めていたのである。

その騒乱の中心に、渦中の人物――アレクセイ王子がいた。

「うるさい! 静かにしろ!」

アレクセイは執務室で怒鳴り声を上げた。

彼の目の前には、未決裁の書類が山脈のように連なっている。

「なぜだ……なぜ仕事が終わらない? いつもなら、僕が紅茶を飲んでいる間に小人が片付けてくれていたはずなのに!」

「小人ではありません、ミイーシヤ様です!」

目の下のクマが濃くなった侍従が、悲痛な叫びを上げる。

「殿下! 隣国との通商条約の更新期限が迫っています! サインを!」
「待て、内容がわからん! これは僕に損はないのか?」
「それを判断するのが殿下の仕事です!」
「ええい、文字が多すぎる! 要約したものをよこせ!」
「要約を作る担当官が過労で倒れました!」

アレクセイは頭を抱えた。

謹慎中とはいえ、王族としての最低限の責務(署名業務など)は残されている。
だが、彼は今まで、それらの書類を「読む」ことすらせず、ミイーシヤが「ここにサインを(内容は確認済み)」と差し出す場所にペンを走らせていただけだったのだ。

「くそっ、ミイーシヤめ……! あいつ、わざとわかりにくい書類を残していきやがって!」

完全なる逆恨みである。
書類は正規の書式通りだが、彼の読解力が追いついていないだけだ。

そこへ、部屋のドアがバーン!と開かれた。

「アレクセイ様ぁ~! 元気出して~!」

ピンク色の旋風、リナ男爵令嬢の登場である。

彼女もまた、横領疑惑で謹慎中の身だが、「お城の空気が暗いから、私が明るくしなきゃ☆」という謎の使命感に燃えていた。

「リナ……! ああ、来てくれたのか!」

アレクセイが救世主を見る目で彼女にすがりつく。

「もうダメだ、数字を見ていると頭痛がする……。僕には無理だ……」

「よしよし、かわいそうに。……じゃあ、私が手伝ってあげます!」

リナは腕まくり(といってもフリルの袖を摘むだけ)をした。

「私、難しいことはわかんないけど、整理整頓なら得意ですよぉ!」

「本当か!? おお、やはり君は女神だ!」

侍従たちは「嫌な予感しかしない」という顔で見守る中、リナは書類の山に向かった。

「えーと、この書類は字がいっぱいでかわいくないから……ポイっ!」

「ああっ!? それは重要文化財の保護法案!」

「こっちの書類は、紙が黄色いから汚い! 捨てちゃえ!」

「それは古文書です! 捨てないで!」

「うーん、この棚、背表紙の色がバラバラで美意識が許さないわ。……そうだ! 全部カバーを外して、私が描いた絵を貼っちゃおう!」

「やめてぇぇぇ! 分類コードがわからなくなるぅぅぅ!」

リナの「善意の破壊活動」により、執務室の混乱は加速した。

「できたぁ☆」

数十分後。
リナは満足げに、書類の山(だったもの)を指差した。

重要書類は「かわいくない」という理由で破棄され、残った書類には花のシールが貼られ、インク壺には造花が飾られている。

「どう? アレクセイ様! お部屋が明るくなったでしょ?」

「おお……! すごいぞリナ! 花畑のようだ!」

アレクセイは感動しているが、侍従たちは白目を剥いて泡を吹いていた。

「これで仕事も捗りますね!」
「ああ、君のおかげだ!」

二人が見つめ合う背景で、国の行政システムが静かに息を引き取った音がした。

          ◇

【一方、王弟宮にて】

「……という報告が入っております」

ハンス補佐官が、無表情で読み上げた。

王弟宮のサロン。
私は優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。

今日のメニューは、季節のフルーツタルトと、最高級茶葉「ロイヤル・ブルー」のミルクティー。
向かいの席では、クラウス様が新聞を読んでいる。

「ふむ」

クラウス様は新聞から目を離さず、カップを傾けた。

「『王城にて謎の奇病発生。行政官たちが次々と泡を吹いて倒れる』……この記事のことか」

「ええ。原因は特定されています。『リナ・ウイルス』ですね」

私はタルトをフォークで切り分けながら答えた。

「感染力は低いですが、接触した人間の知能指数を著しく低下させ、最終的に精神崩壊に追い込む恐ろしいウイルスです」

「治療法は?」

「隔離と、焼却処分しかありません」

「過激だな」

クラウス様はククッと笑い、新聞を置いた。

「しかし、笑い事ではないぞ、ミイーシヤ。兄上(国王)から泣きつかれた。『城の機能が麻痺している。助けてくれ』と」

「お断りします」

私は即答した。

「今の私は、王弟宮の『筆頭事務官』兼『妻(仮)』です。王城の尻拭いまで契約に含まれていません」

「だが、陛下は『給料を五倍にする』と言っているぞ」

「……五倍」

私のフォークが止まる。

五倍。

現在の給与(王族費込み)のさらに五倍。

それはもはや、国家予算の一角を削り取るレベルの金額だ。

「……心が揺れますね」

「だろう? だが、待て。まだ早い」

クラウス様が私を制した。

「今、君が手を貸せば、アレクセイたちは『なんだ、結局なんとかなるじゃないか』と勘違いする。彼らが完全に破綻し、再起不能になるまで待つのだ」

「……悪趣味ですね」

「君に似てきたのでな」

クラウス様は悪戯っぽくウィンクした。

「それに、私としては、まだ君を城に返したくない」

「へ?」

「君が城に行けば、またあの無能な甥が君に未練タラタラで付きまとうだろう。……それは不愉快だ」

彼はスッと身を乗り出し、私の口元についていたクリームを指で拭った。

「君はここで、私のためだけに才覚を振るっていればいい」

「っ……!」

不意打ちの溺愛ムード。
心臓に悪い。

この「氷の宰相」様、契約結婚をしてからというもの、妙にスキンシップが多い気がする。

「あ、あの、クラウス様。契約条項の第四条『夫婦としての実態は強要しない』を覚えておいでですか?」

「覚えているとも。だが、『妻を愛でる』のは夫の権利であり、義務ではない。つまり、君が嫌がらない限り、私は君を甘やかすつもりだ」

「……嫌がっては、いませんが」

「なら問題ない」

彼は満足げに微笑み、拭ったクリームをペロリと舐めた。

「甘いな」

「!!」

私は顔が沸騰するのを感じた。

これは反則だ。
合理的思考が停止する。

「さあ、お茶の後は領地からの報告書を見ようか。君が指摘した『水路工事の不正』、あれもクロだったそうだ」

「は、はい! 仕事ですね! 仕事しましょう!」

私は逃げるように話題を切り替えた。

仕事の話なら冷静になれる。
数字は裏切らない。
でも、この旦那様は、私の計算を狂わせる予期せぬ変数だ。

「ふふ、照れている顔も可愛いぞ」

「うるさいです!」

平和だ。
王城の地獄とは対照的に、王弟宮は甘くて平和な空気に包まれている。

だが、そんな私たちの元に、王城から新たな「悲鳴(と救援要請)」が届くのは、時間の問題だった。

なぜなら、リナ嬢が次に目をつけたのが、あろうことか『聖女召喚の儀式』だったからだ。

「え? 書類が片付かないなら、異世界からもっとすごい人を呼べばいいじゃない!」

そんな短絡的な発想が、国を揺るがす大惨事のトリガーとなるとは、まだ誰も知らなかったのである。
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